第33話 対峙
長い時が過ぎた。
コンスタンツィアが通った後は草木も枯れ、河は干上がり、砂漠となっていた。
あらゆる生命は死にウートゥの復元力によって引き寄せられた神も殺されて吸収されていた。
次々と流れ込む力に血管が破裂しそうになり、コンスタンツィアは息を整えて必死で抑え込む。アイラクーンディアの二の舞になる訳にはいかない。
自分でわざと血管を裂いて、破裂する前に血を流して処置した。
次の目的地は何処だったか、と思考を巡らせている彼女に砂の中から忍び寄る短剣があった。毒を塗られた短剣がコンスタンツィアの背中に突き立った。
「今日はナルヴェッラね」
刺されたのは身代わり用に準備してあった泥人形で彼女は砂を操ってナルヴェッラを拘束した。
「盗賊の神『隠れしものナルヴェッラ』。厄介な奴が早めに始末出来て良かったわ」
熱砂を眼、口、耳、ありとあらゆる場所から流し込み、飲み込ませて内部から焼き払った。
これでもまだまだモレスと戦うには力不足だ。姿を隠す力は是非とも欲しい能力だった。
また新たな力が取り込まれ、体中の血が沸騰し、血管が膨張し、破裂し始める。
破裂する腕の血管を苦悶の声を上げながら抑えつける。
癒しの力を持つ水神を取り込めれば良かったのだが、氷神に移譲されてしまった。
同属性で大神の姉だからか、あちらは下級神の力を取り込んでもなんともないらしい。
信徒も味方も多く、直接対決は避けたい。アレと戦うにはまだ早い。
苦しみながら次の標的を探す彼女に静かな声がかけられる。
「お辛そうですね。良ければ癒しましょうか」
まったく何の気配もなく、ナルヴェッラよりも唐突に、しかし自然に現れた。
どき、としながらコンスタンツィアは動揺を押し殺して静かに立って振り向いた。
「何故貴女がここに?」
「アルベルドが助けてくれました。初めましてお義母様」
「なんて愚かな。一人で来たの?どうやって?」
イルンスールは多くの神から狙われている。
単身でいるのが察知されれば天神も呼ばれずとも降臨してくるかもしれない。
「東方の地獄門はバルアレスに伝わる破城槌の神器でアルベルドが破壊しました」
タルヴォが持ち込んで来たもので地獄門といえども物理的に破壊された。
地獄に縛られている訳ではないイルンスールは開きさえすれば通過するのに支障は無い。
「それで、ここへは?」
歩み寄ってきたイルンスールは憎しみで変貌し怪物となったコンスタンツィアの暴れる血管を抑え、傷を癒しながら答えた。
「わたしはこの世界の何処へでも世界樹が根を張っていた所へは転移出来るんですよ」
「そう」
コンスタンツィアは癒えた腕でイルンスールの首を掴み、締め上げた。
「わたくしは全ての神を殺す。お前も標的なのよ。分かっているの?」
「は、はい。でも今すぐにでは無い筈です」
その気があれば地獄で殺せた筈。
「出来るだけ殺さずに済むように努力して下さったと思っています」
他の神を殺して取り込んでモレスを上回る力が得られれば、それ以上は殺さずに済む。
だからその間、イルンスール達を地獄に閉じ込めた。
「貴女の護衛は面倒だからそうしなかっただけ。一人で来るなんて馬鹿な真似を・・・!」
ぎりぎりと締め上げていくイルンスールの顔が青くなっていくが、息が止まる前に離された。マナスがもう一つ内包されているのに気付いたからだ。
「貴女、妊娠しているの?」
「はい」
アルベルドの子だ。
「不妊の呪いはアイラ様に解いて頂きましたので」
首を絞められて、まだ青い顔をして咳き込みながら答えた。
「母上!」
隠れていたアルベルドとイザスネストアスが現れる。
「なんてことを」
アルベルドは駆け寄って妻を介抱し始めた。
そして生まれて初めて会う母に咎めるような視線を向けた。
「ち、違う。違うのよ」
産む前に力尽きてしまい、会えなかった我が子。
その子に憎まれては何の為に死に、ここに至ったのか。
「母上、お願いです。もうこんな事は止してください。エーヴェリーンを地獄から救う為だと聞きました。私もイルンスールも母上に協力しますから別の方法を探しましょう」
「駄目よ。貴方達は地獄に隠れていればいい。それより貴方達が来ているならあの男も来ているのでしょう?」
ああ、とエドヴァルドが出て来た。
途端にその頬が切り裂かれる。
コンスタンツィアが軽く手を振るっただけで、まだ距離のあったエドヴァルドに傷を負わせた。
「ナルヴェッラを倒して少し気が緩んでいたようね」
その気があればエドヴァルドは致命的な一撃を放てた。しかし、そうはしなかった。
「貴方までわたくしが止まるとでも?」
「いや」
軍人で冷徹な判断をするエドヴァルドは都合のいい解決策など信じていない。
「貴方を信じて子供達を託したのに貴方は裏切った。子供達を育てもせずに世界各地で戦いに明け暮れていた」
「すまない」
短い答えに今度は自分の手で平手打ちを食らわせた。
「貴方が娘を守っていればああはならなかった」
何度も何度も平手打ちをした。
「母上、待ってください。エーヴェリーンの事は俺の責任です。帝都で一緒に暮らしていたのに気付いてやれなかった」
「おだまり」
アルベルドとエーヴェリーンは仲違いして留学の途中で同居を止め、アルベルドは最後には帝都を去っていた。
「跡継ぎを決めなかったこの男のせいよ」
二人が不仲になる原因は確かにそうだった。
「本来ならエーヴェリーンにはまったく望みは無かったのに俺が荒れていたから廃嫡されて当主になる可能性が出てしまったんです。俺が馬鹿だったから」
「でも立ち直った」
「妻のおかげです。だから・・・」
必死に訴えるアルベルドにコンスタンツィアは優しく笑い、肩に手をかけた。
「貴方が荒れてしまったのはこの男が父親としての責任を放棄していたせい。お母様はちゃんとわかっていますからね」
「違う、違うんです。父上は立派な騎士で俺の憧れでした。俺が馬鹿だっただけです」
「いいのよ。貴方と奥さんとお腹の子は出来るだけ助かるよう努力してあげますからね。道を引き返して地獄に籠っていなさい」
「母上!」
コンスタンツィアの慈しみがエーヴェリーンだけでなくアルベルドにも向いている事が分かったのは良かったが、彼女の憎しみは神々とエドヴァルドにも向いていた。




