第5話 再会②
続いてドムンの母の元を訪れた時、ドムンの親戚もやってきていた。
現男爵の息子、ドムンにとって従兄にあたるニキアスだ。ニキアスは公都からドムンの母親に実家へ戻ってくるように説得しに来ていた。
ドムンとニキアスは玄関口でたまたま出会い、お互い通じるものがあって挨拶を交わした。
「ほう、伯母上の子か。ふむ、なかなか鍛えているようだ。その気があるなら誰かの従士に推薦してやってもよい」
「え、本当ですか!?」
ドムンにとっては願ってもない話だ。
庶民との間に生まれた子がいずれ騎士として貴族社会に返り咲く道が開ける。
ドムンが村を出るのがそんなに早くなるとは思わなかったレナートはちょっとむっとする。
「ふーん、じゃあここでドムンとはお別れだね」
ニキアスがいるのなら彼に母親を紹介して貰えばいい、レナートは踵を返そうとした。
「え、ちょっと待てよ」
ドムンが慌てて腕を引っ張った。
ニキアスに威圧されてしまっていて、貴族の屋敷に取り残されるのが心細い。
「なんだよ。痛いじゃないか」
むぅ、とレナートはまだ拗ねていた。
「まだオルスさんに教わりたい事も多いし、今の状況で出ていったりしないって」
「オルス?あの戦士か、彼も連れて我が家に仕えてもいいのだぞ」
オルス達一家も一緒にバントシェンナ男爵家に仕えるならそれでもいいかな、とドムンは誘惑に駆られる。
「父さんは宮仕えなんかしないと思うよ」
「あー、そうだよなあ」
「ふむ。それは残念。だが今の状況を知っているのならいずれフィメロス伯に徴兵されると思っておけ。ところでお前はあの時の子供か?」
「?」
ニキアスからかけられた言葉の意味がレナートにはわからなかった。
「忘れたか。まあ泣きじゃくっていたから無理もない」
ふっとニキアスは苦笑する。
彼は恩着せがましい事はせず、一応親族の誼でドムン達を母に会わせてくれた。
ドムンの母は、長年音信不通だったこと、ドムンを捨てて行ってしまった事を詫びた。
二人がぎこちなくだが少しずつ長年どうしていたのか情報交換を始めるともう大丈夫だとレナートは判断し親子水いらずにして屋敷を後にした。
◇◆◇
その夜、夕食を終えたころドムンは宿に戻ってきた。
「なんだお母さんのとこ泊まっていけば良かったのに」
「んー、やっぱ迷惑だしな、瘤付きじゃ。再婚もしてるんだし、きっと他の親族に財産目当てで会いに来たって思われるし」
「あー、そっか。そんなのやだよね」
レナートはどうだった?とは聞かなかった。
別に喧嘩別れしたようでもないし、生き別れの母との再会に感動しているわけでもないようだ。やるべきことをやってきたという感じ。
「向こうもほっとしてると思う。俺を捨てた事を後悔くらいはしてたし。別の世界で元気にやっていて、こちらには必要以上に近寄って来ないってわかってさ」
レナートの目にはドムンが失望しているように感じた。
『近寄って来ない』と言った意味を考えればおのずとわかる。
「じゃあ・・・従士の話は?」
「ちょっと考えたけどやっぱ無理だよ。俺なんかにゃさ。勉強はちっとも出来ないし、礼儀作法なんか絶望的だし。騎士って結構いろいろ学ぶこと多いらしいし。弱者を守って正義に務め主人に忠誠を誓うなんて俺なんかにゃ無理無理。またバカ騒ぎ起して誰かに迷惑かけるだけさ」
ドムンは自嘲する。
やはり少し傷ついているようで無理に声をはりあげようとして空回りしている。
母にとってドムンはもう過去の世界の人間で、元気な顔だけみせてくれればいい、自分の罪悪感を薄れさせてくれればそれだけでいいというのが辛かったのだろう。
彼女はドムンの事などもうなんとも思っていなかった。ドムンが無事成長している事を自分の心の平安の為に喜んでいるだけだった。近寄って来られたら迷惑だという態度が透けて見えた。
「ニキアスさんの所で一緒に住もうとはいってくれなかったんだね」
「まあ、な。やっぱあんな世界で生きるなんて無理だわ」
「そうかも知れないけど、それはドムンが騎士に相応しくないからじゃないよ」
「レン?」
「ドムンはちょっと考えが足りないかもしれないけど、ちゃんと小さな子の面倒はみるし正義感はあるじゃない。昔、小猿を助けてやったことだって」
「それは言うなよ。後悔してるんだ」
結果として村の女の子に障害を負わせることになってしまった。
「結果は酷かったかもしれないけど、人間に都合よく作られて殺されそうになっていた命を救おうとしたのはドムンの優しい心じゃないか。ちゃんと騎士道精神はドムンの中にもある。今度はあんな結果にならないように一緒に考えればいい」
頼れる兄貴分が肩を落としているのを見ていられず、レナートはなんとか励まそうと言葉をかけ続けた。
「ボクはあの時、見捨てるつもりだった。最初からドムンと一緒にどうやって逃がすかまで考えてればあんな結果にはならなかったかもしれない。ドムンがそんなに自分を責めなくてもいいんだ」
「ん・・・ありがとよ」
養父はドムンを責めたし、迷惑をかけた家の親達は二度と話題を持ち出すなと謝罪もさせてくれなかった。この件は禁句になり、ドムンを慰める者もいなかった。
長老達もドムンを監禁して罰を与えるだけで、諭す者もいなかった。
ドムンは五年振りにこの件でようやく人に慰められ、泣くことが出来た。
◇◆◇
「ところでボク、街についたら部屋は別だっていったよね」
翌朝、抱き合って寝入ってしまっていたことに恥ずかしくなりレナートは部屋から叩き出した。
”んまっ、可哀そうに。あなたの騎士様でしょ”
真っ赤になっているレナートをペレスヴェータが冷やかした。
「だーれが、ボクの騎士様だよ。アレは護衛役じゃなくて、ボクがついでに連れてきてあげただけ。気持ち悪い事言わないで」
”でも、レナートが昨晩ドムンに『ボクの騎士様』って呼んでたのよ”
「え?・・・いや、言ってないよ。言ってない!記憶を捏造しないで!!」
”そうだったかしら。貴女が見捨てようとした命を助けたのよね。立派だわ~”
「立派に思ったのは確かだけど、『騎士様みたい』だなんて思ってない!」
”いくら否定してもね。一心同体だからわかっちゃうのよね~。レナートの中の乙女心がうずいちゃってるのが。昨晩も参っちゃってるドムン君にきゅんきゅんしちゃってたからついつい許しちゃったのよね”
わんぱく小僧な普段のドムンと傷ついて弱っている少年の落差に同情してしまっていたのは確かだった。ギャップ差ってつい心が揺らぐのよね、とペレスヴェータは理解を示した。
「うがーー!」
部屋の扉の外で待っていたドムンはレナートの中にもう一人いるらしいのは聞いていたが、皆には黙っている事を約束させられている。扉の向こうから聞こえてくる声に納得した。
(まあ、あの調子じゃな・・・頭オカシイと思われるだけだな)




