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天に二日無し  作者: OWL
序章 神亀雖寿 ~前編~
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第7話 出立の準備

 春はまだ遠いがオルスも一座も出立の準備を始めていた。

雪の中でも歩みを進められるような靴、ソリ、防寒具を人数分用意し、遭難した場合の対処方法のレクチャーなど。オルスは一刻も早く都に行かねばならない事情があったが、一座が冬季に強行軍することに懸念があり忠告することにした。


「なあ、座長さん。そんなに無理に急がなくても春までこの村に逗留してくれたっていいんだぞ。子供達も喜んでるし、長老達も男手があって助かると喜んでる」

「はは、ありがたい話ですが私らも早いところ稼がないと。一座の者にも仕送りしてやらなけりゃならない家族がいたりもしますし。それにこの村だってそんなに食料に余裕はないでしょう?」

「まあなあ」


最長老の占いで近々雪が止み、当面は心配ないという話なのでオルスはいよいよ出発の意思を固めた。


「当たるんですか?」


科学技術が発展した今のご時世に占いで旅立ちを決める事に不安を感じた座長はオルスに尋ねた。


「まあ、占いといっても威厳の為にそういう形式とってるだけで何千年もここで暮らしてきた経験をもとに言ってるのさ。長老の天気予報が外れたなんて聞いた試しがない」

「そりゃ、凄い。じゃあ今晩はみんなを集めてひとつ芸でも披露しましょう」


この日は一座のお別れ会となり、子供達も宴会の参加を許された。

燃料となる木材が不足していることもあり、多くの家庭が毎晩食堂周辺に集まる。

日が暮れればさっさと食事して寝る、それが村の暮らしだったがこの日は珍しく大宴会となった。


その席で長老から一座に依頼があった。


「今日は子供らもいることだし何か教育的なおはなしでもしておくれ」

「ええ?長老。送別会なのに仕事させるんですか?」

「いやいや、構いませんとも。皆にはお世話になりましたし。ほれ」


一座の詩人が弾き語りを始めると子猿も一緒に演奏を始めた。

今日の子猿は珍しく檻から出されて頑丈な首輪をつけられていた。


詩人は世界の源である原初の巨人の誕生から、神々の誕生と地上の繁栄を讃え、そしてその終焉を語った。子供達はその物語の結末に首を傾げた。


「神様も死ぬの?」

「同じ力で殺し合えばね」

「不死だから神様なんじゃないの?」

「不死だから神様なんだったらお化けだって神様さ。それ以上死にようがないからね」

「神様なのに終焉を避けられなかったの?」

「終焉を避けようとしたがより酷い結果を生んだ。狂気と予知を司る神は事前に警告したんだよ。世界は神々の時代と人々の時代と全てが終わる終末の時代という周期があるとね」


詩人は創世神話からの教訓を語る。

傲慢にも運命を己に従わせようとしてはならない。

神々でさえ予言を無視し、自分達が地上を支配し続けようとして争い合い、肝心の地上を破壊しつくしてしまった。


「地獄は地獄を呼ぶという言葉がある。神々は負の連鎖を断ち切れなかった。その為に全てを失った。だから我々人類は神々から地上の再建を託された時、法によって秩序ある社会を築き上げた。・・・君達もおやつを盗られたから盗り返すとか殴られたら殴り返すとかやっていたら家族や友人を失うよ。実践することは難しいことだ。でも何かあった時、君達の心の歯止めになることを願っている」


一座も長い冬の間に子供らがちょくちょく喧嘩するのを見聞きしている。

だいたいドムンがスリクをからかったり虐めたりして、親戚のレナートがスリクを庇い、ドムンが疎外感を感じてさらに暴れる。

もともと仲良しの幼馴染だったが成長して自分の立ち位置を意識するようになってから段々とこじれるようになってきた。腕力もついてきて大怪我をさせる事も増えて周囲も心配していた。


「どこかで止めるという自制心。謝罪する勇気。許す寛容さ。それがあれば神よりも偉大な人間になれる」

「人が神よりも?」


大人達はそれは不遜な考えでは?とざわつく。

一座の仲に風変りな婦人がおり、彼女が村人達に対し座長の言葉を補足して村人を宥めた。


「人は神の子。子はいつか父を追い抜いて先を行くものですよ。最古の神々には無かった『法』という概念を第二世代、第三世代の神々は生み出し人に伝えました。このように子は父から財産を受け継ぎ、さらに発展させていくものです」


父は偉大だが、子はその財産を受け継ぎスタートラインにおいて父よりも優位である。

故に子は父の時代よりも社会を発展させなければならない。

子が父の時代よりも進化、発展させていく事は不遜でも何でもなくそのように期待されているのだと説いた。そして改めて子供達に寛容に、友人を大切にと教え諭した。


この日、女の子に交じって内職を手伝っていたスリクをドムンがからかい、キレたスリクが鋏で刺しそうになっていた。


「・・・悪かったな。横チン」「・・・いいよ。レンが止めてくれなかったら舌を切り落として糸で口を縫い合わせてたけど。あと横チンは止めろ」


2人はぎこちなく握手し、仕事をサボりたくてスリクに手伝いを頼んだ姉妹もほっと胸を撫でおろした。長老達も笑顔で2人を褒めた。


「ところで横チンって?」


詩人が疑問を呈する。


「ああ、こいつ去年の夏。アレがデカすぎて横からはみ出てたから『横チン』に」

「へえ、人は見かけによらないねえ」

「止めろって!」


スリクがドムンに投げつけた骨付き肉を空中でレナートがぱしっと掴んで、自分の口に入れる。


「おお、凄い反射神経だ。どうだ、レナート。うちの一座に入っては」


傍で見ていた一座の軽業師が勧誘する。


「ダメダメ、息子は村の守り手に育てるんだから」


変な勧誘は止してくれと言ったのはレナートの父、オルス。


「こんな平和な村じゃ必要ないでしょう?」

「うちの村は税が安い代わりに猛獣とか出たら自力で対処しないといけないんだ。俺が元気なうちはいいが、こいつにゃ後を継いでもらわないと」


また口うるさくいわれるのも嫌だし、酔いが深まった大人達が増えたのでレナートはそろそろ帰ろ、とドムンやスリクに話しかけ、その場を立ち去った。


 ◇◆◇


「もう明日でお別れだからあの子達にもお別れしなきゃ」

「あの子?」


スリクは一座の連れている犬や豹達にかまいたがった。

彼らは主人に忠実だが、村人達にも好意的で穏やかな性格をしており腹を撫でさせてくれる。しかし、周囲はよその犬にかまっちゃだめだというのでこっそりやる必要があった。

豹の方もおおきな猫といった感じで首輪をつけていなくても安全だったが、長老の要請で村内ではいちおうつけていた。


レナートやスリク達がこっそり一座の動物たちに会いに行くとちょうど座長が猿を檻に戻していたところだった。


「おや、君達・・・こんな夜遅くにどうしたんだい?」

「あー、いや。ちょっとその子たちにお別れに」「あっ、馬鹿!」


ドムンが止めるのも遅く、スリクが素直に白状してしまったので座長はこら、と叱った。


「この子達は大丈夫かもしれないが、ノボノは危険だと前にもいったろう」

「え、この子猿の方が?」

「本気にしてなかったのか」


賢いかもしれないが、演奏も出来る猿としか子供らは思っていなかった。

そもそも猿自体が本来この地方には生息していないのでよく知らなかった。


「こいつは小型の猿なだけで、もう成熟してる。さっきもね・・・鍵を探して背中を向けていたんだが、悪寒を感じて振り返った。そしたらこいつ片手に石を握りしめてた。冷たい顔をして、こっちを見てたんだ」


座長は命の危険を感じた。

後頭部にあの握りこぶし大の石を叩きつけられたら死んでいたかもしれない、と。


「だが、こちらの目に気づくとはっとしたような顔をしてこいつはお手玉を始めた。取り繕っているようで不気味だった」


今はみっつの石を交互に宙に投げて芸の練習をしているように見える。

レナート達も月明かりに照らされる猿の表情を少し不気味に思った。


「前に寄った町で臨時の世話係を雇ったんだが、鍵を開けてくれと手振りで懇願してた事があった。首輪が苦しそうな演技をしてたから彼は実際に開けて助けようとしてた。危ないところだったよ」


それは猿の演技であることを一座は知っていたが、臨時の世話係には分からず助けてやろうとしたら噛みつかれて鍵を落としてしまい危うく脱走されるところだった。


「そんなんじゃ、旅に連れ歩くのも怖いですね」

「ああ。前に熊や虎も飼っていたんだが政府の命令で殺処分せざるを得なかった。こいつも処分するべきかもしれない」


座長はこの猿を連れ歩くのに神経を使い果たし、疲れていた。

急いで帝都を出立したので売る暇もなかったが、この先の都市で品種改良に多大な投資をされた貴重な猿だと言って値段がつくかどうかわからない。異常なほど知性が発達しているとはいえ、見た目はあくまでも何の変哲もない猿だ。


「勝手に作ったのに都合が悪くなったら勝手に処分するなんてそれはちょっと可哀そう」


スリクが非難しドムンも大きく頷いた。


「まあ、そうだな。私が作ったわけではないが・・・」


座長は難しい顔で檻の中の猿を見ている。

レナートは二人にもう行こうと声をかけその場を後にした。


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2022/2/1
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