第46話 魔導騎士アルメシオン
アルメシオンは退学になった後、祖父の鎧を受け継いで魔導騎士の訓練を受けた。
そして祈念大会にも出場し破竹の快進撃を続けている。
大会進行役がアルメシオンの次の戦いの説明を観客達に行っていた。
「さて本日の試合はフォーンコルヌ家に仕える新進気鋭の魔導騎士アルメシオン!負けなしの三連勝中であります。対戦相手はなんと二十名。イアペトゥス兵器工場で生産された最新の銃を装備した銃兵達です。たった一人で果たして最新火器を前にどこまで戦えるのでしょうか。戦いは銃兵が完全に準備を終えた状態から始まります。・・・これはいくらなんでも無茶ではないでしょうか」
魔力の壁が攻撃を防ぐといっても限度がある。
しかも反包囲され、障害物まで設置してあり銃兵達に有利な状況だった。
試合開始の合図と共に、銃弾が放たれたがアルメシオンの鎧からいくつかの鉄片が浮き上がり銃弾を全て弾き飛ばした。
「おお、ご覧になりましたでしょうか。これは非常に珍しいヒペリオン型浮遊装甲です」
解説役の魔術師が放送席で観客に説明を始めた。
「これは旧帝国時代に天才付与魔術師ヒペリオンによって発明された装甲ですが、現代では再現不可能と言われており所有者は帝国全体でもごくわずか。通常の魔導装甲でも銃弾は防ぐことが出来ますが、撃たれ続けている限り装備者は身動きが取れません。しかしこの浮遊装甲であれば装備しているものに追従し自動で守り装着者の動きを妨げません」
実際アルメシオンは一瞬で銃兵との距離を詰めたが、空中に浮かんでいた浮遊装甲も後からついてきて援護に入っていた。
第二撃の為に待機していた銃兵が仲間を助けようと発砲するがそれも浮遊装甲は防いだ。
その間にアルメシオンは木製の障害物ごと銃兵の一人を切り裂いた。
銃兵達の射程距離ぎりぎりという状態から試合は始まったにも関わらず一瞬にしてアルメシオンは距離を詰めた。魔導騎士達は単純な防御力だけでなく身体能力全般を魔力によって引き上げており、常人では到底不可能なスピードで動くことが出来る。
観客達は目の前に行われた超人的な動きにどよめきを上げた。
銃兵達は三チームに分かれて時間差を置いて攻撃を行う予定だったが、戦場を瞬間移動するかのごとく移動し、一人一人始末していくアルメシオンを追いきれなかった。
最新火器といえど懐に飛び込まれれば成すすべもない。
ある者は銃を捨てて短剣を抜いて抵抗しようとするも、アルメシオンはその剣を持った腕を一本一本切り飛ばしていった。
最初は歓声を上げていた観客も四肢が千切れ飛び、銃兵が苦しむ声が響き渡ると徐々に沈静化していく。
「これは・・・もう勝負はついたといえるのではないでしょうか?」
「そうですね。少し残酷かもしれません」
進行役が貴賓席にちらと視線を投げるとベラトールが頷いた。
そして試合終了が告げられたが、アルメシオンはつまらなさそうに最後の一人の首を切り裂いてから終了宣言に従い剣を収めた。
観客の中にはその残酷さにブーイングを上げるものもいた。
「いやあ、強い。ここ数十年火器は急速に進化しましたが、やはり大砲でも用いない限り魔導騎士を倒すのは不可能なようです」
「しかし大砲の弾丸を魔導騎士に命中させるのは不可能でしょうね」
「はい。さて、アルメシオン殿は今後正式に叙勲を受けて新王陛下の騎士となる見込みです。将来は皇帝陛下の近衛騎士にまで昇りつめられるかもしれません。皇帝の剣として蛮族だけでなく人類の敵となる反逆者もを討ち滅ぼしてくれることでしょう」
◇◆◇
試合後、控室に戻ろうとしたアルメシオンと廊下でパーシア、グランディが遭遇した。
「やあ、パーシア様。見て貰えましたか、俺の活躍」
「ええ。余計な仕事を増やしてくれたものね」
残酷で嗜虐趣味を持つアルメシオンに対しグランディは勿論パーシアも冷たい目で見ていた。
「ああ、そりゃあ済みませんでした。邪魔が入らなければ全員首を撥ねていたのに、司会に文句を言っておきます」
「そうして。取り返しのつかない傷だけ残して生かしておくなんて残酷だわ。ま、殺さずに勝ってくれるのが一番いいのですけど」
「彼には酷な注文では?まだ見習いの未熟な腕では今日の戦果が精いっぱいだったのでしょ」
パーシアに続いて、一言言ってやりたかったグランディも皮肉を言った。
「なんだぁ、侍女風情が!お前は引っ込んでろ!」
グランディは侍女と勘違いされて怒鳴りつけられてしまった。
「し、失礼な!」
男に凄まれ魔力の籠った怒気をぶつけられるとグランディも少し怯んでしまう。
脳裏にはオルスに異常者と関わるなと言われた場面が浮かんでくる。
「口を挟むなってのが聞こえなかったのか?」
アルメシオンは無造作にグランディの首を掴み持ち上げて握りしめた。
「ちょっと、アルメシオン!」
彼の力にかかってはグランディの細い首などあっさりへし折られて縊り殺されてしまう。
パーシアの抗議で力は緩められたが、片手で首を掴まれて持ち上げられているのは変わらない。
「なんの騒ぎ?一体何をしているの?」
「え、エンマ様・・・」
今日はエンマも医療活動に誘われて、準備に手間取り少し遅れて姿を現した。
現場を見て、グランディが縊られているのを見た彼女は助けようと魔力を集中し始めた。
「次から次へと何だってんだ。誰だてめえは」
「この間抜け、このわたくしの顔を見忘れたの?」
「はぁ?」
「このわたくしの名はエンマ。エンマ・ミーヤ・クールアッハ!わたくしの家臣であり妹分を傷つけた事決して許しません」
エンマが仁王立ちになり、怒気も露わにするとアルメシオンはグランディを手放した。
彼女は地面に崩れ落ち激しく咳き込んだ。
「許さない?許さないって何を?具体的にあんたに何が出来るんだ?」
完全武装状態のアルメシオンがゆっくりとエンマに近づく。
エンマは魔力の塊を凝縮して放つが、アルメシオンの浮遊装甲がそれを防ぐ。
「んまっ、そんなものを使わないと女相手に凄む事も出来ないわけ?」
「はっ、これは自動型でね。それよりアンタが危害を加えてきたんだぜ?パーシア様が証人だ。クールアッハ公のご息女だろうと魔術禁止区域で他人を攻撃しちゃ駄目だなあ。これはおしおきがいるよなあ?正当防衛だし仕方ないよなあ」
アルメシオンは今度はエンマに向かって手を伸ばした。
「おやめなさい、アルメシオン!総督のお嬢さんに手を出したら問題になりますよ」
「正当防衛だって」
アルメシオンは少しだけ振り返ってパーシアに答える。
「力もないくせに家名頼みで偉そうに振舞いやがってイラつくぜ」
またエンマに向き直り、後ずさる彼女に近づいていく。
「あ、貴方のいう『力』っていうのはご先祖様から貰ったその『鎧』のこと?自分が鍛えた力はないのかしら。みっともなくマッカムに投げ飛ばされて放逐された癖に」
エンマもまさかこの男がここまで狂犬とは思わず、確かに家の力を背景に脅した。
実際家名を盾に脅せば向こうは引き下がると思っていた。
しかしアルメシオンは思い通りには動かなかった。
「声が震えてるぜお嬢様。怖いくせに強がりやがって。その生意気な口を引き裂いて人前に出れなくしてやろうか?」
アルメシオンは獣のように襲いかかるふりをして両腕をぐわっと広げる。
「ひっ」
先ほども残虐行為を繰り広げたアルメシオンに凄まれて、エンマは怯えて尻もちをついてしまった。
「そうだよ。そうやって怯えて俺を見上げてればいいんだ。二度と俺に生意気な口を利くんじゃねーぜ」
エンマを怯えさせた事で満足したのか、アルメシオンは最後に指でエンマの額を弾くだけで済ませて立ち去った。たんに指で弾いただけだが、魔力の籠った一撃はたやすくエンマに脳震盪を起させた。
◇◆◇
「すみません、エンマ。私の為に。あ、額から少し血が滲んでいます」
グランディはハンカチを取り出してエンマの血を拭った。
しばらく呆然としたままだったエンマだが、何度か声をかけられて我を取り戻した。
尻もちをついたままのエンマのもとにパーシアも駆け寄って謝罪した。
「今回の事、本当に申し訳ありません。父からもお詫びの使者を総督に送ります」
「あ、いえ。それには及びません」
「ほんとうに?こんな怪我をさせてしまってはお怒りになるかと」
「ええ、どうお詫びされようときっと遺恨が残ります。こじれれば皇家と我が家で戦争にだってなりかねません。私達だけで内密にした方がいいでしょう」
嫁入り前の娘に軽傷とはいえ傷を負わされたと父が知れば、総督はアルメシオンの引き渡しを要求するだろう。実権は無いものの太后もバックにいるアルメシオンが素直に引き渡されるかどうか怪しい。
その場合、クールアッハ家の騎士達は名誉にかけてアルメシオンへの復讐を望み、復讐決闘法による解決を要求すると思われた。跳ねっ返りもののアルメシオンが拒否するとは思えず、要するに彼は最終的に処刑される。
先ほど新王の騎士として内定していると公表されてしまった以上、皇家とクールアッハ家の間で深刻な対立が生じる事になる。
エンマはそこまで考えてそれを避けようとした。
「本当によろしいのですか?」
パーシアにとっては有り難い申し出だが、再度確認した。
「ええ。ですが、そちらはあの者をどうにかした方がよろしいのでは?またきっと問題を起こしますよ」
「ええ、アルキビアデスに聞いたのですが、精神治療の専門家のブラヴァッキー伯爵夫人に診て貰ったそうです。まだ治療を始めたばかりなのでうまくいってないようですね」
「あの方に?」
「ご存じですか?」
「ええ、わたくしたちが今年の初めに皇都についた時、パーシア様にお会いする直前に別れたのです」
旅の一座と別れてからどうしていたのか気になっていたが、無事職についたようだ。
「なにか?」
「い、いえ。それより一度戻って着替えて参りますのでお二人はお先にどうぞ」
エンマは助けを拒んで真っ赤な顔であたふたと着替え室に戻っていった。




