第49話 オルス対アルメシオン②
オルスは軽口を叩いて挑発していたものの、内心では焦りを必死に押し殺していた。
何十発食らわせても倒せないのに、こちらは一撃でも喰らえば終わりなのでまともな戦いではない。籠手に仕込んでいた暗器のナイフを飛ばしてみたが浮遊装甲に弾かれてしまう。
「無駄無駄。飛び道具は通じねえよ」
「・・・自分の力でも無いのに得意気じゃないか」
「なんだと?」
「その浮遊装甲が何のために作られたか知ってるか?」
「古代帝国時代から受け継がれてきたもんだ。記録なんて残っちゃいねえよ」
その返答にオルスはふっと鼻で笑う。
「なにがおかしい!」
「いやな、昔、知り合いの帝国騎士に聞いたことがあるんだよ。似たようなもんを持っていた女性と付き合っていたそうでな」
「だったらなんだってんだ?」
オルスは故意に戦いを引き延ばしていた。
アルメシオンをいくら肉体的に疲労させた所で、魔力が尽きない限りダメージは与えられない。感情の起伏が激しいと自然と大概に魔力が発散されてしまうので、挑発で怒らせる事で少しでも平民と貴族の差を縮める事が出来る。
「その装甲はな。力の弱い婦女子の護身用に作られたものなんだよ。お前にお似合いじゃねえか?」
「下らねえ挑発しやがって。魂胆は見え透いてるんだよ!」
トリッキーな戦いにも目が慣れてきたアルメシオンはとうとうオルスの多節棍を真っ二つにした。
「終わりだ!」
大上段に振りかぶったアルメシオンにオルスは棍の切れ端を投げつけて距離を取った。
「無駄だ!」
距離を取ったものの体に埋め込んだ魔石に魔力を込めたアルメシオンの筋力は一瞬で引き上げられ、その瞬発力で再び距離を詰められる。
しかし、オルスはその間に背中から二丁の拳銃を抜いて連射した。
今度は正面から至近距離で顔面目掛けて撃ち放ったので、アルメシオンも両腕で顔を覆いガードする。
視界を塞いだ一瞬でオルスはブラヴァッキー伯爵夫人に貰った特殊弾丸を魔導装甲の宝玉に狙いをつけてそれを砕いた。
「まずはひとつ」
「てっ、てめえ!」
「あと二つ破壊すればお前は素っ裸も同然だ。息子の恨みだ。お前は徹底的に殴り倒して歯を全部へし折ってやる」
「調子に乗るな、これ以上壊させねーよ」
「壊れなくてもそろそろ魔力が尽きるんじゃないか?」
「それが狙いか?そっちだってもう銃が無いだろ」
「あと一丁あるんだなあ」
オルスは最後の一つを抜き放ち、アルメシオンに狙いをつけた。
「くっ」
再び腕をクロスしてガードし、しゃがんで宝玉も守ろうとしたアルメシオンだったが、オルスは銃弾をヴォーリャと戦っていた従者に向けて放った。
一対一の戦いを繰り広げていたヴォーリャとアルメシオンの従者だったが、オルスの横やりで従者はあっさり射殺された。
「一発で済んだか」
残り二発。
「こ、この卑怯者が!」
一騎打ちをしている人間を後ろから撃ったのだから、まあ普通は文句も言いたくなる。
観客も無造作に発砲したオルスの動きが想定外で驚いていた。
「さーて、これで二対一だな」
「うるせえ!」
アルメシオンは両手をクロスさせたままなりふり構わずオルスに突進した。
これまではあくまでも魔力による筋力増強で距離を詰めても、それから剣を振るおうとしていたのだが、今度は単純なタックルだった。
オルスの方が意表を突かれまともに食らい、砲弾のような勢いで壁に叩きつけられてしまった。その際に大きな土埃が宙に舞う。
この一撃で立場は逆転した。
オルスの体はどこか骨が折れたか、起き上がるのもやっと。
意識もかろうじて繋いでいるが朦朧としており、ろくに動くことも出来ない。
「はっはあ!ざまあないぜ。そこでおねんねしてな。お前の女の四肢を目の前で斬り飛ばしてやる」
◇◆◇
観客席では優勢だったオルスに向けて声援を送っていたレナート達もこの事態に意気消沈し、なんとか試合を止められないかと考え始めていた。
オルスはふらふらした状態で銃を撃ったが、遠距離からの攻撃は浮遊装甲に弾かれて届かない。
ヴォーリャはじりじりと後退し、壁際まで追い詰められた。
炎の魔剣がごうごうと唸り、ヴォーリャの毛皮に火の粉が飛んでそれを焦がす。
「ああ、もう駄目。見てられない」
グランディは目を伏せ、エンマは兄に戦いを止めてと頼み込む。
レナートもはらはらしながら見守っていた。
絶対絶命かと思われたその時、壁際に設置してあった水場から大量の水が吹き出してアルメシオンの魔剣にまとわりついた。その大量の水により魔剣は炎の力を失ってしまう。
「な、なんだと!?」
ヴォーリャの体には入れ墨が彫られており、その紋様が浮かび上がっていた。
それを確認した放送席の魔術師が観客に説明を行った。
「おおっと驚きました。彼女は魔術師のようです。帝国人が使うものとは違う体系ですが間違いありません」
進行役も説明を聞いてコメントを出した。
「驚きましたね。従者かと思っていましたがまさか彼女の方が高貴な血を引いていたとは。これで形勢逆転なるか」
兄に宥められていたエンマ、目を背けていたグランディも再び試合場に視線を戻す。
戦場では隙をついたヴォーリャが手にしたグレイブでアルメシオンを滅多打ちにしていた。
「さすがヴォーリャさん!」
レナートは歓声をあげてヴォーリャを応援している。
アルメシオンは魔導装甲のおかげでダメージは無いが、魔力はどんどん削られていた。
◇◆◇
「いちいちいらつく連中だ。そんなナマクラ効かねえんだよ!」
未熟なアルメシオンは剣技ではヴォーリャに勝てず、業を煮やし、剣を捨てて魔力で強化した身体能力で強引に殴り倒そうとした。
しかしその腕を後ろから掴まれ、ぎょっとして振り向いた。
その顔面に叩きこまれたのは浮遊装甲を握りしめたオルスの拳だった。
装甲に込められた魔力のおかげでアルメシオンの魔力の壁を突破してとうとう肉体本体にダメージが与えられた。
いくつか歯が折れて顔面が血まみれになる。
「な・・・なんで?」
骨を砕かれ、ボロボロで立つ事も出来なかった筈。
「演技だよ、間抜けが」
タックルに意表を突かれて吹っ飛ばされたのは事実だったが、叩きつけられる前にヴォーリャが風の魔術で受け止めた。土埃が過剰に舞ったのもヴォーリャの演出だった。
「そんな馬鹿な・・・」
「武器が尽きたんでちょっと交代して貰ったが、約束通り顔面ぶっ壊してやる」
さらにもう一撃、もう一撃と叩きこまれた拳によってアルメシオンは地面に打ち倒された。
一瞬気を失ったのち、気がついた時にはオルスとヴォーリャによって見下ろされていた。
ヴォーリャは片手にアルメシオンの魔剣を持っていてにやりと笑う。
「あたしの手足を斬り飛ばすとか言ってたよなあ」
「まっ待て!やめてくれ!」
アルメシオンの懇願にも関わらず、ヴォーリャは剣を振るい左手を斬り飛ばした。
その直後、試合終了のアナウンスが流れる。
オルスとヴォーリャの勝利だった。




