第29話 鬼神の顕現
「ようやくお目通りが叶いましたな」
フィンドル城を管理していたダイソンがコンスタンツィアを出迎えた。
「準備は?」
「各都市で亡者に命じて量産中です」
「地獄門をエゼキエル合金で覆ってからここは爆破しなさい。すぐにマクシミリアンが戻ってくる」
「は」
宮廷魔術師ダイソンは長年仕えた城を惜しげもなく爆破する。
地獄を攻略する為に大量の爆薬が準備されていたので、ダイソンの下準備を誰も疑わなかった。
「もはやこの世に救いは無い。このわたくしについてくれば新しい世界に導くと人々に触れまわりなさい。予言にある最後の時代『終わりの時代』が始まった事をここに宣言する」
各地に根強く残っていた終末教徒達の救いの神がついに降臨した。
「既にイラートゥスや剣神、武神達が西方大陸に降臨している。地下に眠る黄金竜エクニアはかつてイラートゥスに封じられたもの。アレが来ると解かれて敵に回る恐れがあります」
破壊された城に押しつぶされて動けないとダイソンは踏んでいたが、コンスタンツィアは疑問視していた。
「わたくしはしばらくやる事がある。イラートゥス達がやってきたらしばらくお前達だけで相手をしなさい」
「我々だけでやれるでしょうか」
「魔導装甲歩兵を操る術は教えた筈」
「はい、魔導騎士の亡者達を乗せてあり、自律防衛行動を取ります」
「では亡者達に命じて準備したものを集めておきなさい」
「は、他にご命令は」
「無いわ。命じたことをやっておくように」
指示を残しコンスタンツィアは南西へと空を飛んで去って行った。
◇◆◇
飛行中、銀光を察知するのとほぼ同時にコンスタンツィアの右腕が切断された。
切断された腕は泥のように溶けて再び元通りになる。
付近を見まわしたりせず、即座に降下し物陰に隠れて攻撃した者を確認した。
「イラートゥスか」
白いお面に白銀の鎧。そして一本の剣を携えたシンプルな剣神だ。
「邪悪な力を感じて来てみれば・・・アイラクーンディアか?」
降りてきて問うイラートゥスの眼前に爆炎が迫る。
彼がそれを切り裂いて視界を開いた時、コンスタンツィアは既に逃げ出していた。
腕を切った時のように剣閃を飛ばすが、氷の柱の陰に阻まれてしまった。
ここは神の拳と言われる台地で、以前レナートがロスパーに傷つけられ、泣きながら逃げ出した時に感情が爆発して氷の世界にしてしまった。
その氷の柱が次々と切り裂かれて真っ白な粉が舞う。
”眷属神は連れてこなかったのかしら?”
魔術で乱立する柱に反響させて位置が分からないように問うた。
「お前の力は見えている。逃がしはせんぞ」
イラートゥスは力を溜めて、何十本もの柱が間にあっても避けきれない強力な一撃を放とうとした。
しかし空を舞う白い氷の粉が紅蓮に変わり周囲を包む。
「オーティウムの力を取り込んだか。何者だ貴様」
”下調べもせずに降臨してきたの?戦馬鹿ね”
コンスタンツィアとシャフナザロフは倒すべき順番を考慮して神々を召喚している。奇襲を受けたのは想定外だが、もともと次の獲物は決まっていた。
”真火をもって金の神を剋す”
業火に包まれたイラートゥスの鎧が溶け始めた。
たまらずイラートゥスは神剣を振るい、先ずは剣風で炎を切り裂いて散らした。
「まだまだ扱いこなせないようだな」
本来の使い手であれば敗北は決まっていたが、さしたるダメージは受けていない。
”気を抜くのはまだ早いのではなくて?”
この台地は無数の亡者に占拠されていたが、氷神の力で氷に閉ざされていた。
今、火神の力でそれが解き放たれた。
彼らは亡者の女王に従い、イラートゥスを襲い始める。
特異な二体の大型の亡者はいくら斬ってもすぐに再生するので彼も手を焼いた。
◇◆◇
足止めに成功し、その場を去ろうとしていたコンスタンツィアに今度はイラートゥスが声をかける。
「気を抜いたな!」
空高く跳躍したイラートゥスは必殺の一撃をコンスタンツィアの背中に向けて放ったが、それは巨大な拳に阻まれた。地響きと共に巨大な城が動いてコンスタンツィアを包むようにして守ったのだ。
鬼岩城とも言われたドンワルド将軍の城は拳のような特異な形状をしており、それがこの台地の名の由来となっている。
巨大な岩をくり抜いて出来た城だと語り継がれていたが実際には違う。
”目覚めなさい。地揺れの神ナイよ”
フォーンコルヌ皇国全体を巻き込むほどの巨大な地震が発生し、地下に埋もれていた古代神が蘇る。
「馬鹿な!ナイは天界に・・・」
神代に現れた『神喰らいの獣』から逃げる為に神々は様々な手法を使った。
ナイは己の体だけ捨てて石化させて逃げた。
神の魂自体は天界へと逃げ去って、今もそこにいる。
ここにいるナイはその体を亡者として利用された物だ。長年、ここでずっと亡者の体液を浸透させ続けてついに乗っ取りに成功した。
コンスタンツィアに操られたナイは空中で亡者に憑りつかれたままのイラートゥスに拳をお見舞いし、遥か遠く霊峰ツェーナ山まで吹っ飛ばした。
「やり過ぎたわね。しばらく遊んでなさい」
ナイには追撃を命じ、コンスタンツィアは目的地へと急いだ。




