第4話 オルスとヴォーリャ
オルスはとうとう村を一時離れる決意を固めた。
ヴァイスラは妊娠が判明したばかりなので不安そうだった。
「私をこんな時に一人にするの?」
「俺達は三人も子供を失くした。これ以上はお前の体が心配だ。今度は長老達が都から医者を招いてくれるそうだが、金が要る」
「だから、あなたが出稼ぎに行くというの?お仕事はどうするの?」
オルスの仕事は領主の衛視代行だ。
村一番の戦士だったので長老が指名した。
「平和な村なんだから少しくらい誰かに代わって貰えばいい」
仕事といえば村の見回り、喧嘩の仲裁、稀に訪れる旅人に身分証を提示させ、睨みをきかせるくらい。今日も一日平和でしたと記録を書いて定期的に領主に送るだけのやりがいのない仕事である。
「都で何をするの?また剣闘士として出場する気なの?」
「当然だ。短期間で荒稼ぎするにはそれしかない」
「もし、あなたに何かあったら・・・・・・」
ヴァイスラは思いつめたように言う。
当然の心配だった。心配そうな彼女を慰めるようにレナートが可愛らしく拳を握りしめた。
「お父さんの事なら任せて」
幼児の発言をヴァイスラは無視した。
「こいつの社会勉強の為にも一度皇都を見せてやりたいんだ。いいだろ?」
「私に一人で村に残れというの?」
母は妹の家で本格的に世話になり始めたので身重の妻がひとりだけ残されることになる。
「村の人間は皆、家族のようなものだ。何かあったらヴォーリャもいるじゃないか」
ヴァイスラは遥か北の国の出身で、ヴォーリャも同じ所から嫁いできた。彼女らは南の暖かい国だと思ってやってきたのに、この村がある地域も同じくらい寒かった。
気候や高度が若干近いおかげで北国から持ち込んだ珍しい薬草もよく育ち、彼女たちは薬草師の仕事をしている。
「頼むよ、ヴァイスラ。俺は村の衛視代行なんて仕事は本当は御免なんだ。長老が医者を呼んでくれるといっても、その金は村の互助会費から出る。皆が必死になって稼いだ金だ。俺にはそれが耐えられない。許してくれ」
オルスは自分が村の裏切者になったような気分で村に居るのが嫌だった。
誰かがやらねばならない仕事とはいえ、何故自分が?と不満だった。
同胞たちに白い目で見られているような気がして、日々辛かった。
それを察したヴァイスラは仕方なく、夫の旅立ちを許した。
◇◆◇
「なんだ。都の闘技場へ行くって?よっしゃアタイもついてくぜ!!」
翌日、友人夫婦の所に妻の面倒を見てくれるよう頼みに行ったオルスはその相手に自分も混ぜろと逆に頼まれた。
「おい、俺はお前にこそヴァイスラの傍にいて貰いたいんだよ」
「彼女なら大丈夫さ。それより二人で稼いだ方が早いだろ?その方が彼女の為になる。違うか?」
「そりゃそうだが・・・ってお前、稼いだ金をうちに援助する気か?」
「当然だろ。ヴァイスラさんとあんたの為だ」
ヴォーリャは早速、夫と話して許可を貰うとさっさと荷造りを始めた。
「どうゆうこと?」
父とヴォーリャの関係がわからなかったレナートは不思議そうに問うた。
「あいつも鬱屈としてたのかな」
彼らはヴァイスラの体が安定するまでは村に残り、その間に旅の準備を進めた。