第13話 強襲②
ウカミ村は襲われていた。
蛮族や魔獣ではない人間の軍隊にだ。
オルスは村に入り込んできた騎兵を射落として、何者か問うた。
「フィメロス伯の手の者か」
「教えてやると思うか?」
持ち物を漁ればどうせいずれ分かる事なのに、挑発してきた男をオルスは殴りつけて再度問うた。
「誰でもいいが何故襲って来た」
騎兵に遅れて歩兵も村に入ってきて次々と火を放っている。
武装を始めていた村人も応戦しているが、あちこちで女子供の悲鳴が聞こえている。
「略奪が目的じゃないのか?」
物資が焼けては元も子もない筈だ。ウカミ村は再独立運動には参加していなかったのに、いきなりここまでの強硬手段を取る意味は?
「知るか。命令だ」
「そうかよ」
オルスは立ち上がり、騎兵の喉を踏み潰して殺した。
尋問中周囲を警戒していたテネスがその背中に声をかける。
「オルス、お前は子供達を探しに行け。ここは俺とヴォーリャに任せろ」
「すまん、テネス。ヴォーリャ、うちの嫁さんも頼む」
「あいよ」
テネスはオルスの長年の相棒で下半身を悪くしていたが、今は乗馬して弓を番えている。
踏ん張りは効かないがまったく戦えないわけでもない。
村は古代の大きな動物の骨で囲まれて、木柵と煉瓦で穴を詰めている。
歩兵が越えられないほどの壁ではないが、北と南に大きな進入路となる入口があり、敵は北から来た。
ファノやレナートは敵が来る前に南から出て行った。敵は無差別殺戮をしており、人質を取る様子はない。
「最悪の場合、お前たちも南から脱出を」
「わかった」
敵の総数が分からない以上、いつまでも防戦してもどうにもならないかもしれない。
必要なら近しい人間だけ連れてこのまま脱出するしかない。
◇◆◇
オルスが南側の入口に差し掛かった時、矢が射かけられ咄嗟に躱したが、馬は射殺され彼は落馬した。
「さすがだ。よく躱したな」
村の入り口を囲む大きな骨の影からまた兵士達が現れた。
その中の一人は異質な剣を持っている。
「降魔剣?魔導騎士なのか?」
新米相手でもヴォーリャと二人がかりでやっとなのに魔導騎士だけでなく敵兵も複数いる。
勝ち目の無い状況だが、魔導騎士らしき男が纏うものは魔力の鎧ではなく普通の鎧に見える。それだけが救いだった。
「我が名はアイガイオン。この名に覚えがあるか?」
「ああ・・・。確かアルシメオンとやらの父だとか。お前がこの襲撃を?逮捕されたんじゃなかったのか?魔獣の襲撃とは何か関係があるのか?」
オルスには疑問が山ほどあった。出奔したアイガイオンは逮捕されたと風の噂で聞いている。何故その男がここにいるのか。外国では魔獣を軍事利用することはあるが、帝国では禁止されている。何故魔獣の襲撃があったのか。
「魔獣の襲撃?・・・あぁ、そうか。それでお前たちは慌ただしかったのか」
「お前達とは関係ないのか?」
「無論。フィメロス伯の命で内偵していたが、こちらに気づかれたと思ったのだがな」
攻め込んできたのはアイガイオンの勘違いだった。
偵察兵から村の様子が慌ただしいと報告を受けて咄嗟に侵攻を命じた。
兵士達もウカミ村に反乱の兆しありということで襲撃命令に納得していた。
「まあいい。手間が省けた。どうせお前を殺すつもりだった」
「何故俺をつけ狙う。クソガキの為か。俺はそれどころじゃねえんだよ。どいてくれないか」
「アルシメオンの為ではない。ただ、愛の為だ」
「わけのわからんこと言いやがって。何故ここにいる。誰が解放した」
「皇都も平民の反乱で人手不足でな、恩赦を貰ったが今さら皇家に尽くすつもりはない。私はただ愛の為にここにいる」
五年前、実の息子によって幽閉が決まったレアがアイガイオンにオルスを殺すよう命じて出奔させた。結局捕らえられたが、昨今の騒動で魔導騎士が足りず彼に恩赦が出された。
しかし、恩赦の条件を無視して再び出奔してきた。
「フィメロス伯に仕官するフリでもしてここにやってきたのか。くだらねぇ自己満足だ。どうせそのうち捕えられて今度こそ処刑されるぞ」
アイガイオンは自分の名を伏せて流浪の騎士として仕官した。
魔力の強い騎士が仕官して喜んだ領主は兵と使命を与えたが彼はもとからそれを利用するつもりだった。
「くだらん連中が金だの土地だの権力だのと、くだらんものを取り合って殺し合う世の中だ。どうせ死ぬのなら愛の為に死んだ方がマシだ。そうは思わないか」
「俺が憎くて殺す訳じゃなく、不倫相手の為にってんならちょっと待て。俺は子供達を探してるんだ。逃したらまた今度相手してやる」
「そんな時間も機会もない。ここで死ね」
アイガイオンの殺意は漲るが、話を聞いていた領主の兵達は彼と違って戦意は少ない。
「いや、ちょっと待てアンタ。俺らは別にここの連中に恨みがあるわけじゃないんだ。領主様もそこまでは命じてない」
「黙れ」
反抗する兵士をアイガイオンは一太刀で斬り捨てた。
大振りの一撃で近くにいた兵士達にも剣圧が届き、苦しみ始める。
「呪いの蠍の黒剣か」
魔獣化した大蠍の針の毒を利用した剣で実際に剣が命中せずとも何故か切り裂かれ、毒が注入されてしまう。現象界では剣が届いていなくとも第二世界では霊体が切り裂かれている為、精神汚染が現象界に『毒』として現れているのだった。
「さすがに詳しいな。その通り、だが苦しませはしない」
アイガイオンは言葉通り、かすっただけの兵士達にトドメを刺す。生き残った兵士達は怯えて逃げ出そうとしたがアイガイオンはそれを許さず逃げようとすれば殺すと脅し包囲を続けるよう命じた。
「どかねえってんなら死んでもらう事になるぜ」
「大した自信だ」
現役は遠い昔に退いたとはいえ、平民が魔導騎士相手に大口を叩くというのはアイガイオンにとって初めての経験だ。世の中も変わったものだ、と少し皮肉気に笑った。
「魔導装甲も魔石もないてめえなんざ、そこらの年寄りと同じだ」
魔導騎士の装備を整えるにはかなりの財力が必要となり、フィメロス伯には用意できずアイガイオンは持参の剣以外は通常装備だった。魔導騎士は魔石を己の体に埋め込んで身体能力を倍増、防御力も強化させるものだが、それもない。
「お前の武器では私の魔力の壁は突破できん。肉体は老いても魔力が衰えたわけではない。すぐに思い知らせてやる」
◇◆◇
アイガイオンの体に再び殺気が漲ると、オルスは背中に隠していた銃をすかさずに抜き撃った。が、一発は魔剣に防がれ、残りは当たっても表皮を弾が貫通することもなかった。
「ばけもんが!」
「甘く見たな」
オルスが役に立たない拳銃を捨てる前にアイガイオンは踏み込んで斬りかかった。
魔剣自体はそれほど鋭い訳でもなく、銃身で受け止める事が出来たが指先に傷が出来てしまう。
毒が回りすぐに左手に力が入らなくなった。
後退しながら銃をアイガイオンに向かって投げ捨て剣を構えたが、これなら最初から剣を構えておくべきだったとオルスは後悔した。剣技ではオルスが上だったが、左手がうまく動かず、すぐに追い詰められてしまった。
2022/9/12
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