第47話 魔導騎士アルメシオン②
エンマが慌てて廊下を戻ろうとした所、南部総督のルシフージュ大公爵の子ショゴスも通りかかってしまった。
「ふひっ、これは大変な騒ぎになりそうだね。さっき興奮したアルメシオンが通り過ぎていったよ。そしてエンマさんのその額」
丸々と太ったショゴスは脂汗をかき、荒い息を上げながらこの事態を楽しんでいた。
「何のことかしら?わたくしは少し転んでしまっただけ」
そういっても真っ赤な顔をして興奮した様子のエンマの発言をショゴスは信じなかった。
「へえ、そう?あいつに聞けばすぐ答えてくれそうだけど」
「東部総督の娘に怪我を負わせたかって尋ねるのかしら?いくらなんでもそんなことに『はい』と答えると思う?」
「思うね、奴は異常だから。適当に言い訳をしつつもやったこと自体は認めるんじゃないかな」
「異常?そこまでおっしゃるからには何かご存じなの?」
「知りたい?知りたいんだ?僕とお話したいんだね。喜んで教えよう。でも場所を変えようか?」
「そ、そうして下さる?」
三人の姫たちは正直ショゴスの事を気味悪く思っていた。容姿が醜いし、目つきもイヤらしい。
今も豚のように鼻をすんすんと鳴らして半泣きになっているエンマをイヤらしい目で見ていたのでグランディが駆け寄って庇おうとしたのだが、エンマには放っておいてと拒絶され、壁際をじりじりと歩いてショゴスの脇をすり抜けて着替えに戻っていった。
残されたグランディとパーシアは口をきくのも嫌だったが、事を荒立てたくないので彼の誘いに乗るしかなかった。負傷者の治療については他の者に任せるしかなく、人を遣わせて自分達は行けないと伝えさせてから個室に入りショゴスの話を聞いた。
◇◆◇
さて、改めて四人が集まってアルメシオンの過去についてショゴスが話し始めた。
「奴はね、子供の頃に両親と一緒に神殿に参拝しにいった時、その登山道で他の家族の子供が石を投げて遊んでいたのを見て、自分も真似をしたんだ。だが、奴は下に向かって石を投げた。その結果、落石が落石を招いて何十人も死傷者が出る大惨事になった」
「そんな話聞いたことがありません」
近しい立場にいるパーシアも聞いた事が無かった。
「彼らはそこにいなかったことになったからね。アルメシオンがやったことを両親だけでなく何故か太后様も庇って平民がやったことになった。幼いころは彼も自分のせいだと責めていたが、周囲の人間はそんな事件は無かったと彼に言い含め、もともと石を投げていた平民が悪いと言いくるめた。こうして彼の記憶も性格も捻じ曲がっていったのさ」
アルメシオンは自分の記憶に自信が持てなくなった。
自分に非があっても他人に責任転嫁して言い逃れするようになっていった。
「そう、お気の毒な事ね。でもわたくしたちの知ったことじゃないわ」
「僕もそう思うよ。子供の起こした事故とはいえ太后様も大量殺人の隠蔽に関わってる。あんな奴野放しにしてたら危険だからこの際、我が家とクールアッハ家で共に彼らを糾弾しようじゃないか」
「やるならどうぞご勝手に。わたくしを巻き込まないで」
「えぇ?つれないなあ。君の仇をうってあげようと思ったのに」
「貴方に騎士道精神があるのなら乙女に迷惑をかけない方法を探す事ね。それに今さら十年も前の事件の真実を明らかに出来るのか疑問だわ」
「自白させればいいさ。ブラヴァッキー伯爵夫人なら可能でしょ?」
こいついったいいつから話を盗み聞きしていたのだろうか、と三人は思う。
「貴方はなんでもご存じなのね」
「我が家は一番力が劣っているからね。情報を武器とするしかないのさ」
「そんな話をわたくし達にしたところで拒否されるし、警戒されるだけとは思わなかったのかしら」
「そうだね。でも、話さなきゃ黙っている事で個人的に恩を売れないだろ?何か困ったことがあったら僕を頼って欲しいな。それとも容姿が嫌いだからだけっていう理由で親切な僕を嫌うかい?」
彼女たちはショゴスの容姿に対する嫌悪感を隠せるほど人間が出来ていなかった。
「いえ、そうね。ご親切に有難う。でも、異常者には関わりたくないの」
「僕も異常者だって?失礼だなあ」
「嫌われるような容姿だと分かっているのに、こうして恩を売ろうとしてくるのは率直に言って気持ち悪いわ。自分を嫌っている女を自分のものにしたいという欲望でもあるのかしら」
「あはは、さすがエンマ様。鋭いねえ。悪趣味かもしれないけど僕は女性に乱暴を振るったりしないし、大事にするよ。僕がいかに正直で優しいかを知ってくれればいつか僕の事を身も心も愛してくれるようになるさ。是非、両家で力を合わせてよりよい関係を築こうじゃないか。まだ婚約者はいなかったよね?」
「直系同士の婚姻なんて他所から牽制されてとても無理ね」
「アルシオン様が皇帝になれば相対的に僕らの力は弱まる。今のうちに協力関係を強化しておくべきだと思うんだけどなあ。まあ無理には言わないよ。パーシア様はどうかな?」
「節操のない男ね・・・」
エンマに対して強力になる皇家に対抗しようと声をかけ、拒否された直後に皇家側のパーシアを誘うとは、やはりこの男の発言は何も信頼がおけないと判断する。
「気に入った女性に声をかけているだけだよ?君らが懇意にしているレナート君と同じじゃないか。それなのにこうも印象が違うなんて酷い話だ」
「あの子に打算はないもの」
「僕には立場があるだけ。違いなんてそれだけなのに。ああ、君達がいつか真実の愛に気づいてくれないものかな」
ショゴスは何かあれば力になると下手糞なウインクを残して立ち去った。




