第20話 避難民
アイガイオンの襲撃でウカミ村は人口の1/3を失った。
魔獣と戦って負傷したアルケロやザルリクは命を取り留めたが、領主の兵達から逃げ遅れて殺された人の中にはオルスの母や妹、つまりスリクの母達がいた。
ロスパーやヴェスパー姉妹も父母を失っていた。
しかし、彼らに悠長に悲しみに暮れている時間は無い。
民会ではもはや領主との関係は修復不可能で、予定通り隠れ家へ移動することが決まった。
一部の村人は家族を全て失い復讐の為、独立闘争に加わってしまった。
隠れ家に行くことを選んだ村人は約150名だった。
隠れ家へ向かう途中、彼らは100名近い難民集団に遭遇した。
村人達に先行して偵察していた狩人達がその集団を発見したが、先方もこちらを発見していた。
「オルスさん、腕が悪いとこ済まないが連中と話してみてくれないか。下界から来たらしい武装集団がいる」
下界というのは環状山脈に囲まれた中央高原地帯に暮らすフォーンコルヌ皇国民から見た東海岸の事である。
「わかった。任せろ」
いざとなったらウカミ村の人々を捨てて家族だけで逃げるつもりだったオルスだが、今となってはそうもいかない。自分のせいでウカミ村全体を巻き込んでしまったし、見捨てる事も出来ないし、ファノには医者が必要だった。
レナートの事は実はうちの子は女の子だったんです、と強引に押し通した。
どさくさ紛れもあるが、村人も今はそんなことを気にしている余裕が無くさして騒がれもしていない。
遭遇した集団にオルスが会ってみると向こうもこちらと同様に警戒していた。
(まともな武装をしているのは一人。若い女騎士、それに間に合わせの武器を持ったのが数人)
村の狩人達が弓を持って控えているので彼らは怯えていた。
難民集団の大半は大人だが、一部には子供もいる。都市部の住民らしく中央高原の人々に比べると体も貧弱だった。数人くらいは目つきのギラギラした連中もいるが、大した腕でも無さそうだ。
「皆、引いてくれ。危険な連中じゃなさそうだ」
オルスの合図で狩人達は引いていった。
「お前達何処から来て何処へ行くんだ?怪我人がいるみたいだが、この先は荒野しかない」
フォーン地方と帝国東海岸の間を繋ぐ山道がいくつかあるが、ここは主要な道から外れていて普通は使われない道だ。どういう集団なのか疑問だった。
「そちらも怪我をしているようですが」
「大したことは無い」
といいつつもオルスの左腕の具合はあまりよくない。
ウカミ村ではそれほど医療物資は無かった。
「こちらには医者がいます。良ければ診て貰えるよう頼みましょう」
「そりゃ結構な話だが、まず質問に答えろ。正直にな」
オルスが見た所、女騎士は若いが魔剣を持っていて装備も魔導装甲を使っている。正規の騎士のようだった。紋章の一部は削られているが残っているものには見覚えがあった。
「私はフリギア家に仕えていたマリア・ルドヴィカ・ヴェルテンベルク。こちらの人々は蛮族の侵攻から逃れてきた避難民です。できれば道を教えて欲しいのと食料をわけて頂けませんか」
「・・・フリギア家の騎士か。まあいい、俺には関係ない。情報交換といこう」
オルスは蛮族が何処まで迫っているのか情報を貰い、代わりに彼らが必要としているものを少しだけ提供することを決めた。一応本隊に戻って長老に報告を行い、誰も反対者はいなかったのでそのまま決定となった。
まずウカミ村の人々は避難民たちにこの先は領主の襲撃にあったウカミ村しかなく焼け落ちていて、食料は得られない事を告げた。持ち運びきれなかった食糧や水はあるので好きに使っていいと許可してやる。
「魔獣が既にここにも?」
「ああ、蛮族のものか自然発生したものかは分からないが」
オルスはレナート達が倒した魔獣の特徴を告げた。
「申し訳ありません。それは私が追い払ったものでしょう」
「あんたが?」
特徴の擦り合わせの結果、ファノが感じた疑問、魔獣がわざわざ小さい子供相手に罠を使っておびき寄せた理由がわかった。
「中途半端に弱らせるとはね。おかげでうちらはこのザマだ」
彼女からしてみればどうしようもないことだったのだが、反論せず項垂れている。
「まあいい、やっちまったことはしょうがない。それより何故こっちに来た」
「帝都は既に陥落しました。海岸沿いの都市もほぼ全滅です」
「帝都がもう?嘘だろ?」
グランディの話では数か月前に北方圏南部で両軍が激突していた筈。
帝都までの間にはいくつもの要塞や各州政府の軍があり、突破するだけでも数年、帝都を落とすにもさらに数年はかかりそうなものだった。
「サウカンペリオンでの決戦は要塞内にスパーニア独立派が潜んでいて内部から崩壊しました。続くラムダオール平原の戦いではオレムイスト家が戦闘中に兵を引き上げてしまい惨敗です。そのまま速攻で帝都に侵入されてしまいました」
帝都防衛の任に当たるのは二個軍団と近衛兵団しかなかった。
軍団兵はラムダオール平原の戦いに参加していた為、残留していた近衛兵団は皇帝の大宮殿に籠り守備に専念したという。つまり帝都の市街地は見捨てられた。
「市内はもう地獄でした。蛮族連中は女子供にも容赦ありません」
「それはわかるが東方国家と同盟を結んだんじゃなかったのか?東方候といえば噂に名高い騎士王。そんな蛮行を許すとは思えんが」
「・・・東方諸国軍はおそらく北回りで西海岸に向かったと思われます」
「何故だ?より豊かなのは東海岸側だし、彼らが恨みを晴らしたい相手はガドエレ家や帝国政府の連中じゃないのか?あとはうちらの国だが・・・」
「言いづらい事ですが、フリギア家の人間が天爵様を拉致して西海岸の都市に逃げ込んだ為、それを追跡したのだと思われます」
そこらへんはオルスにはどうでも良かったが、東海岸の攻略を蛮族に譲られたのは不味い。
蛮族から遠ざかりたければ西か南に逃げるしかなくなった。
「南も駄目です。既に壊滅状態です」
「嘘だろ?いくら蛮族に機動力があってもそこまでは無理な筈だ」
「蛮族ではありません。西方諸国軍が艦隊を派遣して主要港は焼き払われました。いずれ蛮族に制圧されると思います」
「西方諸国も敵なのか?」
「これも私が仕えていたフリギア家絡みなのですが、選帝選挙で西方候と協力関係にあり彼らを引き込んだ所騙されて利用されたようです・・・」
「なんちゅう迷惑な皇家だ」
オルスの呆れたような感想にマリアはすこしかちんと来て反論した。
「む、そもフォーンコルヌ家がこの混乱を最初に引き起こした事をお忘れですか」
「俺は平民の田舎もんだ。そんなもん知らん」
「私だってフリギア家には一時的に席を置いていただけです」
彼女に主君への忠誠心は無いらしい。
「んじゃ、俺につっかかってくるんじゃねえよ」
「それはその通りなのですが・・・、とにかく帝都周辺の都市は既に敵の手に落ちています。フォーンコルヌ皇国から来たクールアッハ大公とその息子もラムダオール平原の戦いとその後の帝都の攻防戦で戦死しています」
「なにぃ!?」
辺境で暮らす彼らには近隣領主達の情報すら届いていなかった。
「蛮族の機動力は各軍司令官の想定の遥か上を行きました。それにこれまで戦場に出てこなかった大精霊達が直接戦場に出てきているのでそこらの魔導騎士では太刀打ち出来なかったようです」
蛮族と戦った経験も豊富なオルスは大精霊の名に心当たりがあった。
ヴァイスラの親族にあたる北方候が神剣を与えられていた皇帝の近衛騎士達と共にその大精霊と戦っても凍らせて北ナルガ河に沈めるのがやっとだった。そしてそれくらいでは死ぬこともなく、再び戦場に出てきてアル・アシオン辺境伯領で東方候と戦いその騎士達の多くを死に至らしめた。
「そんなのが何体も出て来たのか」
「はい、人類の総力を結集しなければ止められる相手ではありませんが・・・東方候も西方候も敵に回ってしまいました」
「南方候は暗殺され、アブローラの婆さんも何年か前に死んじまったしな。こりゃ駄目だわ」
帝国内は選挙争いでズタボロ、地元のクールアッハ大公とその後継ぎも戦死。
絶望的な状況だった。
「連中が沿岸部を荒らしまわっている間はこちらの高原地域はまだ無事だと思います。それで私は避難民を連れて逃げて来たのです」
「ご立派だな。しかしこの先は不毛の土地が続く。大公が死んじまったんじゃ、領主達も争い合うだろう」
「では貴方達は何処へいくのです?」
「そいつは秘密だ」
「あてがあるのならこの人たちをお願い出来ないでしょうか」
「あんたはどうする」
「私は難民を探してまたこちらに連れてきます」
「それはやめとけ。いずれ蛮族に発見されて追跡される。連中の追跡能力はそこらの動物よりも上だ、敵をこちらに呼び込むだけに終わる」
昔ヴォーリャ達を救出した時も延々と追跡され、帝国騎士達に守って貰わなければ全滅する所だった。陽動に出ていたペレスヴェータの戦士団も結局壊滅している。
オルスとマリアが情報交換し、持ち帰ってそれぞれ集会を開き翌日、改めて代表者同士で話合う事を決めた。
◇◆◇
二つのグループは山中で野宿し、翌日会合を持った。
ウカミ村の人々も避難民もお互い疲れ切っていた。避難民たちは助けてもらうどころか問答無用で略奪してくるような領主がこの先に待ち構えている事に絶望し、ウカミ村の人々もどこにも助けがない事を知ってやはり絶望する。
避難民側には知識階級の人々が多く、女騎士もいることでウカミ村の人々は一緒に隠れ家に行くなら受け入れると提案した。食料と棲み処を提供すらうウカミ村の人々の掟に従うとアウラとエミスに誓約してもらう事を条件として、彼らは避難民と共にカイラス山の鉱山跡に潜伏を開始した。




