第45話 アウラとエミスの降臨
モレスを倒す準備をしている頃、降魔荒野に二柱の神が降臨してきた。
アウラとエミスだ。この国の守護神である。
彼女達はまるで出頭するかのようにコンスタンツィアの前に出て来た。
「今の地獄を作ったのは私達です。殺すのは私達で最後にして頂けませんか」
「力の差は分かっているようね。でも自殺するつもりで出てくるのは度し難いわ」
ドムンが残した鎌槍はコンスタンツィアが受け継いでいる。
大地母神の武器を十全に引き出せるのはその力を引き継いでいるコンスタンツィア以外にいない。もっとも彼女に武術の嗜みはないが。
「地獄の書を残したのは貴方達ね。答えなさい。何故あんなものを作ったの?」
「三界を流れるマナが一定量を保つ為に。私達がいなくても裁きを執行できるように」
「それで些細な罪、罪とは言えない罪で地獄に落とすようにしたというの?」
「設定した当時はまさか人類が何千倍も増えるとは想定外でした。そして世界樹が完全に力を失うとも」
「設定したのが貴方達なら、変える事も可能ではないの?」
二人とも首を振って否定した。
「設定はしましたが力を与えて有効としたのは父モレスです」
「天界にいても直接操作せず世界を維持する為に、必要な量に応じて自動的に罪の重さを変えるように作り上げた、そういうことなのね?」
「はい」
エンマは祖先たる神々に強く抗議した。
「そこに正義は無かったのですか?法と契約の神たるあなた方が作ったものに正義が無かったのですか」
「当時は神々の大戦と神喰らいの獣によって世界は破滅寸前でした。世界を正常に戻す事が何よりも優先される正義だったのです」
絶句するエンマをよそにコンスタンツィアは理解を示しつつも呆れる。
「正義は時代によって変わる、普遍的なものではないということね。神々の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったわ」
アウラとエミスは苦しい弁解をするしかなかった。
「エンマ、子孫である貴女にこんなことをいうのは酷で無責任かもしれませんが、貴女達も時代に応じて法を変化させてきた筈です。私達が決めたことに盲従する必要はありません」
「それはそうですが、私達は社会の秩序を維持し、人々の考え、文化の変化に応じて変化させてきたのです」
「私達は世界の秩序を維持する為にそれを行ったのです」
「でも私たちが決めた法で問題なくとも地獄に落ちてしまうではありませんか」
何もしていない赤子も、犯罪を強要された被害者も地獄に落ちている。
「無実の人間を地獄に落とすことが、重罪人でも死後も罰を与え続ける事が・・・いえ、想定外だったんですよね」
エンマは怒りをぶつけようとして、思い留まる。
「そう。私達の考えが甘かったばかりにこんな事態を引き起こしてしまいました」
コンスタンツィアは言い訳を聞いても方針は変えなかった。
「想定外だろうとなんだろうと地獄に落ちた人々の苦しみと憤りが無くなる訳ではない。お前達には地獄に落ちて貰う。罪なき人間たちの代わりに世界を維持するために」
コンスタンツィアは容赦なく地獄に落とす決断をした。
エンマは何か言いたげにするが聞く耳は持たない。
「とはいえ、今は力を馴染ませるのに忙しくお前達まで取り込んでいる暇はない。しばらくわたくし達に変わって地獄の管理でもしているといいわ。己の罪と向き合っていなさい」
「父は・・・」
「死んで貰う、彼が力を移譲しない限り。そして貴方達は彼にその気がないのが分かっているのでしょう?貴方達がいくら命乞いしようと彼は子供たちが死んでいっても何もしようとしていない。貴方達の愛は報われないわよ」
「見返りを求めている訳ではありません。私達の力を貴女が受け入れれば地獄を変える事が出来るのでは、と。もし叶えば殺し合う必要は無くなる。そうですよね」
「そうね・・・」
しかしアウラとエミスを地獄に落としてもまだモレスの力を上書きすることは出来ず、他の神々を同様に地獄に落としてもモレスは救うために現れる事は無かった。
コンスタンツィアは息子夫婦の頼みを聞いて可能な限り戦いを避ける努力はしてみたものの、やはりモレスを倒して力を奪わない限り、この世界を変えることはできず、娘を救うことはできないと悟る。




