第56話 新王アルシオンと御前会議
戴冠式を終えたアルシオンは早速総督達を召しだした。
高齢の総督達の中に一人の若い男がいた。
「ダン・ダンヴィッチ・ダークアリス。父君はどうされた?」
「父は食中毒で倒れたまま健康を崩して引退を申し出ましてね」
「食中毒で?」
「まあ年でしたから。引退の時期を探っていたのでしょう」
食中毒自体が理由ではなく口実だというのなら問い詰めても仕方ない。
「では今後は君が家長となるということか。総督就任の承認式をやらなくてはならないな」
忙しい事だ、とアルシオンは嘆息する。
「いや、私ではありませんよ。我が家を継ぐのは妹です」
「なんだと?」
長男がいるのに長女が家を継ぐとは珍しい。
他二人の総督も首を傾げた。
「私と妹では母親が違うのですよ。私の母の実家はとうに力を失っていますから家臣は妹につきますのでね」
一夫一妻制の為、既に母が他界してしまっているダンの後見勢力が弱い。
彼は家中をまとめきれないので妹が総督になることを許してもらいたいと述べた。
「で、あれば妹君が出席するべきであろうに」
「というかほとんどお家乗っ取りでは?君はそれでいいのかね?」
アルシオンだけでなく、クールアッハ公やルシフージュ公も疑問の声をあげた。
「妹は人見知りなものでね。今後も私が代理として出席します。何か問題が?」
「君が全権代理であれば構わない」
「そう思っていただいて構いません」
「では君に尋ねたいのだが」
「なんでしょう」
「ベラトールが集めた資料によるとダークアリス公は輸出制限を守らずオレムイスト家に過剰な鉱物資源を輸出していたとある。どうなっているのか」
「本当に?初耳ですね」
「そんな筈はない。父君には以前から詰問の使者を送っている」
「寝込んでおりますのでまだ引継ぎを受けておりません。学院が終わって帰郷したら尋ねてみましょう」
アルシオンの追及にダンは知らぬ存ぜぬを貫いた。
「鉱山や関所の監査の為に人を送る事になるぞ」
「いけませんね、それは我が家の権利の侵害です」
ダンは臣下の帳簿を改め密輸の調査を約束はしたが、それは自分達の手で実行すると宣言し介入を拒否した。
「皆さんはどう思われますか?」
ダンは他二大公に助けを求めた。
「ふむ、代替わり直後ではまだわからぬ事も多かろう。ここに皇家から人をやって監査に入るとなると彼の・・・ああいや、ツィリア殿の威信に関わる。今後北部の大混乱を招きかねない」
「うむ」
二大公に消極的に反対されるとアルシオンも引き下がるしかなかった。
「仕方ない。少々あざとい手段だが、今回だけは許そう」
言い逃れの為だけにやるにはこの代替わりはリスクが大きすぎる。
二度三度使える手ではないのでアルシオンも北部総督に猶予を与える事にした。
「ダン、オレムイスト皇国は軍事力において我らを遥かにしのぐ。彼らに利益誘導することは利敵行為となることを肝に銘じて貰いたいな」
「しかし帝国を構成する国家の一つであり、同胞であり、蛮族戦線に大軍を派遣し多大な貢献をしているではありませんか。あまり敵視するのもどうかと思いますがね」
「彼らが同胞ならより近い関係にある我々はどう表現すべきかな」
「家族も同然の間柄でしょう」
ダンの言い分に誰も頷きはしなかった。
◇◆◇
総督達は新王に忠誠は誓ったがやはり一筋縄ではいきそうにもない。
アルシオンにはベラトールの協力が必要だった。
病と称して出仕を拒否している彼のところにアルシオンは自ら見舞いに訪れた。
「叔父上、どうかそろそろ公務に復帰してください。私には貴方の協力が必要なのです」
「私はもう駄目だ、完全に面目を失った。娘を奪われてなすすべもなくどうしてまた公の場に姿を現せようか」
「別に祝福してやればいいではありませんか。ダンと取引を行い今後は南部総督への圧力強化で合意しました」
「ダンと?何故?」
ベラトールはまだダンが北部総督代理になった事を知らなかったので疑問を返した。
その反応からまだ臨みはあるとアルシオンは思って、恥をかかせた南部総督への復讐をちらつかせベラトールの復帰を促した。
「ドンワルド将軍には妹を嫁がせようと考えたのですが、すかさずクールアッハ公に奪われました。今後は直臣を強化していかなければなりません。私はすぐに帝都に戻らなければなりませんから叔父上を宰相に任じ、全面的に国政を任せたいと思います」
「私を宰相に?」
「内政も外交も人事も全てお任せします。総督達に反対されてもいちいち私の許可を取る必要はありません」
「むう・・・だが太后はどうする」
「母は・・・、親不孝ではありますが幽閉、隔離するしかありません。もう二度と叔父上を煩わせることはないでしょう」
「そこまでいうなら考え直さないでもないが、アルキビアデスも帝都には連れて行ってもらいたい。二度と顔も見たくない」
「確かに、あの子のしでかしたことを思えば私が責任を取るしかないでしょう」
ここに残せば総督達はアルキビアデスを利用してベラトールと競わせて皇家の力を削ごうとしてくるのでもともと残す訳にはいかなかった。
アルシオンは次期皇帝の最有力候補であるのに、今は自国の統制もやっと。
皇帝になれば自国だけでなく三十もの皇国と二百の外国の利害調整をすることになる。
支配者となるべく生まれた者の行く道のなんと困難な事か。
せめて兄が戻って自分を助けてくれたらと嘆くのだった。




