第37話 地獄からの脱出
さて、フィンドル城地下の地獄門で遠征軍が足止めを受けていた頃、マクシミリアンとアイラクーンディア達は不毛な押し問答を繰り広げていた。
「我々を囲む軍勢を退かせろ」
「妾が捕虜にされておるから皆が心配して来ているのであろう。まずは解放してたもれ」
自分はもう何の力もない女神だと哀れ気に振舞う。
「他の地獄門にも同じような細工をしているのか?」
「知らぬ。妾はコンスタンツィアに力を奪われた被害者じゃぞ。あやつが勝手にやっておるだけで何も知らぬ」
「我々に協力する気があるのならさっさと他の地獄門に導け」
「妾は下々が通る道のことなど知らぬ」
所詮仮初の体であり、イルンスールに浄化する気が無い以上、脅迫も無意味でどう質問をしてもしらばっくれてしまい、話は進まなかった。
◇◆◇
政治的な話に加わる気がないレナートは人畜無害なので放置されていたダナランシュヴァラと雑談をしていた。
「ねえ、キミは小さい頃お返事してくれたダナランシュヴァラ様だよね?」
「そうそう。すっかり女の子になっちゃって後悔してない?」
「全然」
「ずっと人間として暮らしてたんだよね?」
「うん。レックスの恋人だったんだけど同性愛者として世間から追い詰められちゃってね」
「地獄の人の味方したいのは分かるんだけど、口を利いて貰えないかな?」
「うーん、ボクはコンスタンツィアさんの味方なんだよねえ」
彼らは生前からの長い付き合いであり、浅い縁のレナートには味方してくれなかった。
「そっかあ、じゃあもうロスパー誘って勝手に帰ろう」
カイラス山出身の身内だけ集めて帰宅する事にした。
地上の様子が分からないので母や妹が心配なのだ。
「直接お礼が言えて良かったです。じゃあ」
お世話になりました、と頭を下げて踵を返した。
「あれ?王様達は?」
「ボク、もう飽きちゃった」
地獄に取り残される父親に挨拶を始める。
「じゃあね、お父さん。来れたらまた来るよ」
「お、おお。母ちゃんをよろしくな」
あっさりしたものだった。
◇◆◇
「でもどうするんだ?」
帰宅することにスリクは賛成だったが、周辺には地獄の軍勢がいる。
集団から離れたら突然襲ってくるかもしれない。
「トウジャに頼んで蹴散らして貰う」
人間サイズの半人半蛇となったトウジャは離れたくないので拒否した。
「嫌だ!ナルガとなってくれるまで逃がしたりしない」
「んー、でもさ。ボク達が地上に出て大神みんな倒しちゃえば地獄門の封印は解けるんでしょ?そしたらトウジャも地上に出てこられるじゃん。ボクはボクのままでいたいからキミの希望は聞けないけど、ナルガを産む事はできるしそしたらみんな幸せになれるじゃない?」
「むう、なるほど」
よしわかった、と承諾してトウジャは軍勢を威嚇して蹴散らし彼らは勝手に旅立った。
◇◆◇
”おい、勝手に何処に行く”
アルコフリバスが追ってきてトウジャの頭の上にいるレナートに話しかけて来た。
彼らは少人数なのでトウジャの体の上に全員乗れた。
「ボク、もう家に帰るの。それに勝手じゃないし、マリアさんに言伝頼んだし」
マリアは伝言を伝えた後、旧知の人間達を守る為に残るか迷ったが、結局カイラス族として行動を共にしている。
”困った奴だ。しかし常識的な対応では状況は打開できないだろう。私も付き合う”
ロスパーが通った事もあり、トウジャの速度で這いまわれば他の地獄門を発見するのは難しくなかった。
カイラス山の地獄門の封印は太陽石と巫女の祈祷で一時的に開くようになっており、ロスパーとヴェスパー姉妹は祖母から習い、最後に実演する姿を見ていたので解放が可能だった。地獄に縛られている者は通行できないが、生者が通行する分には問題ない。
こちらの地獄門の人工的な封印はアルハザードが妨害した為、未だ工事中でありレナート達によって再び排除され通行可能となった。
「じゃあ、ボク達は行くね」
”うむ・・・”
「どうかしました?」
”君達がいなくなった為、再び戦いになりマクシミリアン達は大打撃を受けたようだ”
「それは悪かったですけど」
”いい。帰還への道を確保したことで帳消しだ。それに別口の地獄門から救援が来て敵も引いた”
「あらま。帰りが遅いから心配したのかな」
”そのようだ。君達は地上に上がったらエンマに助けを求めておいて欲しい”
「わかりました。皆さんはこちらに逃げ込めば助かるように手配しておきます」




