第22話 小休止の雑談にして神々の争いの理由
森の女神やレナート、遠征軍はアイラクーンディアを祓い浄化するつもりでやってきたのだが、既に地獄の女神は力を失っており愛の女神に戻したところでたいした意味は無かった。
地獄の混乱に拍車をかけても地上にも悪影響が出る為、代わりの地獄の女神を用意出来ない一行は浄化を取り止めた。
イルンスールも元に戻る事を望まないアイラクーンディアを強制的に祓う事に抵抗があった。
当面、妥協案を模索することにしてマクシミリアンにも伝え、地獄の下層部にあるという新たな神の器を見学しに行く事になった。モレスに対抗し地獄を作り直す実現性が高そうなら本格的に協力する。マクシミリアンが来るまではしばらく小休止だ。
「それにしても私の事、小さい頃からご存じだったんですね」
「うむ、最近の人間は形式ばかり祈るだけで声も聞こえんから寂しいものよ。あの頃はそなたの声を聞くのが楽しみじゃった。2,000年前くらいまではうるさくて叶わなかったのだがな」
神の名をみだりに唱えてはならない。
神を現す二つ名、尊称などで呼ぶのが普通だがどうしても願いを効いて欲しい者は神代から無視していた。叱る神も天界に去ったので現代ではほとんど誰も気にしていない。
「お騒がせしたのでなければよかったのですけど」
「なに、全然構わんとも。それより復讐が叶ったら何でもしてくれるという約束じゃったな」
「え」
舌なめずりする蛇のような視線を感じてレナートの後ろに隠れようとしたが、こっちも怖いので結局エーゲリーエの後ろに隠れる。
「そ、そこまではお約束してない筈です。マナとお酒を奉納したので済んだはずです。だいたい復讐なんて叶ってないですし」
「いや、叶ったとも。乱暴を働いた船長はそなたの父に掴まって処分された」
「え、そうだったんですか?」
「うむ、寄生植物の餌になっておる。吸収されつくすまで一体化し数百年は生かされて苦しむじゃろうな。地獄でもなかなか厳しい類の拷問じゃぞ」
うへえ、聞かなきゃよかったとイルンスールは後悔した。
「マクシミリアン様にそういう悪趣味な刑罰は止めて下さるよういわないと・・・」
「優しい子じゃの。ここの女官達は気が強い者ばかりじゃから是非加わって欲しいのう」
「戯言いうな!」
びしっとエーゲリーエが額をはたく。
「みたかこの暴力女を」
アイラクーンディアは憐れみを乞うようにイルンスールに訴えた。
「妾はそなたのような好ましい者に側にいて欲しいと願っただけじゃ。それがそんなに酷い事か?暴力を振るわれるような事を言ったか?」
「う・・・たしかに。でも貴女、昔リーエ姉に毒を盛りましたよね」
「すまなかった。とても反省している」
アイラクーンディアは普通に謝罪した。
「そんなんで済むか!」
今度は拳骨で殴った。
「り、リーエ姉」
何千年も苦しんだエーゲリーエが怒るのは当然ではあるが、素直に謝罪しているのでさすがに止める。
「こいつ、口だけだよ。騙されちゃ駄目」
反省の念が感じられないとエーゲリーエは言う。
「確かに口先だけじゃ。それでも謝罪は謝罪じゃ。妾達はもう手打ちをしたのであろう?」
堂々と口先だけだと言い放つアイラクーンディアもいい神経をしていた。
「はあ・・・あのアイラクーンディア様」
「おお、なんじゃ」
声を聞くだけでやたらと嬉しそうな顔をするのでイルンスールは戸惑う。
「アイラと呼んでくれてもよいのじゃぞ」
「じゃあ、あの・・・アイラ様」
「うむうむ」
「なんでこんなに嬉しそうなの?」と戸惑うイルンスールだったが、何千年も暗い地の底でうんざりするような重犯罪者の処理をしていたアイラクーンディアは信徒の声を聞くのをなによりも楽しみにしていた。
「一応わたしは何があっても全面的にリーエ姉の味方をしますが、何があってあんなに酷い毒を盛ったんですか?」
「おお、なんと公正な娘じゃろうか。そなたには地獄の女神に加わる器がある。アウラやエミスよりよほど公平な態度じゃ」
「は、はあ」
いちいち感激するのでなかなか話が進まない。そんなアイラクーンディアにコンスタンツィアが苦言を言う。
「この娘には地上で夫が待っているんです。いけませんよ」
「むう、実に惜しい。・・・そうじゃ!そなたらのように人形を作ればよいのじゃ」
「い、いやです」
これ以上自分の複製を作りたくなかったイルンスールは拒否した。
「そんなことより話してください」
「はて・・・」
「なんでリーエ姉に毒を盛ったのか。これ以上寄り道すると怒りますよ」
怒った顔も可愛いとアイラクーンディアは感激したが、いい加減にしろとコンスタンツィアからも突っ込みを受けた。
「仕方ないのう・・・。妾の矜持にも関わる話じゃ。あまり話したくは無かったのだが」
「それならそれでリーエ姉の敵としてこれからは態度を改めますね」
神に対して一応敬う態度を見せていたイルンスールの額にも青筋が入り始めた。
「のう!それは酷い。許してくれ、話すから」
じゃあ、どうぞと促されようやく話し始めた。
「こやつはな。妾の愛人を次から次へと奪っては捨てたのじゃ。妾は愛人の為ならなんでもしてやるつもりだったのに、妾へのあてつけの為に奪っては捨てて『愛の女神が熱を上げてるからどんな男かと思ったけど、つまらない男だった』なんて天界中の神々に言い触らしたのじゃ!」
愛の女神の面目は丸潰れとなり、新しい恋人が出来てもまた奪われて捨てられた。
「毎日屈辱で泣いて暮らしておった。妾は愛の女神として相応しくないのではないかと思い悩んで死のうとした」
「それはひどい」
イルンスールは当時を思い出して泣き崩れるアイラクーンディアに駆け寄って慰めた。
「それで毒を?」
「いや、死のうとして地獄に行った。二度と蘇れないよう完璧に自分を破壊する為に、愛の女神の神格を破棄して世界に帰る為に自分を分解できる地獄へ向かったのじゃ」
神による完全な自殺。己の神格さえ屈辱に感じてしまうほどにアイラクーンディアは悩んでいた。
「そして当時の地獄の神に自殺などやめて宴でも開いて仲直りするよう諭された。それで渡されたのが呪いの酒じゃ。銘酒ではなく実は毒なのではないかと疑いクレアスピオスに相談した所その通りだと言われた。しかし薬はあるからエーゲリーエが改めると誓約したら薬を渡せばいいと言われその通りにした」
結局、この宴が元で神々は大戦争を起こした。
みるみる変貌して化け物じみた姿になっていくエーゲリーエに宴に参加した神々は悲鳴を上げて逃げ惑い、主催者であり、実際に毒を盛った大地の女神姉妹はすぐに監禁された。
森の女神達は医療の神々に助けを求めて世界樹の支配権を失い、すぐに他の神々もその支配権をめぐってあらそった。
クレアスピオスは別の罪で地獄に封印され、当時の地獄の神は地上の神々が争い始めたのを見てモレスに叛逆したが力及ばずに討たれた。
「関係ない連中が争って地上を滅茶苦茶にしたことまで妾の責任にされてはたまらぬ。エーゲリーエに毒を盛ったのは悪かった。しかし当時の妾は病んでおったのじゃ。責任などない」
開き直るのはどうかと思うが、たしかに哀れだった。
「リーエ姉まだ怒ってますか?」
「怒ってる!でも一発殴ったから許してやる!」
仁王立ちして頬を紅潮させながらも怒りは段々冷めていったようだ。
「じゃあ、これからはご友人ということで協力しましょう」
イルンスールは泣き崩れていたアイラクーンディアの手を取って立たせ寄り添った。
「イルンスール、甘いよ。こいつは愛の女神なんだよ。少しずつそうやって同情を買って触れあう機会を増やそうとしてるの。それが手管なの」
始めは完全な敵対者だったのに、手を差し伸べて寄り添っている。体格差があるので抱かれているようだ。さっと逃げようとしたが腰を掴まれて逃げられなかった。
「まあ、よいではないか。そう邪険にすることもなかろう。そなたの愛があれば妾も真っ当な神として人間を導けるようになるだろう。世界を救えるかどうかはそなたの愛にかかっておるのじゃ」
「れ、レンさーん!」
同情してしまってどうしても厳しい態度になれないので他の者に助けを求めた。




