第37話 家族の再会
グランディとエンマはオルスやヴォーリャと会う前にペレスヴェータから自分がまだ現世に残ってレナートにとり憑いている事は伏せるように約束させられた。
「何故ですか?親類や同族でしょうに」
”私は皆の中では既に死んだことになっているから。これ以上妹の身辺を騒がせたくないの”
詳しい事情は教えてくれなかったが、グランディもエンマも家族の内情に首を突っ込む事を避け、アウラとエミスに誓ってレナートに憑いている彼女の事は話さないと約束した。
◇◆◇
再会する場所はケイナン教授が用意した。
皇都でも有名なホテルにあるレストランの個室だった。
明らかに低賃金の肉体労働者風のオルスとヴォーリャはロビーで所在無げにしていてグランディ達がやってくるとほっとした顔をした。
「お父さーん!」
レナートは走り出して父親の胸に飛び込もうとしたが、いったん立ち止まって周囲を見まわした。
「どうした?ほれ、おいで」
オルスが優しく声をかけてしゃがみ腕を広げてもレナートは、ゆっくりとことこ歩いてからその胸に飛び込んで抱きついた。
「悪かったな、長い事ひとりにして。教授、お嬢さん方、預かってもらって悪かった」
「構いませんが、お仕事はどうですか?」
レナートを抱きかかえて立ち上がり、無精ひげに頬ずりされて幸せそうにしているオルスにグランディは聞きたかった事を尋ねた。
「それがな。今朝の新聞で知ってるかも知れないが皇王様が代替わりするとかで、内々に知らされていた催事団体が闘技場を閉めてて稼げなかったんだよ。だが、ま、この告知でようやく大会の開催が決まった」
即位式の記念大会に備えて開催を自粛させられていたが、祝賀ムードを盛り上げるために解禁が決まり今後は剣闘士として出場できるそうだとオルスは喜んでいた。
「ところで、レン。頬がちょっと腫れてるんじゃないか?」
「それなんですが・・・」
グランディは学院で起きた暴行事件の事を話し、守れなくて申し訳ないと謝罪した。
ケイナンも補足する。
「済まんね。私も理事に伝えておいたがやはり平民の子供相手では動いてくれなかった。とはいえ学生の自治会が問題視しているからこれ以上は面倒は起きないだろう」
「はぁ、そりゃまたうちの子が面倒をおかけしました」
オルスが頭を下げて教授やグランディに詫びた。暴行を受けたレナートはふくれっ面だった。
「うう、お父さん。ボクが悪いの?」
「そうじゃない。悪いのは世の中だ。だがな、世の中には頭のおかしな奴がうろうろしてる。異常者には関わるな。関わるなら自力でぶちのめせる力を持てってことだ」
「じゃあ、また稽古つけて」
「イヤじゃなかったのか?」
「・・・イヤだけど我慢する」
そうかそうか、とオルスは目を細めて喜んだ。
「さて、積もる話は後にして食事に行こうとしようじゃないか」
「それなんですが、教授。こんな高そうな所、俺にはちょっと・・・」
「預かっていた子供に怪我をさせてしまった詫びだ。費用は全額私が持つし、個室だから無作法でも他人は気にしない。好きなだけ食って飲んで英気を養ってくれ」
「そいつは忝い。ご馳走になります」
◇◆◇
会食の場でオルスとヴォーリャはなかなか仕事が見つからず、見つかっても強制加入の保険費用や宿舎の生活費で僅かな収入しか得られなかった事を伝えた。
「まあ、それでは生活するのがやっとではありませんか。貧しい立場では永遠にそのままなんですね」
「皇都でもそんなに不景気では地方で民衆の叛乱が相次ぐのも無理はないわね」
グランディとエンマは領主の子の立場からの見解を示したが、ケイナン教授は真逆の事を言った。
「努力すれば私のように王立学院に招かれて貴族の子弟にものを教える立場にもなれる。努力が足りなければ平民も貴族も同じだ。違うかね?」
領地持ちの貴族の子に生まれても後継ぎにもなれず、官僚にもなれず、軍人にもなれず放逐されて犯罪者になる者もいる。生まれは関係ないというのがケイナンの見解だった。
”誰もが努力すれば報われるような社会かしら”
「ちょっと、ペレスヴェータさん?」
精神世界で話しかけてきたペレスヴェータにグランディは抗議するが、まだ慣れておらず実際に口に出してしまい、皆から怪訝な顔をされた。
幸い、何と言ったかまで聞き取られていなかった。
”この男はたまたま運が良かっただけ。そう思わない?”
一度リンクしてしまうとレナートが傍にいる限りペレスヴェータはグランディに直接話しかける事が出来るようになっていた。
グランディはペレスヴェータを無視してヴォーリャに話しかけた。
「ヴォーリャさんはヴァイスラさんのお姉様の事を詳しくご存じですよね?どんな方だったか教えて頂けませんか」
「そりゃあ構わないがどうしてだ?」
「レンちゃんからちょっと聞きまして。それにもうちょっと貴女方の風習を聞きたくて」
「あー、じゃあ、ちょっと向こうで話すか」
かなり大きな個室だったのでメインのテーブル以外にも小さな机やバルコニー席もあった。
ヴォーリャは男性陣の目、耳を気にしてバルコニー席の方へ移動した。
◇◆◇
「で、どんな話が聞きたいんだ?」
”私に直接聞けばいいのに”
「煩いです。あ、こちらの話で・・・ええと漠然としていて済みませんが彼女の事ならなんでも教えて欲しいです。レンちゃんもとても怯えて・・・いいえ頼りにしていた方のようで」
「うん?レンが会ったことは無いぞ。ヴァイスラさんに聞いたのかな」
「多分そうです。で、どんな方なんです?」
「うーん。帝国人のあんた方はうちらの暮らしぶりを聞くと時々蛮族みたいだとかいって軽蔑してくる奴がいるからなあ・・・」
ヴォーリャは少しばかり話を渋った。
「結婚せず複数の異性と関係を持つことですか?知識としては知っていますし事情も弁えていますから気にせずどうぞ」
一般人でも七十歳を越えて生きる事が多い帝国と違って北方人の寿命は短い。
耕作に向いた土地は少なく、狩りの獲物も少なく、常に蛮族の脅威に晒されている。
先の大戦では一度に人口の三分の一を失い、人口を補う為に生き残った者達同士で次世代の子供達を作る事が急務でもあった。
「そうか?東方人なんか貞操がどうのこうのと煩いくせに複数の嫁さん貰ってたりすることもあるし、帝国人は一夫一妻制のくせに割と不倫多いだろ?アタイからすりゃおかしいのはアンタらの方じゃねーの?という気がしてなあ」
エンマはちょっと顔を赤くしているが、黙って話を聞いている。
もともと話を聞きたかったのはグランディなので彼女がそのまま会話を続けた。
「おっしゃる通りなんですが、いちおう建前は守らないとすぐに争いになってしまいますので」
ある程度の身分の貴族女性は政略結婚から逃れられない。
とはいえ後継ぎさえ生んでしまえば割と自由で、家庭によって夫婦それぞれお互い様、と不倫も見逃されている。結婚してから初めて夫と恋愛する幸せなケースもあれば、堂々と騎士と不倫する者もいた。
「面倒なこった。・・・まあいいや、ペレスヴェータさんの事だが、アタイが拉致られた時ヴァイスラさんは助けようとしてくれてたがパヴェータ族自体は総引き揚げを決めてた。ヴェータさんは決定に逆らって親しい男たちの部族をまとめて蛮族と戦って手痛い被害を受けて彼女も亡くなった」
「やっぱり亡くなっていたんですか・・・?」
じゃあ、悪霊かなあとグランディは思った。
「生き残りの話じゃどっかの湖底に氷の棺と共に沈めたらしい」
「どうしてそんなことを?」
「そりゃまあ周辺部族の決定に逆らって反抗作戦に出た挙句、有力な戦士達を皆死なせちまったからな。随分恨まれてた」
「彼女は族長では無かったんですよね?」
「ああ」
じゃあ、何故男たちは彼女に従ったのだろうか。
グランディは疑問に思う。
「皆、彼女の愛人だったんだよ」
「え?皆?何人ですか?」
「うーん、五百人くらい?」
ヴォーリャも当時はまだ若かったし、拉致されていたので詳細は伝聞である。
「そ・・・そんなにですか?」
”ふふん”
グランディに自慢げなペレスヴェータの声が聞こえてきた。
「彼女は生まれつき目も見えないし、口も聞けなかったが代わりに常人には見えないものが見え、聞こえていたらしい。長老の話じゃアヴローラ様よりも魔術の才能があったとか」
「アヴローラ様って北方候ですよね?」
「ああ」
北方候アヴローラの力は帝国魔術評議会の評議長である魔女イグナーツ・マリアをも上回るとされる。両者ともに百歳を遥かに超える魔女であった。
「貴女と同年代の方がそこまでの力を持っていたのですか」
「そうだ。だが、目も口もきけない事を侮られてしょっちゅう夜這いを受けてた」
結婚制度が無いヴォーリャ達の部族にとっては夜這いは当たり前の事だ。
基本的に戦いや狩りで家を空けている男たちの代わりに女たちが集落運営の中心だったので男女の関係性は女性の方が優位だった。
夜這いも女性から男にしかける事の方が多い。
女性達の多くは魔術に長けており、男に比べて肉体は脆弱だが決してか弱い存在でもない。
「まっ、なんて男たちかしら!」
体の不自由な女性に夜這いをかけた事にエンマは憤慨していた。
「そう思うだろ?でも実際はヴェータさんにコテンパンにのされて、男も女もすぐに彼女の夜這いを待つようになった」
「そう・・・やっぱり変わってるのね、貴方達。・・・え?ところで今何か変な言葉が聞こえたような」
「『女も?』」
エンマとグランディは同時に聞き流せなかった言葉に突っ込みを入れた。
「はは。まあさすがにうちらの中でも彼女は特別だったよ。彼女は目が見えない分、人の魂を愛するきらいがあって肉体の性別には拘らなかった」
”ヴォーリャは趣味じゃなかったから襲わなかったけどね?”
グランディにまたペレスヴェータの声が聞こえ、そして頬を撫でられたような感触がする。
「ひっ!」
「おいおい、そんなに怯えるなよ。彼女はもう亡くなったんだ。あんたを襲ったりしないよ」
「わ、私は異性しか愛しませんからね!」
「え?ああ。そうしてくれ」
ヴォーリャは何言ってんだ?という怪訝な顔をし、エンマも理解できないといった顔つきをしているがグランディには切実な問題だ。彼女に体を操る許可を与えてしまったし、媒介となるレナートの体を通していまだに魔術も使えている。何をされるかわかったものではない。
会食後、オルス達も皇都に宿を取って大会に備える事となり今後は毎日会える事になった。
◇◆◇
”というわけで是非貴女、レナートの嫁になりなさいな”
「レンちゃんの体を使って私に何するつもりなんですか!もう体を貸すのは終わりです!!」
グランディはこうしてアルメシオンへのささいな復讐を止める事になった。
「あ、レンちゃんがほんとに女の子になっちゃったの伝えるの忘れてた・・・」




