第51話 祝勝会とレナートの秘密
「ほんと、はらはらしましたけどご無事で何よりです」
「ほらね、ほらね。いったでしょ?お父さんがあんな奴に負けるわけないんだから」
「いやあ、大したものだ。私も同胞として鼻が高いよ」
「はは、先生のおかげですよ」
「それにしては私のやった呪符を使っていなかったようだが?」
「いや、ちゃんと使いましたよ。例の浮遊装甲を掴むときに」
ウカミ村の人々とグランディはケイナン教授の開いた祝勝会で上機嫌だった。
契約していた剣闘士の興行団体との約束も果たしたし、後は確実に勝てる戦いだけして新王即位の祝賀パレードでも見物してから故郷に帰ればいい。
「私もですが、あの男もヴォーリャさんが魔術師だなんてまったく気が付いていませんでしたね」
「ボクもボクも〜。さすがヴォーリャさんだね」
「奥の手ってのは秘しておくから奥の手なんだよ」
尊敬の目で見上げてくるレナートにヴォーリャは頭を撫でてやった。
「パヴェータ族の女は皆魔術が使えるんだ。貴族意識の強いお坊ちゃんにはアタイみたいな蛮族風の女が魔術を使えるなんて思いもよらなかったろうな。それにアタイは魔術師の杖なんか持ってないし」
「あの紋様が魔術の発動体代わりなんですか?」
「そいつは秘密ってもんだぜ」
帝国の、というより人類大半の国家において魔術師というものは杖を持っている。
己自身のマナと自然界に漂う外なるマナが反発してしまう為に、自分の体から出来るだけ離れていて、なおかつ制御可能な範囲に発動体である魔石を用意する必要がある。
となると、長柄の道具が必要となるので杖を使う。
「でも興味があります」
「ボクもー。ね、ね、あの刺青、ボクも彫って欲しいな。すごーくかっこいい!」
「駄目よ、レンちゃんは!」
「なんで~」
「だってこんなに可愛らしいのに、肌に傷をつけるなんて」
「おいおい、アタイはいいのか?」
「あ、すみません。でもヴォーリャさんの場合は似合っていてかっこいいと思いますけど、レンちゃんには似合いませんよ。ヴォーリャさんだってこの子の肌に傷を付けたいと思いますか?」
「・・・うーむ。確かに」
レナートはずるいずるーい、ボクにも彫って〜とおねだりしているがヴォーリャはまた今度なと流した。
「にしてもこんな高いトコで全額おごりなんてほんとに大丈夫なんですか?」
「ははは、心配いらんというに」
大人の男たちは酒を酌み交わし、かなり酔っぱらっていた。
グランディから見てもこのレストランはかなり高い。
一人分でも庶民の収入では月給に値する。
学者の俸給でもやや厳しいのではないだろうか。
「ま、私が気にすることでもないか」
グランディも滅多に食べられないご馳走に舌鼓を打ち、楽しんだ。
しばらくしてエンマが護衛騎士と共にやってきた。
「あ、遅いやないれすかー」
「んまっ、ディー、酔っぱらってるの?」
「祝勝会れすし、いいやないれすか」
「ま、いいけど。オルスさん、実に見事でした。父からも報奨金を渡してやるように、と仰せつかっています」
エンマはアンクスに命じて賞金を渡してやった。
「おお、これは忝い。こんなに?」
革袋には金貨が一杯に詰まっていた。
「奥様が身重なのでしょう?父は早く帰って安心させてやれ、と」
「え、大公殿下がそんなことまで気にしてくれたんですか?」
陪臣の陪臣の領民なので、普通いちいち気にするような相手ではない。
「実は今日の戦いの事で一部の貴族が貴方の命を狙う可能性があります。皇都では父も貴方を守ってやることが出来ません。早く東部に戻った方がいいでしょう」
個室なのであまり気にする必要は無かったが、エンマは小声で暗殺計画について話した。
「あぁ、なるほど。確かに目障りでしょうね。新聞もやたらと持ち上げてくれましたし」
新王の即位式の頃にはもっと皇都には人が増え、お祭り騒ぎとなるだろうしそれまでは皇都に留まりたかったが、太后の騎士の子を倒してしまったことで目立ち過ぎた。
予定より少し早いがオルスは帰郷を決意した。
◇◆◇
祝勝会が終わり、オルス達の帰郷が決まるとグランディはようやくレナートの性転換についてヴォーリャに話す事にした。
ただ話しても信じて貰えないかもしれないので公衆浴場に彼女を誘い、女性用の浴室にレナートも連れて行って裸をヴォーリャに見せた。
「レ、レン!?レンなのか!?その体どうしちまったんだ!!?」
予想通りヴォーリャは目の前のものが信じられないとレナートの股間を指した。
「えへ、もげちゃった」
「も、もげちゃったって、お前・・・」
「違うでしょ。レンちゃん。ダナランシュヴァラ様に祈ったら性転換しちゃったんでしょ?」
「うん」
グランディは自分はこれ以上レナートの面倒を見れないし村に帰った後、どうするのかヴォーリャに任せる事にした。
「ってアタイにいわれてもなあ・・・。男には戻れないのか?」
「戻る必要ある?お母さんはボクが女の子の方が嬉しいと思うし」
「まだ気にしてるのか?そんなことねーさ」
「そんなことあるもん」
レナートはいじけていた。
母親に無視されることは辛い。父が望むような強い戦士には男じゃなくたってなれるとヴォーリャのおかげでわかった。以前より男に戻りたいという意思は無くなっていた。
「まあ、お前の好きなようにすればいいさ。周りがびっくりした時、お前が疎外感を感じなければな」
「疎外感?」
「ドムンやスリクは今までのように遊んでくれなくなるだろうし、プロフェス家の姉妹もお前を不気味に思うかもしれない。お前の家族から受け入れられても友達はいなくなる。そういうのを覚悟してから選べ」
「みんな性別なんてそんなに気にするの?」
「ああ、気にする。今は平気でもあと数年すればな」
生物として不気味に思う事を避けられても異性と対等な友人関係を維持するのは難しい。
「変なの」
「わかんなくてもいいけど、その時誰かのせいにするなよ。アタイは平気だが、皆がお前を化け物扱いしてもそれは皆のせいじゃない。他人を恨んだりするな。それはお前が選んだ事だ」
「うん」
「いい返事だ。・・・わかってりゃいいんだが、わかんなきゃわかるようになるまで誰にも悟られないようにしろ」
さすがに人生の先輩だとグランディは安心した。
彼女の話でレナートも今後は慎重に振舞う事にしてくれたようだ。




