第43話 新王即位祈念大会③
貴賓席の最上段には摂政ベラトールや太后レア達がいた。
周辺は総督とその騎士達で固められてエンマもそこにいた。
グランディ達はそれよりもう少し下の段の席で、レナートもそこにいた。
ベラトール達は戦いの結果にほっと胸を撫でおろしている。
「たいした勇士がいたものだ。祝賀の為の大会が危うく台無しになるところだったぞ」
「助けられたな。どこの何者だろうか。是非我が騎士として迎えたい」
「おっとそれは困るな。あれはワシの領民の戦士だ」
「クールアッハ公の?それは惜しい」
エンマは大公達の話を聞いていたが、彼らの会話に口を挟むわけにもいかず隣の兄に尋ねた。
「お父様はやはりオルスの事を詳しくご存じだったのですね」
「ああ、昔の抵抗があったからね。彼の父も随分な戦士だったそうだ」
「オルスの父も?でもお父様が気にされるほどのものでしょうか」
「普通なら何千人集まろうと倒せない魔導騎士を十数名倒したそうだからね。その体に何か秘密があるのでは、と遺体も回収して研究に回してるとか」
「・・・ほんとうに?オルスの話では遺体を見つけられなかったと聞きました」
「おっと余計な事を喋った。忘れてくれ。オルスには内密にな」
「でも・・・」
弔いたいのではないだろうか。研究といっても何年も前の戦いだったのだからとっくに終わっているだろうし返却してやってはどうだろうか、とエンマは思った。
「可愛い妹よ。お前は知る必要はない。これは政治の話だ。魔導騎士を十人も倒せる力を持つ遊撃兵が得られれば戦争は一変する。汚れ仕事は私達に任せておけ。いいね」
「・・・はい」
多少なりとも世話になったオルスと可愛がっているレナートにとっては祖父に当たる人物だ。彼らにその行方を伝えられない事にエンマは苦しんだ。
「なに、お前が気にするることではない。忘れてしまえ」
「忘れろといわれても・・・」
「大丈夫、伯爵夫人に頼んで記憶を消してもらおう。私が余計な事を言ってしまったばかりに苦しませて済まない。我が家の罪は私と父上が背負う、お前は純粋なままでいておくれ」
◇◆◇
エンマが唐突に一家の暗部を知らされている頃、レナートは無邪気に父の活躍を喜んでいた。
「ね、見た?見た?あれ、ボクのお父さんなんだよ」
近くの観客に自慢して回り、周囲の夫人達から可愛がられている。
「・・・レンちゃんはこの光景を見ても平気なの?」
戦場は何百もの遺体であふれていた。
獣人、獣だけでなく人間側も死亡者、重傷者が多数だ。
ショッキングな光景が広がっているので本来子供の入場は禁止である。
「こんなにたくさん見たのは初めてだけど、今はお父さんが無事ならそれでいい。それにうちじゃ動物の解体もするよ?」
血なまぐさいものは幼くともそれなりに慣れている。
「・・・そう。そうよね。まずは喜ばないとね。でも私はちょっと席を外すわ」
グランディは少々気持ち悪くなってしまい、席を離れた。
化粧室で真っ白な修道女の格好をしていたパーシアに出会う。
「そのお姿は?」
「負傷者の治療のお手伝いに」
「まさか貴女がいつもそんなことを?」
「母がね。万が一の時は受け入れて貰いやすいようにいい関係をつくっておけって」
政略結婚がイヤで逃げ出した貴族女性の行きつく先は修道院、女性以外入山禁止の寺院、あるいは個人資産で外国に引っ越して生活する、あるいは金持ちの愛人にでもなるくらいしかない。
パーシアほどの高位の貴族女性では目立ち過ぎて突然神殿や寺院、修道院に駆け込んでもどこも難色を示すので、事前の調整が必要となる。
「あら、どこか婚約の予定でも?」
「勿論年頃ですからね。それに治療技術を身につけておくのも悪くないですよ。貴方もいかが?」
「私でも務まるでしょうか」
「面倒見が良い方なら務まるでしょう。お裁縫は出来ます?血は苦手?」
「・・・もしかして傷口を縫い合わせたりとかもなさるんですか?」
「勿論。内臓に手を入れて弾丸を摘出することも」
グランディは少しばかり怖気づいたが、レナートでも耐えられるものを自分が耐えられないのは情けないと手伝いをしてみることにした。
「お、お裁縫は出来ます」
「なら結構」
グランディは何度か卒倒しそうになりつつも、治療を手伝った。
「消毒液?抗生物質?なんですか、これ」
「あら、フォーン地方ではまだ広まってないのね。帝都に近いのに」
「帝都に関係が?」
「帝都のエイラシルヴァ天爵様が支援されている医療団体が開発したの。劇的に死亡率が下がるのよ」
これまで治療しても7割方が死亡していたのが今では3割以下に下がっている。
そして新生児の死亡率も大分下がった。
「まあ、それは凄い。レンちゃんにも教えてあげないと」
「レナートがどうかしたの?」
グランディはレナートの母親が3人も子を失くし、それでもまた妊娠中で今回有能な産婆、医者を探している事を伝えた。
「そう、でももう手配しているのでしょう?」
「そうらしいですが、一応お手紙でも送っておこうかと」
「随分親身なのね」
「なんだか妹みたいで放っておけないんです」
「そう、私にも随分懐いてくるのだけれど何故かしら」
レナートの意思か、ペレスヴェータの意思なのかグランディには判断つかなかった。
エンマには礼儀正しく接するのに、パーシアには見かけるなりよく飛びついて抱きついている。柔らかくてふかふかしてあったかいらしい。
「ご迷惑でしたら止めさせますが」
「いいのよ。私もなんだか絆されて子供が欲しくなっちゃった」
グランディは強引に故郷を出て学院に入ってしまったが、自分よりも大変な立場にいるパーシアがこうして慈善活動も行い、いざという時の逃げ場も確保していることをみると少し自分の身を顧みてこれからの3年間の間に自分も何かしら技術を身につけようと心を新たにした。
彼女たちの作業は人間の負傷者だけではなく獣人や獣たちにも及んだ。
「いくら癒してもまた次の戦いに送り込まれてしまうから、本当にこれが慈善行為なのかどうかわかりませんけどね」
奴隷制はなくなっても人間側は好きで死闘に臨んでいるから仕方ないが獣人たちは違う。
捕虜にされるかあるいは赤ん坊の頃に拉致されて、こうして死ぬまで戦わされるのだ。
より辛く苦しい生を送らせることになる、そう分かっていても目の前で苦しむ者達を彼女たちは放っておけず平等に治療した。




