第9話 息子が娘になった
五年前、皇都から帰宅する途中の宿で息子が性転換している事に気づいた。
もう女子寮生活じゃないのだからヴォーリャと風呂に行く必要もないだろうと久々に一緒に風呂に入った時に気が付いた。皇都滞在中に神に祈ったら変化してしまったらしい。慌ただしかったし、信じて貰えないだろうし話しづらかったという。
レナートは自分を受け入れてくれるだろうか、拒絶されるだろうか、という不安な面持ちで見上げていた。
正直、次から次へといい加減にしてくれと思った。
一瞬、顔に出してしまったかもしれない。
レナートの表情が傷ついたかのように見え、すぐに抱きしめて謝った。
大丈夫、大丈夫だと言葉をかけて安心させてやろうとしたが言っていて自分でも何が大丈夫なのかわからなかった。
部屋に戻るとヴォーリャが待っていて経緯を教えてくれた。
母親に見捨てられていたのは男に生まれたせいだからだとずっと悩んでいたらしい。
レナートは自分の事は自分で出来たし、俺は妻の心の安定だけを優先して息子を顧みていなかった。
年が明けて、娘が生まれても状況は変わらなかった。
ヴォーリャの忠告通りあるがままを受け入れて、レナートを否定しない、そう心がけた。
だが、俺はよくても問題は村人だ。
もしバレたら気味悪がられる。大金を稼いだ事だし、家の改築を行った。
最悪の場合は村を出て誰も知り合いのいないところで娘として育てる。
五年前もどうしていいのかわからなかった、今もだ。
俺もヴァイスラもどうしようもない親だったと思う。それでもあいつは慕ってくれた。
どうやって報いたらいいのか、わからない。
人の温もりに飢えているあの子の願いに応えようとファノを抱いてる時間の倍は抱いてやったが、大きくなったいまではそうもいかない。
◇◆◇
「すまんすまん、今帰った。これから風呂沸かしてやるからな」
民会が長引いて帰宅が遅れた時、レナートとファノは既に湯上りといった風で少しばかり体が火照っていた。
「あれ?自分で水汲んで来たのか?」
力仕事は俺の担当だった。村の衛視の仕事は退屈だったし、娘にやらせるわけにもいかんし、とずっと続けていたのだが今日は待ちきれなかったようだ。
「んー、共同浴場の方に行ってきたよ」
「共同浴場って・・・どっちのだ?」
「そりゃ男湯だよ、決まってるじゃない」
レナートはこともなげに言った。
「お、お前!他の男どもに見られたらどうすんだよ!それとも今日は男の日だったのか?」
レナートはダナランシュヴァラ神とやらに祈れば月に数日だけ性転換が可能らしい。
「いや、このまんまだけど。ドムンとスリクくらいしかいなかったし、別にどうでもいいし」
「よ、良くないだろ!?あいつらだってもういい年頃じゃないか」
「ボクもね。そろそろ隠すの難しくなってくるんじゃないかな。バレたって身近な人が気にしなきゃそれでいいもん。いざとなったらボクだけ出てくよ。グランディ様に雇って貰えないか頼んでみよう」
うん、それがいい。そうしようとかレナートは言い始めた。
「駄目だ!そんなことは許さん!!」
自分でも思ったより大きな声が出て、レナートもすこし驚いていた。
ファノは初めて俺が怒ったのを見て怯え、レナートの後ろに隠れた。
「あ、すまん。怒鳴ったりして、でも駄目だ。出ていくなら俺も、家族みんな一緒だ。俺もヴァイスラも荒野でも山の中でも何処だって生きていける力はある。村の連中に付き合う必要はない」
「駄目だよ。みんな父さんの事を頼りにしてるんだから。それにお婆ちゃんだってどうするのさ」
俺達はともかくおふくろは今さら昔の生活に戻るのは辛いだろう。
妹に全部任せるのは兄として少し情けない。
「ボクの体の事、誤魔化すのそのうち難しくなってくると思うし。今出ていくのが一番いい」
「駄目だ。お前の事は俺がなんとかする。別に悪い事してるわけじゃないんだ、気にする必要はない。それよりドムンとスリクは何か言ってたか?まさかあいつらお前に酷い事言ったんじゃないだろうな?」
いきなり出ていくとか言い出したのはきっと辛い事があったに違いない。
俺はそう思った。だが、返答は意外なものだった。
「んー、結婚してくれってさ。従弟なのに気持ち悪いよね?」
男友達として付き合って来たのに、とレナートは不満げだった。
そのあと俺はどうしたかって?何処にでもいる父親と同じさ。
娘に寄り付こうとする害虫を排除するに決まってるだろ。




