第48話 オルス対アルメシオン
所属団体からの指定でオルスの対戦相手はアルメシオンとなった。
アルメシオンは既に一試合で何十人も斬り捨てており、平民と魔導騎士では勝負にならないという声もあったが、世間の期待の声は高く賭けもかろうじて成立した。
さすがに一対一では勝負にならないと判断されオルスにはヴォーリャと二人組での対戦が許された。
「悪いな、巻き込んじまって」
「これに勝てば報奨金で予定の金額は稼げるんだろ?じゃ、予定より早く帰れるじゃないか。それにレンを虐めた奴だっていうし、ちょいとお返ししたかったからちょうどいい」
「レナートの事もそうだが、犬を虐める奴は許せんなあ」
対戦が決定した時、レナートからもジーンの仇を討ってね、と頼まれた。
短い間だが、可愛がっていた犬を殺されたらしい。遊牧民にとって、犬と馬は最良の友である。許しがたい。
今日の試合、グランディはレナートを連れて来るのを嫌がったが、レナートは強情でどうしても連れて行ってくれないなら勝手に忍び込むとか言い出した為、仕方なく連れてこられ貴賓室で観戦しているはずだった。
「偶然とは思えないし、うちらのボスにこの対戦を持ち込んだ奴はレナートの件を知ってたな。俺が逃げ出さないと確信していた筈だ」
「新聞もレナートの件までは書いてないがあいつは随分悪く書かれてオルスさんを持ち上げてるしなあ」
個人名は書かれていなかったが学院で暴行事件を起こして退学になり、予定より早く魔導騎士化の手術を受けたと新聞には書かれていた。
「魔石を埋め込む手術済みだとケイナン先生がくれた呪符もあまり役に立ちそうにないな」
ケイナンは自分の研究の副産物として魔力を吸い取る呪符を持っていたが、ほんの一瞬しか効果がない上、魔導騎士の肉体に埋め込まれた魔石や魔導装甲自体に埋め込まれた魔力の宝玉から優先して削る事になるので本体には届かない。
「兜でも剥ぎ取って額に張って釘で打ち付けるか」
「はは、そこまで出来る余裕があるなら目玉を抉り取るよ」
彼らの控室の窓からは試合場を清掃している作業員達が見えた。
前の試合の血を隠すために砂を撒き、遺体の処理も終え、砂埃が舞い上がらないよう水をかけ終えると司会が次の試合の出場者に入場を命じてくる。
「んじゃ、行くか」「おう」
オルス達が観客の声援に手を振りながら入場するとそこには魔導騎士アルメシオンともう一人槍を持った男が立っていた。
「なんだ、そいつは?」
二対一の勝負じゃなかったのか?とオルスは首を傾げた。その疑問にアルメシオンが答える。
「太后様が不公平だっておっしゃってな。急遽変更になったんだと。まあ心配すんな、こいつは俺の槍持ちだ。やるのは俺一人だけでこいつには手を出させねえ。不満なら大会本部に二対一じゃなきゃイヤだってごねてみるか?」
「いらねえよ、若造。それにこっちも女の方は俺の槍持ちだ。息子の件もあるしな。お前は俺が直接ぶん殴ってやりたかったんだ。この対戦を組んでくれた奴に感謝しないとな」
「はあ?息子の件?」
アルメシオンは何のことだと顔に疑問符を浮かべた。
「お前、俺の息子を殴って歯を折ったり、蹴り飛ばしてくれたそうじゃないか」
「知らねえなあ」
「しらばっくれやがって」
「妙な言いがかりをつけるなよ平民。さっさとぶっ殺してやろうと思ったが気が変わった。四肢を全て切り落としてから命乞いをさせてやる。おい、火蜥蜴の剣を寄こせ」
アルメシオンは従者から一本の剣を受け取った。
剣の柄にはめてある宝玉に魔力を籠ると赤く光り、刀身が赤熱して輝く。
「クク、悪いなあ平民。お前らのナマクラ刀じゃ俺の剣とは撃ち合う事も出来ない。傷口も斬られると同時に焼かれちまう。すぐには死ねないぜ」
「どこに目をつけてんだ?俺の武器は弓と棍だよ。お前と剣を合わせる気はない」
オルスは一度棍をヴォーリャに投げ渡し、弓を番えた。
「悠長に弓なんか使ってる暇あると思うのか?」
障害物もない正面戦闘だ。アルメシオンのいう通り、魔導騎士の身体能力の前では遠距離戦は不可能である。
オルスは肩をすくめ、様子を見計らいほぼ真上に向かって矢を放った。
それに少し遅れて試合開始の合図が告げられる。
◇◆◇
試合会場は十万人も入るほどに巨大なので観客に臨場感を与える為、集音装置があり魔術によって音は拡大され映像は何か所かの空中にも投影されている。
アルメシオンとオルスのやり取りはまだ試合開始前なので観客に伝わって無かったが、開始以降は映像と音声の放送が始まった。
アルメシオンは試合開始と同時に剣をかざして踏み込んだ。
ヴォーリャの方に。
「あっ!」
観戦していたレナートやグランディも驚きの声をあげた。
立ち位置と何やら話していた様子からこの試合はオルスとアルメシオンの一騎打ちで、従者のようにやや斜め後ろに立っていた二人は部外者のようだった。
なのにいきなりそちらを狙うとは・・・。
ヴォーリャも想定外で無防備だった。
あわや斬られるというところを救ったのはオルスが試合開始直前に放った矢。
アルメシオンの兜に真上からごつん、と当たった。
兜の魔力に弾かれてしまったが動きを止める事は出来た。
オルスは目前の相手の姿勢、目線、筋肉の動きから標的が自分ではない事を洞察していた。
かなり根性が悪く嗜虐趣味ある男だとも聞いていたので、目の前でヴォーリャをいたぶって後悔させてやろうとしているのだろうとも想像していた。
「へっ、そう来ると思ったぜ」
オルスは背中に隠し持っていた拳銃を抜いてアルメシオンの背中に三連射した。
「ぐっ、こいつ!」
貫通させることは出来なかったが、意識範囲外からの攻撃に浮遊装甲の展開が遅れた。
オルスは撃ち終わった銃を投げつけて浮遊装甲の注意を引き、我に返ったヴォーリャは左手に受け取っていたオルスの棍を投げ返し、右手に持った自分のグレイブを構え直して一閃し、アルメシオンの胴を薙いだ。
それも魔力の壁に弾かれて致命傷にはならなかったが、魔導装甲の宝玉が激しく輝き溜め込まれた魔力の低下を知らせる。
二人に挟み撃ちにされたアルメシオンは注意が散漫となってしまう。
従者が慌てて助けに入った事でアルメシオンはどうにか余裕を取り戻した。
「ちっ、何が槍持ちだよ。ヴォーリャと五分じゃねーか」
「従者は従者だ」
「貧乏貴族か?お坊ちゃんのお前より腕いいんじゃないか?」
オルスの見立て通り、貧しく魔導装甲を用意出来ないだけで腕はいいようだった。
歴戦の勇士であるヴォーリャと近接戦では五分の戦いを繰り広げている。
「黙れ賤民が!」
アルメシオンが振るう剣をオルスは必死に躱す。
そして回避動作と同時に棍も振るった。
「効くかよ」
アルメシオンは余裕で腕で受けたのだが、棍の先端が折れ曲がりぐるんと回転して後頭部に打ち付けられた。
「連接棍かよ、くそが!」
「魔剣とそこらの剣じゃあ勝負にもならないからな」
オルスの器用な戦いにアルメシオンは苦戦はしたが、魔力の壁のおかげでダメージは無かった。オルスが魔剣をあしらうのに失敗する度に棍は削られていく。
「めんどくせえ戦いしやがって!」
オルスの棍は多節棍だった。いくらか斬って短くしたが、何節も有り、鎖で連接したギミックを使ってヌンチャクのように振り回して戦った。想定外の方向からの攻撃に対処すると魔力が大きく削られる。
「てめえ、魔導騎士との戦いになれてやがるな」
「軍にいたこともあってね。ってお前少しは対戦相手の事調べてないのかよ」
これまでの活躍もあって特集を組まれたこともあるが、賭けを成立させるためにオルスの素性も明らかになっている。昔は帝都で剣闘士をしていたこと、蛮族戦線に参加して多くの戦いで活躍していたこと。
魔導騎士の友人もいる事、出産費用を確保する為に出稼ぎに来た事などだ。
「いちいち平民の事なんか調べるかよ」
「次からはあんま相手を舐めない方がいいぜ。ま、次があるなら、だが」
「調子に乗るなよ。お前の攻撃なんか俺にはうざいだけで通用しねーんだ」
「お前の動きも読みやすいから俺には通用しねーよ。まだ一発も俺に当ててないの忘れたのか?雑魚が」
オルスはあからさまにアルメシオンを見下して挑発した。
「お、俺が雑魚だと!?これまで何十人もこの腕で斬り殺して来たこの俺が雑魚だと?」
「ああ。雑魚だね。俺がその剣を持ってたらお前はとっくに死んでる。お前なんか魔力が無ければスラムのチンピラの使い走りさ」
「神の血を引いてないからって僻むなよ、平民。生まれを呪え!」
アルメシオンはいくら神の血を引く貴族といえど、体力は人間並みなので剣を振り回し疲れ、息を整えていた。しかし、しばらく動きを止めて会話していたおかげで回復し再び斬りかかっていった。




