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天に二日無し  作者: OWL
序章 神亀雖寿 ~前編~
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第5話 寒村の子供達

 村が出来て何年も経ち暮らしは軌道に乗り始めている。

皇王が派遣してくれた農業指導者の下でも性格的に地道な農業が出来ない者がおり、収穫に差が出て揉め事になりかけ、民会を開いて役割分担をすることになっていた。

昔は誰もが家畜を所有して大抵の事は各家庭でやっていたが、今では一ヵ所でまとめて飼育している。糞尿を発酵させて農家に提供し、羊毛などは集めて、縫製に携わる者に提供し、その他大工、鍛冶屋、宿屋兼飲食店兼万屋といった具合に村人は各々家業を分担した。


 村の子供達は午前中は長老達から文字や算術、時には部族の伝承、伝統音楽について教わったりする。午後は自由時間だが、遊んだり、村の近くで生活に必要なものを集めてくる。周辺が危険な環境なので集まって行動する必要があり、大人の仕事は専門化していったが、子供達は分業ではなく村全体の為に奉仕した。


子供らは村周辺で粘土を集めたり、バケツに水を汲んだり、村の近くを通る旅人を村に案内したりした。ぎりぎりのところで生活を営んでいる村人には子供達の僅かな働きも大きな助けとなった。

もともと動物の皮を縫い合わせたテントで暮らしていた村人の家は当初かなり適当に建てられてしまい、毎年のようにどこかが崩れ落ちるほどに脆かった。

子供らに集めて貰った材料で漆喰を作り補強し、煉瓦を作って年々まともな家が建てられるようになっていっている。


 ◇◆◇


 オルスの子レナートは村の近くの丘から見える巡礼の道を行く騎士を見かけると、よく話をせがみにいった。遍歴の騎士達は地べたを寝床とし、夜空を天井として旅暮らしを送っていたのでどうしても宿を取らねばならない必要はなかったが、言葉巧みに勧誘し生まれ育った村に案内して歓迎し騎士たちの冒険譚を一晩中聞かせて貰った。


この年、人々の往来が少なくなり村人達は残念に思っていたが子供達は旅芸人の一座が通りがかるのを発見した。丘で遊んでいた子供達は彼らをいつものように村へと誘った。

最近できた村なので地図にも載っていないから彼らが誘導してやる必要がある。


「ほう、こんな所に村が。坊主、村に宿屋はあるかな?」

「うーん。あるといえばあるけど全員分の部屋は無いかな。でも、空き家がたくさんあるから長老に頼めば泊めさせてくれると思うよ」


村に当初まともな大工がいなかったので試行錯誤しては放棄した家がいくつかある。


「長老?村長さんは?」

「いないよ。うちは長老達のゴーギ制って奴でやってるんだ」

「へえ、坊主は難しい事知ってるな」


 旅芸人一座の座長はたいしたもんだと感心した。

村に領主から派遣された衛兵や定められた村長もおらず、法執行機関も委任されている辺境の村だということを幼児でもわかっているらしい。村人達は過去の事件において指名手配犯や一部の犯罪以外については現地で裁断してよいという自治権を勝ち取っていた。


「ボク、レナートだよ」

「じゃあ、レナート。村で水や食料を分けてもらう事は出来るだろうか」

「うーん、まあ大丈夫じゃないかな。でもこんな冬場にこれ以上無理に進むと危ないよ」

「そうなのか?」


座長も慣れない土地で困っていた。

レナートの村がある高地地方は高度4クビト《2000m》前後もある。低地地方と高地地方を隔てる広大な山脈沿いでは雪は降るが、山を越えた高原地帯に入るこの村周辺はさほど雪は積もらない。


「川や湖は遠いし、井戸は凍るし、もし雪で道を閉ざされても戻ってこれないよ」


春になったら雪が解け各地で強行軍を試みた旅人の死体がいくつも発見される。

春は待ち遠しいが悲しい季節でもある。


「たぶん明後日には雪になる。おじさんたちは次の村まで辿り着けない」


レナートの家の近所に住むロスパー・ヴェスパー姉妹が子供らの中から進み出て言った。


「ほんとに?じゃあ、お世話になるか」

「そうして」


姉妹があまりにもはっきりと断言するので一座は地元の人間特有の勘というか、なにか前兆があるのだろうと信じて村に立ち寄る事にした。

こうして一座を連れてレナートは自分の村、ウカミ村へと案内した。

その道中に雑談をして彼らが何処から来たのか尋ねた。


「うちらは帝都の方から来たんだ。稼ぎは良かったけど、とんでもない騒ぎがあって逃げる事にしたのさ。で、何処に行こうかって仲間内で相談してこちらの皇都の奥方はずいぶん羽振りがいいと聞いた」

「ふーん。『とんでもない騒ぎ』って何があったんです?」

「幽霊さ。街中にたーくさん幽霊が出て、お墓から死体が起き上がって人々を襲ったんだ」


一座の芸人がお化けだぞー、と怖がらせるような仕草をしたので小さい子供達はきゃーと悲鳴を上げて怖がり、年長の子供らはしらけた顔をした。

レナートもぶるっと震えて「ドムン兄ちゃん〜」と隣の二つ上の男の子にしがみついた。

子供らを引率する責任者で十三歳になるアルケロは座長らに釘を刺した。


「あんまり脅かさないでください。ほんとは何があったんです?」

「いやいや、嘘じゃないよ。夏に暴動があって何百人もの死亡者が出たんだ。で、秋の収穫祭では闘技場にとんでもない化け物が出て何万人も死んだ」

「何万人も!?いくらなんでも大げさな」


村の人口は三百人ほど。

田舎の子供らには百万都市で起きた暴動による被害は想像もつかなかった。


「まあ、話半分に聞くとしても化け物って都に突然湧き出る物じゃないでしょうに。うさんくさいって思われても仕方ないでしょ。いったいどれだけの数の群れだったんです?」


自分たちが住んでいる所は割と田舎であることくらいは子供らも弁えている。

大都市には軍隊が常駐しているだろうし、化け物に襲われたとしてもいきなりそんな被害が出るとは思えなかった。この近隣で化け物といえば狼とか巨大な猛禽くらいで、現実的な脅威は毒を持つリスやらネズミ、蛇やらの小動物の方だった。


「群れじゃない。たった一体の魔獣さ。学者の分析じゃ神話以来初めて現れたというほどの正真正銘の怪物だ。万年祭に出場すべくやってきた世界中の騎士達が太刀打ち出来ずに大勢戦死して、観客席の人々が片っ端から踏みつぶされた」


話のスケールが大きすぎてレナートくらいの子供にはさっぱり理解出来なかったが、アルケロら年長の少年少女は座長に新聞記事を見せられて動揺した。

彼の話はどうも事実らしく、他の土地で大事件が起きたようだった。


「もしこの話が本当なら世の中どうなっちゃうんですか?皆殺されてしまうんですか?」


世界で最も強い武人が集まっていたというのに彼らは化け物に歯が立たず、人々が逃げ出しているのならいつかここにもその化け物が来るのではないかと子供らは恐れた。


「あぁ、それなら大丈夫。この新聞記事が発行されたのを見ればわかるように化け物は天爵様が退治して下さった。ご自分の命と引き換えだが」

「てんしゃく様?」

「田舎の子は知らないか。皇帝陛下の次に偉いお姫様さ。まあ前に断絶しちゃってたから今代の天爵様は血統を継いでるわけじゃなくて今回の功績で復活した名誉称号だけど。他にもたくさん功績があってね」

「へぇー、どんなどんな!?」


子供らは怖がらなくてもいいと分かるとわくわくした顔で座長に続きを促した。

とりわけ女の子達は皇帝に見初められて皇帝に次ぐ地位を与えられたお姫様の立身出世物語に憧れ、自分にもそんな機会が訪れたら、と夢に見る。

ロスパー・ヴェスパー姉妹もそうだった。


「うーん、そうだな。他にはさっき話した夏に現れた魑魅魍魎を調伏したとか、一国買えるようなお金を貧しい人や孤児を救済する財団に寄付したとか・・・」

「うっさんくせーーー!詐欺師じゃねーの?」

「ドムン兄ちゃん失礼だよ」


感動する子供もいれば、出来過ぎた話に反発する子供もいた。


「んー、やっぱ都から遠く離れると名声もこんなものか」


座長は少し悲し気だった。都では天爵を慕う人は多かったのだが、遠く離れると他人事で現実感の無い話だ。疑うのも当然か、と座長は残念に思う。

水を差すだけ差してさっさと村に帰ろうとするドムンを「置いてかないでよ」とレナートは追いかけて行った。


彼らを他所に他の子供はさらに続きを促した。


「他には?他には?」

「そうだなあ、身近なところだと・・・ここらには薬売りの行商人とかって来るかな?」

「来ますよ、たまにですけど」

「君らにはわからないかも知れないが、近年いろんな薬が安くなったと思わないか?熱冷ましとか痛み止めとか、傷薬とか・・・」

「あぁ、そういえば狩人の人達が喜んでたかも」

「そういえば母ちゃんが安くなったとかいってたな。ヴォーリャさんやヴァイスラさんは稼ぎが減っちゃったけど」


座長はそれらの薬の開発の投資に資金を出し、自らも開発に加わったのが天爵様だよ、と教えてやった。


「ふーん。まあほんとなら凄いね。でも死んじゃったんでしょ?」

「ああ。間違いない。化け物と一緒に消えてしまった。神の奇跡の代償だ」


子供らは座長に世間の最新情報を教えて貰いながら村に案内した。


2022/9/7

『軌道に乗る』が『軌道になる』という誤字を発見…一行目から誤字。ショック!

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2022/2/1
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