第42話 新王即位祈念大会②
開始の合図後、予定通り大砲が火を噴き敵陣に着弾した。
三門とはいえ限定的な戦場では十分な威力であり、轟音と舞い上がる土煙に驚いて『蛮族軍』は戦場の端の方へと逃げ出したが、そこには逆杭があるので入場門や壁際には到達出来ない。
「で、俺らはどうしたらいいだろうな」
「本来の蛮族だったらあれくらいじゃもう怯まず向かってくるからなあ」
敵が来ないので歩兵隊はぼんやり立っているだけだ。
士官も予定と違うと焦っている。観客も初めて見る大砲の威力に盛り上がったものの、その後はキャンキャン悲鳴を上げて逃げる敵軍に白け始めていた。
「お、銃兵隊が動くぞ」
銃兵小隊に続いて弓兵小隊も動き始めた。
しかし歩兵中隊はどこも動かない。
砲兵は指導者が来ていたが、予定では最初の一撃だけということだったのでそれ以上は撃たなかった。指揮官は仰角を修正して第二撃を加えろと唾を飛ばして命令していたが、砲兵達は観客席に飛び込むおそれがあるとしてそれを拒んだ。
砲兵陣地を魔術で高台において撃ちおろすという契約で彼らは参戦したのであってそれ以外の事は断固として拒否している。
そんなわけで弓兵と銃兵だけが近づきながら散発的に敵の掃討を始めた。
「やれやれ、だぜ。こんなんでいいのか」
呆れるオルスだったが、同時に彼の鋭い目は壁際に追い詰められた獣達が退路はないと諦めて向き直っていたのを見極めていた。油断するにはまだ早い。
「無事に生きて帰れるならなんでもいいっすよ」
ヨハンはどうやら大丈夫そうだと槍を肩にかけてだらけ始めている。
私語は止めろと士官達はいうが、歩兵たちはだらけ始めて命令を聞かなかった。
もうこの戦いは終わりだ、さっさと家に帰りたいと皆思い始めていた。
が、しかし。
弓兵達が砲弾の着弾地点まで移動した時に異変が起きた。
倒れていた獣人が起き上がり、彼らを襲い始めたのだ。
「おっとさすがだな。何日もメシ食ってないだろうにまだ元気があったか」
「でも不味いぞ、あいつら鎧をつけてないし」
獣人たちの身体能力は常人よりも遥かに高く、爪や牙は鋭く容易に致命傷となり得るが重装歩兵の鎧や盾を貫けるほどではない。
人間は敏捷性では彼らに勝ち目が無いので隊列を組んで古代のように重装歩兵が処理するのが効率的だ。しかし、今、弓兵達は無防備で次々と惨殺されていく。
「どのくらい生き残るかな」
「敵が?味方が?」
「獣人どもさ。それに虎や熊も少しいるな。あれとは戦いたくない」
「確かに」
彼らがまた雑談をしていると歩兵士官が金切り声をあげて前進を命じた。
「おや、持ち場を離れない方が良いのでは?」
「味方が目の前で殺されているだろうが!救出に行かずにどうする!命令に従わなければ士官の権限で処刑するぞ!」
「正規軍じゃあるまいし何言ってんだ、こいつ」「おい、よせ」
ヴォーリャが反抗しようとしたが、オルスが止めた。
「なんでさ」「どうせ無駄だ。余計に混乱が広がる」
他の歩兵隊も前進を始めていて隊列はバラバラだった。
総司令官は陣地に留まれと命令しているが誰も聞いていない。
四つの歩兵小隊は駆け足で急ぐ部隊、ゆっくり足並みをそろえて前進する部隊、司令官の指示で前進を止めた部隊などに分かれた。
オルス達の部隊は少し遅れてから前進を始めたので士官が泡を吹きながら全速前進を命じていた。
彼らが弓兵達の所に辿り着いた時には彼らは既に壊滅していた。
自分達の所に逃げてくる者を受け入れたので隊列はさらに乱れ、そこに獣人と獣たちが突進してくる。
「おのれ!」
士官もサーベルを抜いて応戦したが、あっさり押し倒され首元に食らいつかれた。
「オルスさん。さすがに不味いぞ。あいつ銀狼族だ」
「吸血型か、なんか見覚えのある首飾りをつけてるな」
人狼系の種族で知能が高く、戦士として優れ、中には人の言葉を理解するものもいる。
ヴォーリャ達パヴェータ族の女を拉致したのも彼らだった。
彼らは決闘を好み、倒した者の一部を剥ぎ取り首飾りとしてコレクションに加える。
「そんなことよりあいつらは・・・」
「わかってる。貴族の魔力を吸い上げて狂化するぞ」
魔獣の多くはマナの淀んだ大地に済む小動物や木の実などを食べる事で発生する。
過剰なマナを取り込んで狂乱化し、そのまま制御できなければ狂って体は大きく変容する。制御に成功すると見た目はそれほど変わらないが、人間の魔導騎士並みに厄介な存在になる。
要するに一騎当千の存在、この場にいる雑兵数百人では勝ち目がない。
人狼が早速狂乱化して襲いかかり、歩兵たちがなぎ倒され始めている。
「へっ、ようやく面白くなってきたな。俺らの出番だ」
「んじゃ。もうこの鎧脱いでもいいか?」
「いいけど、そこらから弓でも拾っといてくれ」
「オルスさんは?」
「一匹くらいなら狂乱化している間に俺が倒す。お前は他の獲物を探しておいてくれ」
一対一で正面から戦うには厳しい相手だが、オルスは決闘好きの騎士ではない。
他人を囮にして、槍で足払いをしかけ、拾った兜で獣人の頭を滅茶苦茶に殴り、最後には喉に短剣を突っ込んで止めを刺した。
「何だあ?折れちまったぞ。装備も手抜きかよ」
正規軍用の装備なら納品段階で弾かれるような質の悪さだった。
敏捷性で蛮族に比べて圧倒的に劣る人間は長剣で対抗するのはあまり向いていない。
オルスは拾った剣は投げ、基本は槍を使って戦い、懐に入られればあっさり捨て短剣で戦った。
観客は勇者の活躍に歓声を上げ、オルスは剣と盾を拾ってそれらをガンガンと打ち鳴らし観客にアピールした。
「もっとだ!もっと叫べ!!」
こういった血生臭い戦いはオルスにとっても久しぶりだ。
憎くも無いし、腹を満たす為でもない生き物を殺すのは殺しになれている彼でも気が咎める。名誉の為でもなく、ただ生活の為、生まれてくる我が子の為に殺す。
「もっとだ!もっとだ!!」
敵をそっちのけで観客に向かってオルスはアピールを繰り返した。
観客達は足を踏み鳴らし歓声というより怒号を上げて、まるで地震が発生したかのように会場が揺れ、貴賓席の貴族達が動揺した。
「もっとだ!もっと殺意をくれ!!!」
オルスが何を叫んでいるのかはもはや観客には聞こえない。
背中を向けているオルスに目掛けて一匹の虎が襲いかかるが、すんでのところでヴォーリャが弓で妨害した。
「オルスさん!」
「おう!わかってるよ。援護は任せた」
オルスは剣を虎に突き刺し、蹴り飛ばし、次に自分に向かって突進してくる人虎族の男に盾を構えたまま猛然とダッシュして体当たりをした。
人間と蛮族の戦いにでは身体能力において人間が圧倒的に劣るという問題はあるが、差がさらに広がる理由として蛮族は一撃一撃に全体重を込めてくるという点が大きい。
蛮族の身を投げ出すかのような必殺の一撃、全体重を乗せた一撃に素人の兵士は対抗出来ない。
人間は相当な達人でなければ本当の意味での全力は込められない。
そして達人でも蛮族相手は身体能力の差から焦点が合う瞬間を逃す。
オルスが昔、オスニングの森の戦いで遭遇した帝国騎士はその瞬間を見極める達人だった。
最低限の力で最大の威力を引き出し、もとより優れた魔力を持つ帝国騎士だった為、蛮族達を赤子の手をひねるかのように容易く仕留めていた。
オルスに彼のような魔力はないが、動体視力ではひけを取らない。
蛮族側のインパクトの瞬間をずらし、逆にオルスが体当たりで人虎族を押し倒し、盾の先の尖ったところを口蓋に突き刺し、何度も叩きつけて牙を砕いた。
オルスはトドメをヴォーリャに任せて次の獲物を見定めて、さらに突進する。
本来は筋骨隆々の黒山羊族ムーロン種も巨牛人族クユサーン種もまともな食事を与えられずやせ細っていたので重装歩兵の全力の突進に耐えられなかった。
「ハッハァ!!死ねや!」
オルスにとっては魔獣よりも獣人の方が戦いやすい。
身体能力に差はあるといっても人型であり、筋肉、骨格、関節などのつくりは基本的には人間と同じだった。人体と構造が同じであれば弱点も同じ。
オスニングの戦いの時、オルスは帝国騎士に一つの医学書を勧められた。
拳聖といわれる武術家が書いた本で、人体の弱点が細かく載っており、筋肉の動きや視線から次の動きが読めると帝国騎士は言う。
オルスは半信半疑だったが、実際に大活躍して勲章を受けたその騎士から指導を受けて大いに腕を上げた。犬猿の仲だった父から受けた秘伝、自分で独学し昇華させた武術に加えて、帝国騎士から学んだ技術により帝都に戻った後剣闘士としてさらに大成した。
「ヨハン!」
すげえ、と感心し呆然としていたヨハンにオルスが突然怒鳴る。
「あ、はい!」
「お前らは盾を構えて俺の後ろにつけ。大盾をがっちり抱えて踏ん張ってれば蛮族なんぞに負けはしない!」
「はい!」
しかし、ヨハン以外に立って動いているのは数名しかいない。
「回り込んでくるのはヴォーリャに任せろ。おい!倒れてる奴、聞こえてるなら起きろ!動ける奴は助け起こせ!ここに置いてかれたら死ぬぞ!踏ん張りやがれ、野郎ども!」
「おお!」
数名死んだふりをしたり、倒れたまま絶望している者がいたが、助け起こされて戦列に加わった。
「踏ん張れ!倒れたままだと食い殺されるぞ!」
蛮族との戦いにおいて死亡者が極端に跳ね上がる理由としては彼らは捕虜を取らないこと、そして戦場には小型の獣を多く連れているので倒れた者は獣達によって食い殺されてしまう点があげられる。
人間同士の戦いではよどの事が無い限り戦闘不能になった者にトドメは差さないが、蛮族との戦いでは違う。死んだふりも通じないし、命乞いも、負傷して戦えないというアピールも通じない。
ヨハン達の励ましで倒れた者も再び戦列に復帰した。
オルスとヴォーリャはコンビで次々と獣人を始末し、味方の兵士を救えるだけ救うと再度隊列を整え、盾を構えさせて後退した。
「このまま全滅させないんですか?」
「駄目だ。大型の獣がたくさん倒れてるがほんとうに死んでいるか怪しい。俺なら近づかないね」
ヨハンの質問に答え、オルスは兵士をまとめ上げて司令官の所まで撤退した。
残存兵力は百名ほど。大打撃だが蛮族側も獣人は全滅。戦意の無い獣がうろついているだけで勝利したと言える。
ここで大会本部が『帝国軍』の勝利を宣言した。
戦闘を盛り上げる為の進行役が魔術師の拡声魔術の支援を受けて観衆に一戦目の終了と解説を行った。
「いやあ、すばらしい英雄が現れました。実際の戦闘においても敵将である大精霊ドルガスによっていくつもの軍団が打ち破られましたが最後に勝利したのは人類の団結力、そして勇気でした。この後是非彼を放送席に呼んで話を聞きたいところですね。・・・え?はやく生存者に治療を?ああ、確かにごもっともです。では次回彼が出場した時にでも話を聞いてみるとしましょう。では、皆さん。第二戦までどうぞおくつろぎください。戦場の清掃がありますので第二戦は三時間後となります」
2022/9/10
めっちゃ誤字多かった。
前に読んでくれていた方に申し訳ないm(__)m




