第57話 帰宅
新帝国歴1448年夏、真っ盛り。
ヴァイスラの予定日はまだまだ先で、十分な余裕を持ってオルス達は帰郷した。
村の子供達は土産話をねだり、大金を稼いだオルスは村の共同財産を潤沢にした。
レナートも久しぶりに幼馴染達に再会していた。
「ドムン、横チン。たっだいまー」
「おー、お帰り。なんか変わった?」
横チンことスリクがレナートの雰囲気が変わったような気がして首を傾げた。
レナートはもう女装を止めて、元通り振舞ってはいるが貴族達と一緒に暮らし、エンマやグランディに所作も仕込まれ品が良くなっていたので昔馴染みほど違和感を感じていた。
「え、まあ・・・色々あったからね。お土産でたくさんお菓子買って来たしみんなで食べよ」
子供達はオルスの武勇伝とレナートの都暮らしを聞きたがり、何日も何日も土産話は続いた。皆、レナートが垢ぬけて帰ってきたことに当初は違和感を感じていたものの、数日も過ごすとまた辺境の少年らしく戻っていったのでそのうち気にするものはいなくなった。
もともと村で数少ない北方人の血を引いて目立っていたので今さらでもあった。
「ね、横チン。なんかドムン変じゃない?」
悪ガキ、ガキ大将といった感じだったのにドムンはすっかり大人しくあまり絡んでこない。
「あー、あんまり話したくなかったんだけどさ。実は・・・」
レナート達が旅立った後、育成中の果樹園で一人の少女が猿に襲われた。
後ろから煉瓦で殴られて、村人達に発見された時には手ひどく暴行されて恐怖で記憶も失っていた。襲った猿はドムンが逃がした奴だった。
襲われた少女が事件の恐怖を思い出さないよう村でこの件について話すのは禁句となったが、ドムンがしでかしたことだというのはすぐに突き止められた。
ドムンは長老達に連れていかれて何週間も帰って来なかった。
「で、戻ってきた時にはすっかり性格も変わってたんだ」
「ボクもちょっと協力しちゃったしドムンだけが悪いわけじゃないのに。横チンだってさ」
「禁句だから、もうこの話題は無し。いいね」
「はーい」
レナートの村での生活は元通りとなった。
トラブルメーカーのドムンが大人しくなったことで子供の喧嘩も少なくなり、ヴァイスラのお腹も順調だった。
オルスはレナートにほどほどに武芸を仕込み、毎朝ヴォーリャと三人で鍛錬をしていたのだが、ある日、ドムンがオルスに自分にも武芸を仕込んで欲しいと懇願してきた。
「別に構わないが、何か理由でもあるのか?」
「俺も将来はオルスさんのように自分の腕で稼げるようになりたい」
「剣闘士になりたいのか?いっちゃあなんだが大半の人間は長生きできずに死ぬ。俺は運が良かっただけだ」
「それでもいい」
「養父さんと上手くいってないのか?」
ドムンは親戚に引き取られて暮らしていて居心地が悪いのは知っていたが虐待されているわけではない筈だ。
「それもないわけじゃないけど、いつか村を出ると思う。その時の為に、何があっても自分の事は自分でなんとかできる強さが欲しい」
「ふむ。いいぜ、やる気があるのなら。とことん厳しくするぞ」
「臨むところだ!」
ドムンの鍛錬の参加はレナートにもいい刺激になった。
父親が取られたようで面白くないのである。
稽古に熱心になったことでオルスも喜んだ。
秋の終わりには無事ヴァイスラも出産し、待望の娘が生まれた。
そして五年の月日が流れた。




