第34話 風神雷神
「君にはどう責められても仕方ない」
エドヴァルドはまっすぐコンスタンツィアを見据えて謝罪の言葉を口に出した。
「仕方ない?開き直るつもり?」
憎悪で漆黒に染まったマナがじわじわとエドヴァルドに迫る。
それは具象化して首を絞め始めた。
「き、君が私を殺したいほど憎いとしても殺される訳にはいかない」
槍を振り払ってマナを散らす。
「彼女の力ね。相変わらず自分一人では何も出来ない男」
「君の加護は今もなお私を守っている」
「そのせいで地獄に縛られたわ。もはや残留思念に過ぎない」
「アルベルドにはまだ私の助けが必要だ。君に殺される訳にはいかない」
「わたくしは貴方を許さない。どうすれば貴方を後悔させられるかまだ思いつかなかったから放置していただけなのよ」
「エーヴェリーンを守れなかったからか?彼女を陥れた者は・・・」
夫婦が言い争っている最中だが、新手が現れた。
雷鳴が轟き、強風が吹き荒れて空を覆っていた雲が晴れていく。
十数年振りに空を覆っていた雲が晴れたが、その向こうには月も星も無い夜空が広がっていた。星明りも月も無い星々の残骸がほんの僅かな明かりとなって残る暗黒の夜空だった。
その夜空から二柱の神が降りてくる。
「ガーウディーム、トルヴァシュトラ」
コンスタンツィアは取り込みやすい下級神から順に召喚していた。
この神々ともいずれ戦わなければならない相手だったが、まだ力が馴染んでからにしておきたかった。
大神は既に火と金の神を倒したが、彼らは信徒が全滅していて弱っていた。
東方の大神達にはまだ十分な信徒が生き残っておりこれまでの相手とは桁外れに強い神気を発散している。
「貴方の守護神よ。倒してみせる?」
「それが君の助けになるのなら」
エドヴァルドは上空のトルヴァシュトラを睨みつけた。
四本の腕に槍を持つ巨大な神だ。
「あれはこちらで対応しますのでお構いなく」
月の舟が援軍を乗せてやってきた。
「きちんと話し合ってください。お互い信用出来ないと背中を預けられないでしょう?」
騙し打ちを気にしながらでは実力を発揮出来ない。
「大神はそんな甘い相手ではないわ」
「でもお義母様はまだお辛いようですし」
まだ治療は済んでいなかった。
「貴方に戦う力なんてあるの?」
大丈夫ですとイルンスールは答え、さらなる援軍を呼んだ。
「来てヴェルムスニール」
彼女の召喚に答え、空に再び暗雲が立ち込め強風が真上から下へと吹き下ろされる。
強烈なダウンバーストにより二柱の神は地面に叩きつけられた。
黒竜ヴェルムスニール。
ナルガ河に住み、獣人を守っていた竜神だ。
”我らに再び逆らうか”
トルヴァシュトラが放った槍は黒竜の鱗に弾かれ青い火花を散らすのみ。
”手向カイ致ス”
トルヴァシュトラはヴェルムスニールが抑え、ガーウディームについては森の女神が相対した。
◇◆◇
「森の女神達には戦えないでしょう。それに神兵も降りてきたわ」
「わたしは戦えます」
イルンスールには雷神の素質があり、手元に雷をパリパリと纏わりつかせた。
「駄目よ」「「駄目だ」」
父母と夫に止められる。
空からは天神の援軍も次々と降臨してきていた。
月の舟からアルヴェラグスやエッセネ公家の援軍が応戦の構えを見せたが、東方神には下級神も神兵も無数にいて数が違い過ぎた。
「駄目だと言われてもお腹の子供を守る為なら戦います。わたしだってもう手段を選ぶつもりはないです。お義母様だってそうだったんでしょう?」
「わたくしは出産前で十分に安定していたけど貴女は違う。大人しくしてなさい。ここはわたくしにお任せなさい」
「じゃあ、大人しく治療を受けて下さい。その間はお義父様が持たせてくれますよね?」
妻と養女に眼差しを向けられてエドヴァルドは胸を叩いて請け負った。
「無論だ。コンスタンツィアとは後でゆっくり話そう」
エドヴァルドは自分の天馬に乗り、既に戦闘中のアルヴェラグスの援護に入った。
大人しく治療を受け始めたコンスタンツィアにイルンスールは涙ぐむ。
「良かった。お義母様が敵じゃなくて」
「わたくしは最悪の場合、アルベルドに恨まれても貴女を殺す。それは忘れないで」
「エーヴェリーンの過去を無かったことには出来ませんが、地獄はわたしがどうにかします。もしモレスがこちらの要求を受け入れてくれるなら引いて頂けませんか?」
エーヴェリーンが地獄に落ちる事が無くなれば、地獄に理不尽な苦しみが無くなれば戦う理由は無くなる。
「モレスにも残った神々にも死を受け入れて貰う。それは揺るがない」
「お義母様」
「わたくしは復讐の女神なのよ。天地創造以来虐げられた者達の恨みを背負っている。ここまでやって今更無かったことには出来ないのよ」
人だけでなく多くの動物も草木も地上から姿を消している。
「大体地獄をどうするつもりなの?」
「地獄が無くても世界が安定するようにします。子供が大きくなるまで待って貰えればエーヴェリーンが苦しむ事はありません」
「・・・駄目よ。わたくしはもう取り返しのつかない罪を背負っているけど貴女は違う。罪を犯した神々だけが死ねばいい」
コンスタンツィアが言う全ての神々を殺す、とは地獄の女神を引き継いだ自分自身をも含めての事だった。
「治療を有難う。アルベルドと幸せに暮らしなさい」




