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天に二日無し  作者: OWL
序章 神亀雖寿 ~前編~
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第39話 ケイナン教授②

「では、授業を再開しよう」


落ち着きを取り戻した教室でケイナンは改めて帝国が他国に勝る点を強調し、生徒諸君はそのルーツを知るべきだと諭した。


「拝金主義がまかり通る世の中となり、不信心者が増えたが土地には守護神の影響がある。神の血を引く古代貴族の家系だろうと平民だろうと住まう者に土地の恩恵はあるのだ。貴族と平民の間では覚醒魔力の有無の差があるが、土地の恩恵は平等であり、開発に向く土地、向かない土地がある。そして先祖所縁の土地を離れた貴族はしばしば不幸に見舞われる故、領地替えは好まれない。故に己の家系と守護神の土地を知る事は重要だ。魔術師も含めた我々の学術団体はより正確な祖先を知るための道具を開発した」


レナートが校舎に近づくのを嫌がるようになってしまった為、今回はケイナンが自分で配ったが生徒達の机の上には特殊な用紙があった。


「従来、錬金術師の開発した薬品に血を浸して貴族諸君の魔力の特性を知ることが出来たがその用紙は血を流さずともしばらく手のひらを置くだけでおおよその祖先たる神を知ることが出来る。より正確なものはもっと高価で量産不可能な為、ここで使うのは簡易版だ」


生徒達が手のひらを置くと貴族の生徒達の用紙にはたちまち反応があり、二柱の主神か、五大神の系統かに枝分かれし、さらに眷属神へと細分化していく。


これまで注射器なり刃物なりで自分の血を採取しなくてはならなかったので生徒達はこれはすごいと驚いた。新薬の開発にはケイナンも主要研究者として参加しており、より多くのサンプルが必要だということで学院側にも許可を貰って使用している。


「平民には魔力を感知することは出来ないが、このように科学力によって神秘を解き明かす事も出来るのだ。平民生徒の諸君にも微弱な反応があるものもいよう。それは魔力の覚醒がなくとも祖先に貴族の血、神の血が混じっている事の証明に他ならない」


ここ数百年というもの没落貴族を維持するために年金を出していた帝国政府の方針に変更があり、平民に落ちる貴族も増えた。それに古代の貴族には奴隷の愛人もいたし、今も平民との間に私生児をつくる者もいたので時折市井にも魔力を持つものが流れている。必要な手ほどきを受けていないので大半は一生それを知る事もない。


何人かは微弱ながらも反応があったようでちょっと嬉しそうに周囲に見せびらかせていた。

貴族の生徒達は自分達の領域に平民が踏み込んできたことに不快感を示したり、微弱にしか色が浮き出てこない事に侮蔑の視線を向けていた。


こういった反応はケイナンの予想通りだった。

成功者であるケイナンには貴族と平民の階級闘争に興味は無い。

一部の貴族が最近ことさら傲慢に振舞うのは力をつけた平民が自分達を脅かし始めた事への警戒感の裏返しだと思っている。


「先生、これで一体何が分かるんですか?」

「うむ。この試験紙はフォーンコルヌ皇国だけでなく各国にも配布し現在も多くの貴族からの統計を取っている所だが、やはり我が国の場合、皆も帝国人であるにも関わらず大地母神系統の先祖が少ない。他の皇国に比べると著しく農業生産力が低いのは努力だけではどうにもならない問題を抱えているということだ。そして人口と祖先の分布の比較から土地の再開発計画に利用出来る。埋もれた鉱物の発見にも応用出来ると思われ・・・」


ケイナンの研究は王の政策顧問にも期待されており、広大な土地の再開発に成功すれば帝国を構成する三十の国家の中で支配的な位置に立つ事も出来ると後押しされていた。


 ◇◆◇


 午前中の授業が終わった後、ケイナンは登城して宮廷魔術師マミカの執務室にやってきた。彼女は帝都から招かれた魔女で、郊外で奇妙な魔獣の交配実験をしており、城内の研究室にも瓶詰めの小型の魔獣を持ち込んでいた。

チューブを繋がれてびくんびくんと跳ねるそれを不気味に見つめながらケイナンはマミカに話しかけた。


「お呼びですか?」

「ええ、そろそろ新年度の学生の情報が集まったかと思いまして」

「ああ、その件なら整理中ですがおおよそはお伝えしましょう」


報告書の提出は月末の筈だったが、聞かれる事は予期していたので持ってきた資料を彼女に見せた。マミカはざっと読み込んでから頷き、ケイナンに平民の分は報告しなくてもよい事を伝えた。


「何故です?」

「反応があまりにも微弱ですし、不快に思う者もいるのですよ」

「確かに大気のマナの濃度にも左右されますから微弱なものは信用が置けるかは不明ですが」

「でしょう。それよりアウラとエミス系の神々の血がやはり多いようですね。それとアイラクーンディアも。この国特有のネズミがいるのはアイラのせいでしょうか」


マミカの部屋のビーカーにはそのネズミがいくつか収められている。

複数の尾を持つもの、羽の生えたもの、鱗を持つもの、どれも自然由来のものではなく魔獣である。


「何かご懸念が?」

「ええ。知っての通り帝国の守護神達は多産を象徴とするような動物達を眷属としていますが、ネズミを眷属とするのは地獄に落とされた嫉妬と憎悪の女神アイラクーンディアだけ。彼女の子孫たる神には狂気や伝染病を司る神などもいますよね。精神を患う者がこの国には多いように感じられるのはそのせいかもしれません」

「ふむ・・・実はアルメシオンという生徒が授業中に私を殺そうとしてきたのですが、思えば彼もそういった神に影響されていたのかもしれません」


アルメシオンは調査する前に出ていってしまったので結果が分からない事を残念に思った。


「アルメシオン君がそんな暴挙を?ふむ・・・なんならブラヴァッキー伯爵夫人に診て貰った方がいいですかね」

「どなたですって?」

「いや、気にしなくても構いません。それより問題はネズミの魔獣です。昔仕えていた国ではうまく制御していましたが、摂政殿は絶滅させるようにと仰せです」

「大型魔獣なら発見しやすいですし、通常の火器でも倒せますがネズミほどの小型の魔獣を絶滅させるのは不可能では?」

「確かに困難です。しかしネズミだけに感染し、子を産めなくなるような病気を作り広める事が出来れば?あるいはなんらかの障害を持った子ネズミを産ませるとか」

「なるほど。それでこの・・・少々不気味な実験をしているわけですね」

「ええ、そういう事です」


害獣とはいえおぞましい実験を行っているので新聞屋に嗅ぎつかれないよう非公開で行われていた。マミカは最近急に研究を拡大し詳細は教えて貰えないが、ケイナンが取得しているサンプルデータも多少は貢献しているらしい。


「共食いする他の種類のネズミと交配させてみるとか、巣まで移動してからそこで感染死させるとかならどうです」

「はは、なかなか面白い。たまには他の分野の研究者の話も聞いてみるものです。部下に指示してみましょう」


腹を裂かれてもまだ動いている気持ち悪いネズミを見ていたら悪趣味な気分に誘われて、半分冗談で言ってみたケイナンだったが、マミカは乗り気だった。


 ◇◆◇


 仕事の話が終わり、高齢の魔女であるにも関わらずマミカは自分でお茶を淹れてもてなしてくれたが、実験用のビーカーがコップ代わりだった。

ケイナンはひきつりながら飲むふりだけをする。マミカはお構いなしに好みの東方茶を旨そうに飲んでから雑談を始めた。


「そういえば君の出身部族、随分と優遇措置を受けているとか」

「ええ、マミカ殿の口利きのおかげです」


独立して出ていってしまったとはいえ、風の噂で領主連合と戦になっていると聞いて止めさせて貰えないかと頼んだことがある。


「いやいや私以外にも陛下に囁いた者もいるようですし、領主達も随分被害を出していたそうですから自然とそうなったでしょう。それにしても他の平民の叛乱は簡単に鎮圧されているのに君の出身部族はそんなに手練れが揃っていたのですか?」

「弓馬に長けたものは多いでしょうが、遊牧民としては普通では?」


武術に優れているわけでもないケイナンには同胞の戦士団の実力は不明だ。


「ふうむ、魔導騎士が十三人も打ち取られたそうですが、普通は無理ですよ。千人いたって一人の魔導騎士を倒せるかどうか」

「オルスの話では・・・ああ、古い馴染みの弟分なんですが最近こちらに来ていて彼に聞いたところ彼の父が率いていた戦士団は全滅したとかで随分苦境だったそうですよ」

「ほう。そうですか。先王陛下は随分驚いていたようですよ。古代の盟約に逆らった報いなのかとか、こんな大打撃を受けたことが各地に広まったら平民が一斉蜂起しかねないとか」

「『古代の盟約』?なんです、それは」

「私が聞きたいですよ。若い頃出ていった貴方は知らないようですね」

「残念ながらお役には立てないようです」


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2022/2/1
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