第8話 罪の種 ~みなしごドムン~
ドムン母親は貴族だった。彼女は敵対していた父と駆け落ちしてやってきた。
ウカミ村建設後に父は戦傷が元で死亡し、母はある日ドムンを置いて行方不明となった。
風の噂で実家に帰っていると聞いた。
母親にドムンを引き取る意思はなく、彼はそのまま親戚の家で養われた。
義理の兄姉は年が離れていたし、レナートやスリクとよくつるんでいたが鬱屈した思いからか彼は少々気が荒く、直情的でしばしば問題を起こしていた。
レナートからはよっつ年上な事もあってドムン兄ちゃんと呼ばれている。
ドムンはレナートと村の外で遊んでいた時、喧嘩をしてしまって俺は帰る、お前はそこでずっと遊んでろと言い放った事がある。
日が暮れても家に帰って来ないレナートを心配したオルスがドムンの所にやってきて居場所を知らないかと聞いた。ドムンはやべえと思って急いで村の外に行くと、はたしてレナートはまだそこにいてドムンを待っていた。
「悪かった。でもどうして家に帰らなかったんだ?」
「ここにいろって言われたから」
「だからってな」
「もう動いていいの?」
「ああ、置いて行って悪かったな。帰るから俺と一緒に来い」
「うん。もう置いて行ったりしないでね」
「ああ、もう二度とあんなこと言わない」
ドムンはオルスに謝ったが、彼はそれほど怒らなかった。
いくら何でも日が暮れるまで馬鹿正直にそこにいるなんて想像できなくても無理はない。
◇◆◇
この日、猿が処分されると聞いて、ドムンは皆が寝静まった後にこっそり逃がしてやろうとしていた。納屋は木材が不足している為、古代の巨大生物の骨や牙で作られて、隙間は煉瓦や漆喰で埋められ村で一番の威容を誇っていた。
「レンとスリクは連中の注意を引いておいてくれ、その間に俺がカギを開けて逃がしてくる」
「そんなの駄目だよ。他人のものなのに」
ドムンはすっかりその気だったがスリクは反対した。
「処分するって言ってるんだから別にいいだろ。お前だって外で狐の子拾ってきたことあったけど、大きくなっていうこと聞かないからって捨てたろ?でも別に殺したりはしなかったじゃないか」
「そりゃまあ」
「要らなくなったからって捨てるならともかくわざわざ殺すか?」
自分の為に盗むわけじゃない、命を守る為に逃がしてやるんだ、とドムンは力説しスリクも仕方なく応じた。
「じゃあ、レンは誰か来たら注意を逸らしておいてくれ」
「やだ」
「よし、って・・・なんだって?」
レナートはドムンと同じくちょっと浮いた子だったのでドムンが誘えば付き合うと思っていたのだが、彼が何を言おうと断固として拒否した。
母親似で線が細いが意思は強く、ぼんやりしている時は何を言っても聞こえていない事もあり、虚空に向かってつぶやく不思議ちゃんだった。
「盗むのはよくないよ。ひょっとしたら本気じゃないかもしれないし」
月明りの下で三人頭を突き合わせていたが、レナートはそう言って立ち上がった。
「じゃあボクは行くね。やめときなよ。人のものに手を出すなんて」
「おい、お前。大人に告げ口する気じゃないだろうな」
「みそこなわないでよ」
そう言ってひらひらと手を振りさっさと家に帰ってしまった。
◇◆◇
「まあいい。じゃ、お前が見張りを頼む」
「ちょっと待ってよ」
猿の檻が置かれている納屋に忍び込もうとしたドムンをスリクが止めた。
「なんだよ。まさかお前まで怖気づいたのか?」
「そうじゃなくて逃がしたとしてそのあと、猿ってこの地域で生きていけるの?」
周辺は荒野か草原で山や森は遠い。
夜は氷点下で当分雪は降らなくとも、道はところどころ凍結する。
猿という生物はこの周辺にもともと生息していないのでスリクはその後の事を心配した。
「そ、そんなの・・・やたら賢いって話だし自分でどうにでもするだろ!」
どうせ死なせてしまうなら、一座の者に任せた方がいいのでは?という考えが一瞬頭をよぎったが、それを打ち消すように頭を振るい、ドムンは納屋に忍び込み一座が飼っている犬や豹を脅かさないように鍵を取り、さっさと開けた。
動物たちとはすっかり顔見知りだったので騒がれずに事は済んだ。
ドムンは猿を腕に抱えて納屋を出て、スリクに先行させながら村の出入り口を目指した。
◇◆◇
先行していたスリクを見とがめて声をかけてきた男がいた。
「おい、スリク。もう眠る時間だぞ」
「あっ、オルスさん。こ、こんばんわ」
スリクはあからさまに動揺していた。
(あの馬鹿っ。こっちをちらちら見るんじゃねーよ!)
ドムンはこころの中で毒づき、じりじり後ずさろうとしたがオルスは後ろを覗き込むようにしていたのでうかつに身動き出来なかった。
「お父さん、どうかしたの?お母さんが苦しそうだよ、助けてあげて」
「うおっと、そうか。じゃあな、お前たちまっすぐ家に帰るんだぞ」
「はーい」
ちょうどレナート達の家の傍だったのでレナートが窓を開けて、オルスを家に呼び戻した。
達人のオルスはどうもドムンの気配をも察していたようだが、猿にまでは気が付かなかったらしい。
ご近所のロスパー・ヴェスパー姉妹も物音を聞きつけ、窓から顔を出してドムンに忠告してきた。
「今日は出入り口にはまだ人がいるし、その子を逃がすなら普通に壁から放り捨てちゃいなよ」
村の周囲はやはり納屋同様に大きな骨を杭のように地面に埋め込んでいた。こうしておくことで周辺の野生動物は村に近づかず、村内に入り込まれて家畜や幼児が襲われることを防いでいる。さらに煉瓦で壁を作り村はなかなかの防備を固めていた。
「放り捨てろってお前・・・」
「大丈夫よ、曲芸だって出来るくらいなんだし」
まあ、それもそうかとドムンは姉妹の忠告に従って猿を村の外に放り投げた。
しばらく聞き耳を立てていたが、猿がどこかに走り去り村には戻ってこない事を確認してその日は一つの命を助けたと満足して眠りについた。
翌日、小猿がいないことに気が付いた座長が長老に相談し、高価な猿が逃げた事で大人達は慌てて捜索に加わった。子供には猿の価値は分からなかったが大人達は村が収めるべき税額数年分だと聞き、さらに何者かに鍵が盗まれた形跡があると聞いて真っ青になった。
誰かが売り飛ばす為に盗んだのかと。
結局大人達に問い詰められたスリクが自供して、ドムンが逃がしたことはあっさりバレてしまった。
長老が座長に謝罪したが、座長はもともと処分するつもりだった事を打ち明け、これまで世話になったのだからと水に流してくれたおかげでその時はきついお仕置きを受けずに済んだ。