第50話 貴族達の都合
アルメシオンの左腕が斬り飛ばされるのをみて太后が悲鳴を上げて卒倒した。
アイガイオンも我が子を心配すべきか太后を助けるべきかで動揺している。
その光景をベラトールは冷ややかに見つめていた。
周囲では総督や他の貴族達が今回の戦いの感想を述べていた。
「女魔術師の助けもあったとはいえ、よく勝てたものだ」
「また平民が調子づきますな」
「圧倒的な力の差を見せつけてやらねばならないところを・・・情けない奴」
貴族達はアルメシオンへの失望を露わにし、新王の騎士として推薦するのを辞めようと話していた。
ベラトールはクールアッハ大公に耳打ちし、今回の戦いについての彼の見解を尋ねた。
「未熟者ではこんなものかな?」
「実力は引き出せたといえる。泥臭い戦いだった。あれが限界だろう、あの女もアルメシオンが疲弊していなければ勝てなかったし、給水場が無ければ魔剣は封じる事が出来なかった」
「では、結局遊牧民共自体に特に秘密は無しか?未熟者ならともかく、熟練の魔導騎士を十数名倒している以上まだ何かあるはずだが」
「ああ、それなら話は簡単だ。西方商工会が最近魔導装甲をも貫通する弾丸を発明した。それに使われている鉱物と同じものが遊牧民達が暮らしていた地域から発見された。連中の矢じりにはそれが使われていたからだろう」
「む・・・ではクールアッハ公は大金持ちになれそうだな」
「それがな、量産は到底不可能だ。隕石、降魔石が元になっている。連中も何千年もの間にすっかり使い果たして残りはほとんどない。探せばいくらか見つかるかもしれないがな。探してみたければ、我が領内に調査団を送り込んでくれても構わないが?」
クールアッハ公は無論発掘した分のいくらかは納めて貰うという条件でと申し出た。
「いやいや総督殿、よその土地にお邪魔してまで発掘調査するほど私は強欲ではない。ただ国家の国力向上に繋がればと思って調べていただけ」
コストに見合わないと分かった以上、計画は打ち切りだ。
鉱山があればともかく隕石が元では採算に合わない。
「特殊鉱物はやはり西方圏に集中しているようだ」
「まあ金剛神の土地だからな・・・。ではホルスの遺体は返却しようか?」
「いや、今さらだろう。死霊魔術師にでもくれてやればいい。マミカ殿だったかな?」
彼らが遊牧民に対する警戒を解き、回収していた死体の始末を決定している間に太后レアが息を吹き返して先ほどの平民どもを処刑しろと金切声を上げていた。
「馬鹿な、そんなこと出来るわけあるまいに」
クールアッハ公の感想同様、周囲の者達も批判的にレアを見ていた。
「将来を嘱望されたアルメシオンが腕を斬られたのですよ!?平民に報いを受けさせてやらねば!」
「しかし大勢が見守る中での正々堂々の勝負で勝ったのですから処罰するなど・・・」
「試合が終わってから腕を切断したではありませんか」
「え?そうでしたか?」
「そうですとも」
太后の記憶ではそういう事になっているらしいが、他の者達は試合終了宣言前に行われた事で、客観的に考えて罪を問う事は出来ないと考えていた。
しかし太后がそうだ、といって命令すれば逆らえない。
「レア殿が強引に意思を通そうと思えばできるだろうが、オルスは東部の人間だということを忘れずに」
クールアッハ公はベラトールにそう言い残してから立ち去った。
後に残されたベラトールはあの女のヒステリーをどう宥めたものかと頭を悩ました。
「誰か!アルメシオンをマミカのところに運んでやれ。ひょっとしたら腕をもとに戻せるかもしれん」
死霊魔術研究の副産物として医療に転用出来る技術開発も進んでいる。
ベラトールはレアに報復よりもまずは治療を考えようと勧めて宥めた。
◇◆◇
クールアッハ公はベラトールと別れてから皇都の邸宅に戻り、寮住まいの息子と娘を呼んだ。
「エンマ、お前はオルスと親しかったな。そろそろ郷里に戻るよう勧めておけ」
「父上?それはいったいどういう?」
「今日の反応で分かったが、やはりアルメシオンはレアとアイガイオンの不義の子だ。ベラトールが宥めているがいずれ報復が来る。面倒になる前に皇都を退去させろ」
「・・・ああ、そういうことですか。しかし彼は賞金を稼ぐのが目的でやってきたはず」
「儂が出してやる。先の戦いの奨励金だといって渡してやるがいい」
「承知しました。父上の領民を思う寛大な心を嬉しく思います」
「うむ」
エンマは喜び勇んで騎士アンクスと共にオルスのもとへ向かった。
「さて、タンクレッド」
「なんでしょう、父上」
「儂は一度領地に戻りアルシオン様を出迎えてから共にまた皇都へ来る。その間こちらの事を任せたぞ」
「承知しました。お任せください。いつごろ戻られますか?」
「今はマルーン公領辺りだから大地峡帯の枯れ谷城で落ち合うことになるだろう。一か月もしない内に戻る。留守の間はダークアリス公に気を配れ」
「何か気になる事でも?」
「北のオレムイスト家に大量の鉱物資源を許された以上に輸出している。ベラトールは証拠をアルシオン殿に提出し、詰問するだろう。今後我々に対する圧力を強化する材料となる事が予想される」
「あまり親しくするなとおっしゃりたいのですね。ご心配なく、私もエンマも向こうの兄妹とは犬猿の仲。新王陛下に疑われる事はないでしょう」
「うむ。だがもし陛下が我らに対しても圧力をかけてくるようであれば連中とも手を組む。距離は取らねばならないが、決定的な対立は避けるように。エンマにはいっても無駄だろうが、お前は感情を殺して付き合える筈だ」
「おっしゃる通りにします。・・・そういえばエンマは先日ショゴスにいい寄られたとかで不機嫌でした」
タンクレッドは妹の愚痴を思い出してくすくすと笑った。
「困った奴だ。食の確保は統治の基本。必要とあらばショゴスに嫁ぐ覚悟もして貰わなければならないのに」
「アレに可愛い妹を?」
「仕方ない事だ。飢えは恐ろしい。勝ち目がない戦いでも民衆は飢えれば立ち上がる。反乱は反乱を招き、民衆を飢えさせる為政者はいずれ打ち倒される」
「確かに。しかし我が妹は豚にくれてやるには惜しい」
「儂もそう思う。昔は割り切っていたものだが、実際持つとなると考えが変わる。・・・娘など為政者が持つものではないな。お前は結婚したら政略結婚用に養女でも招け」
「ご忠告感謝します」




