第24話 精霊降ろし
鉱夫部屋や備品置き場を利用したり穴蔵を掘ってどうにか皆の個室を設けた。木々を伐採すれば人がいる事に気づかれるので出来るだけ木材の使用は避けて入口に布切れを被せるだけの粗末なものである。
石器時代のような暮らしだが、人々はなんとか順応した。
これまでは早く粗末なテントを引き払って安全な屋内に逃げ込みたいと言っていた人々は、すぐに外に出て新鮮な空気と太陽を求め始めた。
居住環境を整えるのを最優先にしているのでまだ地下深くの探索は始まっていない。
魔術を使える者が多いおかげで崩落しそうな場所の補強や換気パイプの生産も急ピッチで進んでいる。余裕が出来たら生産設備を作り、魔術に頼らずとも鉱山として再利用可能になる見込みである。
小さなファノは両親と同じ部屋でレナートだけ年頃なので個室を貰った。
ファノは視力を失ったが、生まれつき目が見えなかったペレスヴェータがレナートを通して暮らし方を教えた。ヴァイスラはこれまで誰にも魔術を教えなかったが、娘たちに身を守らせる為に魔術を教え始めた。
「私達の祖先は氷の女神グラキエース。水の女神や月の女神を信仰する他の北方部族達と違って最後まで帝国に抵抗を続けた為に信仰を維持することを許されなかった。帝国に服従した時、形として残す事を禁じられていたのだけれど、もう気にする必要も無くなったわね」
帝国の魔術師のように杖にはめ込んだ魔石を使わず、己の体に彫った刺青に精霊を降ろす。その為あまり広範囲の魔術は使えないし、用途も限定されている。
帝国の魔術師達はマナを従えて、その場にある限りのマナで行使可能な範囲で万能ともいえる魔術を使える。
「世界に満ちるマナがあれば何でも出来る帝国魔術師と違って、私達の己の内なるマナを精霊に奉納する代わりに力を借りる。やろうと思えば帝国の魔術師ような魔術も使えるけれど外なるマナと内なるマナが反発するからろくな効果は出ないわ」
「なるほど~」「ほど~」
ファノは視力を失ったが、魔力を感知する能力が芽生え始めたおかげで人の輪郭はうっすら感じ取れた。その為、あまり深刻にならず、明るい性格を保っていた。
「ファノはまだ早いけどレナートはもう刺青を彫ってもいい頃ね。どんなのがいい?」
「グラキエースの紋章とかってある?」
「聖印ね。あるけど、レナートには必要ないんじゃないかしら」
ペレスヴェータがいる限りレナートには神が宿っているのも同然なので改めて肉体に彫る必要はなかった。
「ヴェータに頼めば使えるかもしれないけど、かっこいいから欲しいなー。後は正反対だけど火とか・・・ひょっとして駄目?」
幼い頃闘技場で見たヴォーリャの雄姿がまだ忘れられず、心に深く刻まれているのでレナートも真似したかった。
「残念だけど私達は火を使うのは向いてないわね。でも刺青に彫らなくても呼びかけて機嫌が良ければ精霊が手伝ってくれるかもしれない」
「そっかー、自由に使えれば燃料要らずで物を温めれて便利だと思ったのに」
ファノはとりあえず精霊界に満ちるマナを視覚化、認識できるように訓練し、レナートはもともと見えているので背中に大きな聖印を彫って貰った。
◇◆◇
刺青を彫った翌日、ドムンがレナートの穴蔵にやってきた。
「おい、レンいるか?稽古の時間だぞ」
「んー、今日はよしとく」
今は誰もが戦士になる必要があり、オルスや腕の立つ者達が毎日指導に当たっている。
いつも熱心だったレナートが来ないのでドムンが様子見にやってきたのだが、調子の悪そうな声だったので心配になった。
「どうした?具合悪いのか?入ってもいいか?」
「どうぞー」
ドムンが入ると、レナートはうつぶせになって刺青を彫った痛みに耐えていた。
少し熱も出ている。
「ちょっ、おまっ、裸じゃねーか!」
「しょーがないじゃん。服着たら痛いし」
オルスの家は昔の賞金があるので多少は裕福な方だったが、あまり良い質の服は持ってなかったので、着るとざらざらして傷口が痛む。
レナートは上半身裸で下半身はズボンだけだった。
「なーに?まだ意識しちゃってるの?へんなのー、ちょっと前まで一緒にお風呂入ってたのに」
「お前は男のつもりでもその姿じゃ困るんだよ。具合悪いならエイラさん呼んでくるから待ってろ」
「安静にしてるしかないんだから別にいいよ。それよりファノもお昼寝しちゃったし暇だから話し相手になってよ」
仕方ないなあとドムンは背中を向けて座って話し始めた。
◇◆◇
「ドムンはさ、この先どうするの?もともとは村を出ていきたがってたのに」
「今は落ち着くまで待つしかないけど、来年は外の偵察班、ゆくゆくは遠征班に入りたいな」
「来年は十五歳だもんね。結婚すれば民会の参加権も貰えるし。大人扱いされて羨ましいなあ」
「外に出て、親戚のバントシェンナ男爵家のニキアスさんに会えればもっと情勢を教えて貰えるかもって期待してるんだけど、俺はあんま慎重な性格じゃないから駄目だってオルスさんがいうんだよな。お前からも入隊認めてくれって説得してくれないか?」
「それは駄目。お父さんが言うならそうなんだろうし。しばらく外に出るのは熟練の狩人の人達だけしか認められないと思うよ」
ドムンは武芸の腕は上がったと認められてはいるが、魔獣に通じるレベルでもないし、野外活動にもまだ慣れてはいない。
「ちぇっ、誰だって最初は素人だろ」
「まあいいじゃん。そんなに危ない事しなくたって。地下の探索とかも面白そうだし」
「掘り出すのに何年かかるかわかりゃしねーよ。何千年前の鉱山だと思ってんだ」
ドムンはぼやきつつもまあ仕方ないとは受け入れた。
しばらく話をしていてレナートが喉が渇いたというので水を貰ってきた。
「ん、ありがと」
「だ、だから身を起こすなって!」
「あ、ごめんごめん。お父さんにもはしたないってよく怒られるんだよね。でもこれ家の中じゃ無意識にやっちゃうしどうにもならなくて」
真正面から何も隠さずコップを受け取ろうと手を伸ばしてきたのでばっちり上半身が見えてしまった。レナートはいやー、失敗失敗と頭を掻く。
「だ、だからやめろって」
「んなこといって、ガン見しちゃってるくせに~」
慌ててドムンは回れ右をした所、目の前には昼寝から起きたファノがいつの間にかジーンに引っ張られてやってきていた。
「なにを?」
見えてはいないが怪訝な顔で小首を傾げている。
「お、おおお。いつの間に!」
「なに慌ててるの?まっかっかに光ってる」
「み、見えてるのか?」
「うん」
ファノに見えているのは霊体の輪郭だけだが、ドムンにはわからない。
「あー、ファノちゃん。ファノ様。このことはどうぞ内密にお願いします」
「なんで?」
「ちょっとおばさんにバレると不味い事に」
「お兄ちゃんが裸だから?でも前に一緒にお風呂入ってたし」
「しー!」
「しー?」
なんでもかんでも真似をしたがる年頃のファノはしーしーしーと楽しそうに繰り返した。
ジーンも負けじと吠える。
そんな感じで少々彼らは騒ぎ過ぎた。
温められていた部屋に冷気がやってくる。怒れる母が、ヴァイスラがやってきた。
「ドムン君?訓練の時以外は娘に近づくなっていったわよね。しかもこの状態・・・」
「俺は水を持ってきてやっただけで事故、事故です!」
ドムンの弁解にヴァイスラは一切耳を貸さなかった。
「私思うのだけど、その無駄に二つもある眼、片方無くてもいいわよね?ファノに移植出来ないかエイラさんに伺ってみようかしら」
ヴァイスラはドムンのこめかみに手を回し、親指で目玉を抑えて圧迫し始めた。
格闘技に関してはヴァイスラはオルスより上で、抵抗しようとしたドムンはあっさり捻り倒されて悲鳴を上げた。
「お母さん、ドムンをあんまり脅さないでよ。事故だっていってるじゃん」
「でも貴方が熱に苦しんで倒れてる所に近づくなんて、少しばかり罰を与えないと学ばないわ」
「お・か・あ・さん。ボクの友達奪ったりしたら怒るよ。交友関係に口出ししないで」
弱みだらけのヴァイスラはちょっと不快感を現し始めたレナートに怒られると仕方なく引き下がった。
「・・・命拾いしたわね。ぼうや」
ヴァイスラはタオルを持ってきてレナートにかけ、去り際にドムンに囁いた。
「許したと思わない事ね。外に出たら覚悟しておきなさい。『事故』ですもの、仕方ないわよね?」
男の子の意識が強いままのレナートに周囲は振り回され続けた。育児放棄してしまったヴァイスラは娘に強くいえず、もともと自由な子だったが、よりいっそう奔放に育っていった。




