第21話 族長誕生
領主に攻撃されたウカミ村の人々と蛮族の攻撃から逃げて来た都市部の人々は合流し、カイラス山の鉱山跡に入った。そして指導者を選出した。
選ばれたのはオルスである。
「ケイナン先生の指金でしょう。困りますよ。俺なんか」
「君ならわかっている筈だ、村の掟に従っていたら我々は全滅する」
太后レアに睨まれて教職を失った彼を雇う者は誰もおらず、困窮した彼は知人のオルスの所へやってきていた。妻子がいない為、民会には参加出来なかったが知識人として皆から頼られている。
「避難民と遭遇して我々は準備の整っていないまま山中で一晩を過ごした。あんなことを繰り返していたらどうなるかわかるだろう」
ケイナンは指摘する。
事あるごとに民会を開いて多数決を取っていたら緊急事態には対応出来ない。
長老達にはさすがに経験からくる見識があるが、未知の事態には経験が通じない。
子供がいないと民会に参加できないため、若者たちは反発する。
戦士であり、蛮族との戦闘経験も豊富なテネスとヴォーリャ夫妻は子供が無く民会に参加出来ない。しかし、今、皆が必要としているのは賢者ではなく戦士である。
「俺は指導者として相応しくありませんよ」
「アイガイオンの事なら気にしなくていい。私も誰にも言わないし、別に奴じゃなくても結果は同じだったかもしれない」
ウカミ村が襲われたのはほとんどオルスとヴォーリャのせいだったが、村人たちはそれを知らない。唯一ケイナンだけはアイガイオンの死体を見ておおよそを察した。
「俺は指導者なんか向いてませんよ。皆を見捨てて家族だけで逃げようかと思っていたくらいです」
「正直者だな。だが、ファノには周囲の助けがいる筈だ。避難民達の医者の力もいるし、君は目立つ。逃げてもフィメロス伯らに狙われれば個人の力では対抗出来ない」
「それはそうなんですが、でも・・・俺が?この腕で?」
オルスの片腕は手首から先がない。
「ヴァイスラもヴォーリャも強いとはいえよそ者だ。我々の支持は得られない。単純な実力だけでなく、人々に命令出来るだけの実績、外の世界を知る者としての見識、あらゆる点で君しかいない」
避難民たちにはまだ若いが魔導騎士マリアと数名の戦士がいる。
同胞の狩人達も経験豊富な戦士だが世界の情勢を知らず、彼らに舐められる恐れがあった。
「我々には民主的な手続きなどしている余裕はない。誰かが指導者になる必要がある。そして君以外の者が指導者になった時、レナートは都合よく利用されるかもしれない。分かるか?」
魔獣との戦いを経たドムンはレナートがアレをぶちのめした、凄い戦いだったと皆に言い触らしてしまった。容姿が少し変化したことも村人達は魔術的な何かの影響だと理解したが、それなら利用しない手はないと考える。
オルスが指導者になれば利用されるのは防ぐことが出来る。
「確かに・・・その通りです。でも皆で補佐してくれないと困りますよ」
「わかっている。皆が君を頼りとし、利用する。都合が悪くなれば罵るかもしれない。だが私は常に君を支持しよう。君も皆を利用して家族を守れ」
「そうします」
こうしてオルスは指導者になる事を受け入れた。
ウカミ村の人々と避難民に一体感を持たせるために、山の名を取ってカイラス族として族長に収まった。
◇◆◇
「んじゃあ、皆の求めに従って俺が族長になる。村の皆を危険にさらすような行為、裏切りは許さない。何ヶ月か、何年になるか分からないが俺達はこの鉱山に潜伏する。蛮族については恐れなきゃならないが、必要以上に恐れる必要はない」
オルスの言葉に避難民らはそれは襲撃にあった都市の惨状を知らないからだと憤る。
彼らを代表してマリアが発言した。
「百万の帝国軍を打ち破った彼らを恐れる必要がないという理由を教えて頂きたい」
「俺は長年蛮族戦線にいた。そして俺の妻はその蛮族戦線のすぐ近くに住むパヴェータ族の女だ。そこのヴォーリャもな。何千年も蛮族を隣人として暮らしてたんだ。言ってることが分かるか?」
「しかし、帝都や州都が次々と陥落しています」
「それは連中にとって脅威になるからだ。片っ端から大都市が潰されて絶望的な状況だと思っているだろうが、それは違う。連中が分散したってことは統率力が失われたってことだ。散った連中は大精霊とやらの制御下にない。昔北方圏の大半が蛮族の勢力下に収まった時も北方の民は生き残った。連中は肉食、草食、雑食ありとあらゆる食性をもった様々な種の寄せ集めだ。人間と同じように連中もお互い喰らい、殺し合う。村の近くに危険な猛獣の住処があるだけだと思え。連中は住処さえ確保すれば後は飢えを満たす為だけに行動する。これからも人が死ぬことは当然あるだろう。しかし目立たなければ皆殺しにされたりはしない」
オルスはそれから実際に北方圏で暮らしていたヴァイスラとヴォーリャにどんな生活をしていたか、何に気を付ければいいか説明させた。
「まずは発見されないこと。追跡されないこと。恐れ過ぎないこと」
「連中の大半は子供は殺さない。だからアタイらも幼獣は殺さなかった。だが、帝国軍は連中の子供を攫って、子を思う親をおびき寄せてから皆殺しにしたから憎まれてる。ここにいる人のほとんどは帝国人だ。子供が大事なら絶対に外に出させるな」
ヴァイスラとヴォーリャは代わる代わる蛮族の習性について説明した。
知能の低い魔獣はそこらの猛獣と同じと考えていい。
捕食対象に好みがあるので個別に論じても仕方ない。
獣人達は知性が高い分、それなりに倫理観がある。人間とは常識が違うし、彼らからみれば捕食対象なのであてにし過ぎない方がいい。たとえば群れのボスが入れ替わる際は前のボスの子供を皆殺しにしてメスの発情を促す場合がある。そういった動物的な面では人間の考える倫理観、常識は通用しない。
夜目が利くものもいればそうでない種族もある、これは獣人の元となった動物と同じ。
ヴォーリャも仲間が攫われて追跡したが、夜にすぐ近くの林の向こうで生きながら食われていく悲鳴を聞いたことがある。だが、何もできなかった。
「人間とは身体能力が違い過ぎる。はっきりいってまともに戦っても無駄死にするだけだ。必要なら一生ここに閉じこもる覚悟が必要だ」
帝国が蛮族からも全世界の人類からも憎まれている以上、誰も助けには来ない。
ヴォーリャの話を継いで、改めてオルスが皆に演説する。
「俺らの隠田と山、森の恵みがあればこの人数なら生き残れる。今は大人しくして時期を持つ」
オルスは避難民だけでなくウカミ村の人々にも勝手な行動は取らないよう誓わせた。
◇◆◇
「しかし、オババ様。よくこんな潜伏に適した場所を知っていましたね」
カイラス族の発足後、ウカミ村の長老会のトップ、最長老にオルスは尋ねた。
鉱山跡というが、かなり古い。
崩落を防ぐ為に設置された木の板やトロッコは腐食している。
古代の鉱夫が持ち込んだらしき石の神像などは形を留めていたが、大半のものは腐り果てている。
木も鉄も腐り、風化するほどの長い年月が過ぎていた。
ウカミ村の人々はこの近くに陰田は作ったが鉱山の事は知らなかった。
「うむ。わしらも皆に話す日が来るとは考えていなかった」
「というと?」
「遊牧民としての生活を止め、定住を始めた時、わしらも皆の意思に従った。古来の掟を捨てた時、役目も終わったと思っておった」
「役目とは?」
「監視じゃ。この山を、正確には地下に眠るものを。・・・皆を呼んでくれ。話をしよう」




