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天に二日無し  作者: OWL
第二章 天に二日無し ~後編~
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第43話 最後の戦い

 戦いの準備は整った。

空には黒雲と月の舟、そしてヴェルムスニールらの竜が飛翔している。

大地母神も去り、コンスタンツィアの力も安定している。


「では、始めましょう」


ほとんどの神の力を統合してもまだモレスは引きずり落とせない。


「さすが、といったところね。不浄の王ドゥルナスよ。ここへ」


レナートも地獄で見かけたことがある蠅の怪物ドゥルナスが眷属にとあるものを持たせてやってきた。


「アンチョクス。貴方の恨みを晴らす時が来た」


何万年も前、神々の時代に己の力はモレスに勝ると豪語した人間の王がいた。

自分の力は天をも凌ぎ星界に達すると言い放ち、その傲慢さからモレスに呪いの蟲を与えられ体は腐敗し、永遠に食われ続け、再生し続ける罰を受けて地獄に封じられた。


彼は今もなお地獄で生きていたが、唯一彼に触れる事が出来る不浄の王ドゥルナスによって連れ出された。


「さあ、受け取りなさい」


精神はとうの昔に崩壊し、亡者を生み出す根源となっていた存在。

彼はひとつの弓を与えられ、ぶよぶよに膨らんだ体で矢を番え、引き絞りそれを放った。

これはかつてドムンがニキアスに従ってマルーン公との戦いで使った神器で落陽弓という。

ドムンが使った時は人為的に日食を引き起こす程度の効果しか無かったが本来の持ち主が放った矢は太陽を捕え、引きずり落とした。


 ◇◆◇


 現場にいる者達の視界が歪む。

太陽がいつの間にか巨大な目玉に複数の円環と羽が取り巻いている姿へと変わっていった。

強力な熱線により降り積もった雪は溶けて水蒸気が上がり始める。


レナートはモレスが自分の力を遥かに超えている事を悟った。

大地母神が最後まで天界に残り、正面から逆らわずコンスタンツィアが力をつけるまで待っていた理由もよく分かった。


”不遜なる人間達よ”


口が無いモレスは念話で語り始めた。

だが、話を聞こうともしない者がいた。


”クレアスピオス”


虚空に巨大な足が現れて熱線に焼かれながらもモレスを踏みつけた。


コンスタンツィアは問答無用で戦いを始めた。


「死ね」


クレアスピオスとは医療の神であり、死んだ人間を生き返らせた為、モレスに咎められて地獄に封じられた。以前、ロスパーが地獄で牢獄に体の断片を封じられた姿を見かけたことがあったその神である。


いきなり蹴りつけられたモレスは激怒して熱線をさらに強くした。


”決めたぞ。野蛮な人間は一度全て消す”


おおよその段取りは決めていたが、モレスがどこまで地上の事を見透かしているかはっきりとしなかったので細かい部分は決めていなかった。

レナートもさすがに相手の口上を聞かないとは思っていなかった。


熱線を封じる為にトウジャと一緒にモレスを水球で覆って威力を減じた。


「必死に天界に、生にしがみついていたお前に全ての神は死ぬべきである、と言ったら従った?」


コンスタンツィアは問う。


”地獄の存在が理不尽であるというお前の怒りは正当だ。しかし全ての生命が地獄の恩恵を得て誕生している。許せないのならお前自身が命を放棄すれば苦しむ者も減る。それに地獄の罪人達は所詮疑似生命、苦しみも紛い物であり同情に値しない”


「紛い物かどうかお前自身を地獄に送ってやるから確かめればいい」


今の地獄が地獄となってから五千年しか経っていない。

天界にいたモレスは現状を理解していない。しようともしていない。


強大な竜が、不浄の王が、地獄の怪物達がモレスに攻撃を加えるもまだまだ力は弱まっていない。

コンスタンツィアと従う者達では敵わないようだった。


「お前には神経も無い。痛みという概念が無いのでしょうね。だから苦しみが理解できない」


”個人的な問題で何億もの人間や動植物、あらゆる生命を犠牲にしたお前に理解出来ているのか?”


コンスタンツィアに反論の言葉は無い。

地獄の問題はきっかけがなければ他人事に過ぎなかった。娘の事があったから行動しただけだ。

地獄のような理不尽な世界が続いてきた由縁である。


”お前がやろうとしている事は神が中心だった世界から人間を中心にしようとしているだけだ。我々は人間にこの世界を与え繁栄を享受させた。その対価は得た。お前は誰に何の対価を与えるのか。ただ奪うだけではないのか。お前は娘を救うためにもう一人の娘を犠牲にしようとしている。違うか?”


アルベルドは母と妻に交互に視線をやった。


”我々も彼女を犠牲にするつもりだった。しかし拒まれて自由にさせた。いずれ戻ってくるのが分かっていたからだ。お前はさんざん殺戮を繰り広げた末に我々と同じ選択をする。無駄に犠牲を増やしただけだ”


”違いますよ”


コンスタンツィアを責めるモレスをイルンスールが否定した。


”わたしに時間を与えて下さって有難うございます。でも神々の永遠の命を維持する為に犠牲になる気はありません”


”お前の姉達も死ぬことになる。それでもいいのか”


”わたくし達は皆、いつか死ぬ事は受け入れています。あなた方とは違う”


長女のエイメナースは小さな妹の肩に手をかけ、モレスに相対した。他の姉妹達も頷いている。

森の女神達を無視してモレスは言葉を続けた。


”イルンスールよ。昔お前の願いを受け入れてレベッカという医者を復活させた事があった。私の下に来ないのなら今から奪ってもいいのだぞ”


”それは困ります”


「おい、あんな目玉のお化けの脅しなんか無視しろ。あたしゃ十分生きた。お前の弱みになるくらいなら飛び降りて死ぬ」


舟の上にいたレベッカはまさか自分が人質になるとは思っていなかった。


「先生がいなかったら今のわたしはいませんから」


大事な人が人質に取られるならイルンスールに抵抗する選択肢は無い。


 ◇◆◇


「エンマ様。あれはどう思います?」


船の上には非戦闘員が待機していて、エンマもその中にいた。


「せせこましいわね・・・」


一度かけた情けを恩に着せて女性を利用しようというのはさすがに神への敬意も薄れる。


「野蛮な人間は皆殺しとか言ってましたよ」

「まあ、あれはコンスタンツィアさんが悪かったから売り言葉に買い言葉みたいなものだと思うけれど」

「でも実際、エンマ様もここの舟の人達も全員巻き込むつもりの攻撃でしたよ」

「そうなの?」

「はい」


初手の一撃はレナートも水球で防ぐのに必死だった。

全方位に力を発散していて、余波でもどんな被害が出るかわからないので包み込む必要があった。

風神との戦いの時のように状況を世界各地に今も届けているのでレナートはあまり力を出せない。


「じゃあ、本気で人類を滅ぼすつもりなのか聞いてもらえる?」

「わかりました」


 ◇◆◇


”おい、ちょっとそこの目玉のお化け!”


レナートが無視し難い圧力を込めて、モレスに語りかけた。


”下らん策略を張り巡らせているようだが、天に太陽はひとつ。天への絶対的な信仰は揺らぐことは無い。人がどんなに嫌おうがあらゆる生命はこの力にひれ伏し、感謝を忘れる事は無い”


全世界に中継しているのはバレていた。

挑発して攻撃的な台詞を引き出すまでも無かった。


”草木は太陽にいちいち感謝などしませんよ、モレス”


エイメナースは言う。


”そして選り好みをすることもありません”


この世界に赤黒い地獄の太陽が出現する。地獄門の封印が完全に解けた今、地獄がこの世界に現れても不思議はない。


”こんな禍々しいものを代わりとするつもりか?”


「今のあんたも十分に禍々しい」


レナートは言う。


”流れない水はいつか淀み、腐るもの。神々の魂は永遠に不変だとアイラクーンディアから聞いた。あんたらはとっくに腐ってる。神の亡者だ”


メルセデスの母は自殺してしまったが、その原因はレナート同様神々の魂を内包していたから。

神代の愛の女神の行いは現代の人類社会では倫理的に受け入れがたいものが多く、アイラクーンディアの娘達はいくら転生しても大抵悲惨な末路を迎えた。

永遠不変にして不滅の魂は移ろいやすい人間社会では呪いでしかない。


「『禍々しい』太陽の影響を受けて少しは変わってみたらどう?変わる事が出来るならここで滅ぼすのは勘弁してあげる」


レナートにとってこれが最後通告だった。

モレスが協力し、神々が変わる事が出来るようになるなら無理に倒す必要は無い。

しかし、モレスは激怒して答えた。


”天に二日無し!正義は絶対で不動のもの。天が迷えば大地には災厄となって現れる。天の理を知らぬ小娘が戯言を!!”


激怒したモレスは紛い物の太陽を破壊しようと全方位に発散していた熱線を収束させて放つ。

レナートもそれに応じて力を収束させるが押し切られていった。

アンチョクスはさらに矢を放ち、地獄の生物達が飛び出てきてその熱線に焼かれていった。


”彼らにとっては紛い物でも必要な太陽。貴方は地獄の生物全てを敵に回した”


”もとより敵だ。気にすると思うか”


「気にした方がいいんじゃない?大分力が弱くなってきてるよ」


”強がりを”


モレスの自信に揺らぎは無いが、実際レナートの負担は大分楽になってきていた。


天に二日無し、地に二王無し

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2022/2/1
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