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天に二日無し  作者: OWL
第二章 天に二日無し ~後編~
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第25話 地獄見聞録③

「あれ、あのお爺さん、イザスネストアスさんはどうしたんです?」


”奴もマクシミリアンの所へ行くそうだ。代わりに私が君達に付き合う。いざとなればあちらに伝令で飛ぼう”


結局、アルコフリバスはマクシミリアンの所に行かずにレナート達と行動を共にする事になった。イザスネストアスも地獄のあり方を変えねばならないと思うようになり、天神に逆らいうる強力な神を求めた。


「そうですか。まあアルコフリバスさんの方が話しやすいからいいですけど・・・そうそうあのむかつくくらい可愛い子、ブラヴァッキー伯爵夫人のお師匠様なんですよね?」


”メルセデスの事か?そうだ。油断せず縛っておくように。アレについては私もあまり助けになれない”


会談終了後にまた縛霊索で縛って監視下には置いている。


「でも他にも本体?いるかもしれないんですよね?」


”予備に切り替われるようにしてあるとは思うが、普段は起動していないと考えている”


「なんでです?」


”自分と同じ能力を持つ存在がいても計画の障害になりかねないからだ”


アリシアの肉体は地上でメルセデスの障害になりかねない行動を取っている事からも、無暗に人形を増やすと不確実性が高まると判断された。


「そんなものですか?」


”これは私の考えだが、些細な経験の違いで選択する手段は変わる。目的が同じなだけに、手段が交錯して邪魔になってしまう”


彼も何千、何万通りの実験をするが順番は確実性の高い物からというわけではない。

ほぼ同列の可能性の中からたまたま一つが成功する事がよくあり、その日の気分やたまたま見かけた本の影響を受けて選んだり、先に潰しておきたい可能性から実験することもある。


「なるほど。そんなものかもしれないですね」


レナートもそういえば母も新しい薬品の調合は割と気分で選んでいたと思い出す。


当事者ではないアルコフリバスは先ほどのアリシアの話も全面的には信用していなかったが、信憑性は高く感じた。


”イザスネストアスはマクシミリアンの家庭教師で我が王とも戦った事がある。縁も薄く敵対関係だった私より、二人が話し合った方がもともと良かったのだ。さて、そろそろ新たな神の器とやらを見に行くとしようか”


「はい」


 ◇◆◇


 実体を持つ者が最下層まで降りるのは時間がかかり過ぎると言う事でトウジャに乗せてもらい一気に下降していった。


「本来は箱に入れて落ちるべき地獄に放り込むのだけれどね」


当たり障りのない説明役としてコンスタンツィアが一行に解説した。


「ここは蟻の巣のような構造でね、各地獄は蟻地獄みたいになっていて抜け出せないの」


地獄に落ちる人間が多すぎて罪の軽い者まで彼女達にも手が回っておらず、逃げ出してしまった亡霊は地上で肉体に憑依して亡者となる。古くからよくあるタイプの亡者なので感染性は無い。


「なるほど。薬が効かずにラターニャさんの術が効くのはこのタイプだね」

「そういうこと。昔からよく恋愛小説や演劇などで『君の為なら地獄に落ちても構わない』とかいう言い回しがあるでしょう?」

「ありますね、それが何か?」


突然なんだろうとレナートは聞き返す。


「今通過した屍糞地獄にちょうどその恋人たちがいたわ」


糞尿の中で蟲に食われ続ける地獄だ。


「親の財産を持って駆け落ちして、逃げる先々で窃盗を繰り返し、時には殺人も犯した。愛する者の為だと自分勝手な行動を繰り返し最後には追い詰められて赤子と無理心中したの」


その結果二人とも地獄に落ちた。

赤子の方も葦の河原に流れ着いている。


「なんか罵りあってましたけど」

「ええ、時々鬼や羅刹女が片方を誘惑してどちらかだけ助けてやろうと仄めかしすと、全員例外なく自分だけが助かろうとする。片方は殺されて新たな肉体を与えられ大半の事を忘れてまたここに落ちて、残された方に罵られる。ほんの三十年ほどの人生の為にここで数千年も同じような死を繰り返すの」


アイラクーンディアもその説明に頷いて苦言を呈した。


「地獄を知らぬ者だけが『地獄に落ちても構わない』というのじゃ」


どれほど愛し合った恋人も親子も主従も憎み合う結果になる。例外は無い。

誰であろうと心が折れる。


「肉体は新たに与えられても霊体が憎悪や恐怖を覚えているのが悲惨な所ね」


下へ下へと降りていく毎に刑はより悲惨で残酷で悍ましく、刑期も伸びていく。

数千年、数万年、数億年、数兆年、数京年。苦しみの過酷さも同様に筆舌に尽くし難くなる。苦悶の声が大穴に響き渡り一行は気がおかしくなりそうになった。


「もう十分だったら視界と音を閉ざしましょう」


コンスタンツィアの提案に森の女神達も同意した。


 ◇◆◇


「ここも五千年前まではモレス達天神に歯向かった『邪神』とされる怪物達ばかりで、アンチョクスのような人間は少数じゃった」

「今ではどこの地獄も人間ばかり」


表層部の怪物は懲らしめの為に地獄に追いやられた者達の末裔で死者とも違う。


「トウジャやヴェルハリルは?」


レナートが問う。


「下層部に置くと逃げ出されて立て籠もられた場合、却って厄介になると考えたのではないか?妾もなんであんな近所におっかない連中がいるんじゃ!とうんざりしておったわ」

「なるほどねえ。トウジャもモレスと戦う時強力してくれる?」


”問ウマデモナイ、愛スル妹ヨ。モレスヤエイラシーオサエ倒セバ我ラ兄妹ノ愛ヲ妨ゲル者ハイナイ”


「「ここにいるけどな」」


愛人たちが抗議した。


”オ前達ダケソコラノ地獄ニ振リ落トシテヤロウカ”


「暴れないでよ。みんな落ちたらどうすんのさ」


レナートが冷気を浴びせて大人しくさせた。


 ◇◆◇


 トウジャの巨体はうねりながら下層へ下層へと向かう

物見遊山気分だった者も地獄の凄惨な光景に肝が冷え、視界を閉ざすと沈黙が降りた。


そんな狭い空間なのでラターニャとマリアが居合わせるとイルンスールも気まずい思いを抱えていた。


「え、えーと。マリア?今は落ち着き先が見つかったんですよね?」

「はい。剣を捧げる主は得られませんでしたが騎士の本分は務められたかと思います」

「そう、それは良かった。貴方の主人になれなくて御免なさいね」

「いえ・・・」


アルベルドに忠告されたにも関わらず東方騎士達の文化を理解できずに去ったのは自分だとマリアも反省していた。


ラターニャとマリアは以前話し合ったので今更何も喋る事は無い。


「え、えーと」


そそくさと向きを変えるとそちらにはエドヴァルドとコンスタンツィアがいた。


「いい加減、エーヴェリーンの行方を教えてくれないか。君に詫びれることがあればなんでもする」


コンスタンツィアの額に青筋が走る。

明らかにイラっとしている。


「あ、あの・・・お義母様、わたしも知りたいんです」

「貴女に『お義母様』なんて呼ばれる筋合いは無いわ。アルベルドの事だけ心配してればいいの」


少しは仲良くなれたかと思ったのにまた叱られてしまった。


「だいたいこんなところで話す内容じゃないでしょう」


周囲には人目もある。

家族の事で言い争う場所ではなかった。


「はい」


しゅんとしているイルンスールに気を使ってくれたようなので礼の意を込めながらもう少し会話を試みる。


「あ、あのう・・・」

「なに?」

「もうかなり降りてきたと思うんですが、何の力も感じません」

「隠されているのよ。力ある邪神の気を惹かないように」

「わたしそういう力の隠し方には敏感なんです。イザスネストアスさんにも子供の頃から褒められたくらい」


しばらく沈黙が流れる。


「貴女は本当にお義母様?」

「違うわ。そう言ってるでしょう?」

「イルンスール、一応私の妻だ。細かい仕草や性格、こちらに来る前に食い下がって質問したが他の誰かと間違えたりはしない」」


エドヴァルドは自信を持って言った。


「でも貴女達は複製を作る技術がありますよね?エドヴァルドさんにはコンスタンツィアさんの加護が宿っていますが、その力の持ち主だとは・・・どうにも同一人物だと感じられなくて」

「地獄で与えられた仮初の体だからよ」

「でもアリシアさんの話では魂、マナスは同じ本人の筈です。似てはいてもその人限りのもの。レンさんのお爺さんも別人です」


うむ、とホルスは頷いた。

別人扱いされているせいで頑固爺もそれなりに寂しい思いをしている。


しばらくしてトウジャも止まった。


”何も無いぞ。行き止まりだ”


元は何かが安置されていたようだが、地獄の底の祭壇はもぬけの殻だった。


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2022/2/1
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