第6話 旅芸人一座
一座は8人ほどに猿が一匹、犬が三頭、そして雪豹を一頭連れていた。
猿は頑丈な檻の中だが、他は首輪もつけずに一行についてきている。
「なんで猿だけ檻の中なの?他と逆じゃない?」
スリクが檻の中の猿に指を入れながら尋ねた。猿の方も興味をもって鼻を近づけてすんすん鳴らしている。
「そいつは一番高くてね。脱走されちゃ困る」
「あー、そいつの檻には近づかないでくれ。食い千切られるぞ」
一座の一人が、脅すように噛みちぎる仕草をしたので慌ててスリクは指を引っ込めた。
「こらこら、脅すなよ。そいつは賢いから無暗に噛みついたりはしない。安心していいよ、お嬢ちゃん」
「僕は男だよ!」
「そりゃ、失礼。随分可愛い顔をしてるものだから」
「レンの方が女の子っぽいって!」
スリクは憤然とする。先を行ったレナートの方を指す。
「座長、確かにこいつは暴力は振るわないかもしれませんが、女の子には危険ですよ。スリク君も女の子と勘違いしたのかも」
「あー、確かにな」
一座はなんだかお互い納得しているようだが、子供達にはなんのことだか分からない。
顔に疑問符を浮かべていると座長が説明してくれた。
「子供に話すような事じゃないが、こいつは特殊な進化をさせた猿でね。交配実験の産物で・・・っていってもわからないか」
「いや、大丈夫ですよ。僕らも家畜の世話しますし」
村の人々は今も野生動物を家畜化し、人に慣れやすく調教している。
血が濃くなりすぎる前に老いたものは屠殺し、減った分は新たに捕えて家畜に加えてまた交配させていく。少しづつ人に慣れやすい種に変えていくのだ。
「そうか。都会っ子とは違うな」
子供らも家畜の交尾や出産の手伝いをするので年長グループの子にはだいたい察しはついた。
「でも、猿で?」
「ああ、動物園のお偉いさんの思い付きで猿がどこまで賢くなるかって実験を始めてね。賢くて出産可能年齢の早い猿同士をどんどんかけあわせて強制的に進化させていったら一歳未満でも繁殖し始めた。道具があれば自力で檻の鍵も開けちまうし、一回叱ったら鍵を開けるのは止めたんで安心してたら皆が見てない隙に開けて脱走していた」
「あの時は連れ戻すのが大変だったなあ・・・。さすまたで取り押さえたと思ったらへし折られるし」
「ちなみにこいつは楽譜がなくても三十八曲演奏出来る」
一座は大道芸や演劇もやれば楽器演奏もするが、この猿はなんでも出来るらしく重宝していた。
「うへー、俺より頭よさそう」「出来過ぎでちょっと怖いかも」「レンより万能でドムンより力があって横チンより慎重ってもう完璧だな」
子供らも感心した。
「あ、そうだ。座長さん」
アルケロが岩山に危険な猛禽を発見して座長に警告した。
「なんだい?」
「あっちの岩山に石像みたいに固まってる『グワシ』がいます。連れている犬とか雪豹とかいうやつはあまり離さない方がいいですよ」
「ん?」
座長がアルケロに言われた方角をみたが、まだ遠すぎてよく見えない。
だんだん近づくとそいつが飛び立ってようやくはっきりした。
「あれがグワシ?君、視力いいなあ。・・・そんなに危ないのか?」
「あいつは狼だって狩るし、油断してると僕らくらいの子供だってやられます。たまに連れ去られちゃう子だっているんです」
鳥が狼や人間を狩るとは驚きだった。
「鷲っぽく見えるが・・・別物なのか?」
「近づくともう少しデカいってわかります。あいつに掴まれると爪が心臓まで食い込むし、頭も引っこ抜かれます。普通の鷲もいますけど、あいつは別格です」
「なるほど。大型の動物も狩れるように特殊な進化をしたのか」
「進化?」
「環境に合わせて種族の特徴を変えていくってことさ」
「その子みたいに?」
「こいつは研究所での強制進化だからちょっと違う。我々人間でも北方圏の人は寒さに耐える為に脂肪がぶ厚かったり、毛深かったり、南方圏の人は頭の熱を逃がすために毛が薄かったりね」
「へー、僕らも知らず知らずのうちに進化してるんですか」
「あー、そうだな」
自分で言い始めた割に座長は少し言いよどんだ。
「違うんですか?」
「神代から古代にかけての人々は進化してたかもしれないが、現代人はどうかな。我々は環境に適応するのではなく環境を我々に適応させるようになってきたから」
「???」
「森を切り開き、地面をならして歩きやすい道を作り、川の流れを変えたり、作物の品種改良をして食料にも困らなくなった。他にも便利な暖房器具やら冷房器具やらを開発してね。自分ではなく周囲を変えるようになった人類は安全な環境を得たが、その代わり進化は止まっているのかもしれない。だから極限環境で生き抜いてきた蛮族に生物としての強さが追い抜かれることになるのかも」
「へー、座長さん、凄い。ひょっとして学者さんだったり?」
「あー、いやいや。すまんすまん。ちょっと気取りすぎたかな?」
我に返った座長は子供達がほへーと感心した顔で見上げていたので誤魔化すように笑って手を左右に振った。
「まあ、とにかくこのノボノっていう新種の猿は随分金がかかっててね。でもそろそろうちらみたいな素人じゃ手に負えなくなってきたから皇都のフラリンガムで売ろうと思うんだ」
ノボノは庶民では年収まるごと突っ込んでも到底買えない値段だと知ると子供達は間違いがあったら大変だと近づかないようにした。
先に村に戻ったレナートは父親から長老に話を通して貰い、一座をウカミ村で歓迎することにして貰った。
数日後予想された通り、大雪が降り大荷物を抱えた一座は足止めをくらいしばらく村の内職仕事を手伝いつつ、毎日村の広場や酒場で芸を披露した。とりわけノボノの多彩な芸と達者な演奏は村の人々を驚かせた。
彼らは報酬として空き家を借り、雪が止んだら旅に必要な食料と道案内を受けられることになった。そしてオルスとレナートは皇都に向けて旅立つ為、彼らの道案内として雇われる。雪が止んでも冬季に旅人がこの地を行くのはまだまだ危険だった。