第21話 地獄の女神との対話②
あくまでも自分の娘の事に拘るエドヴァルドに呆れている者もあったがエイメナースは理解を示した。
「私の妹も殺されかけました。地上の亡者を操っているのは貴方達なのですか?」
「今の体はレナートというのじゃったか?彼女にも伝えたが、妾は何もしておらぬ。メルセデスに力を与えてやったがの」
「では貴女の指示ですか?」
エイメナースはメルセデスに向き直って改めて問うた。
「ええ、その通り。全ての亡者が支配下にあるわけではないけどね」
「何故そんなことを?私の妹の夫は貴女のひ孫にあたると聞きます。血縁者とその嫁まで殺すつもりでしたか?」
「いいえ、むしろ保護するつもりで婿殿のお兄さんを操っていたのだけれど制御から離れてしまって暴走したのよ」
メルセデスは世界各地の弟子達を通じて間接的に操っていたが、タルヴォは落雷でホルスのように自我を回復してしまい生前の欲望、バルアレス王国の王となる為に王族関係者を殺して回り亡者を指揮してアルベルドの領地にまで攻め込むに至った。
「叔父上はエーヴェリーンも殺そうとしていたのか?」
「そうでしょうね。だからその前に連れ去った」
「何処へ!?」
「秘密よ。貴方は父親として失格だった。これ以上個人的な事はもういいでしょう。この状態の世界が続けばどうせ皆死んでしまうのだし」
エドヴァルドがどれだけ食い下がっても無駄だった。エーヴェリーンを帰すつもりはないようだ。
これ以上しつこくなる前にエイメナースが話を戻した。
「さてレナートさんにはもう話したかもしれませんが、貴方達の目的はなんです?」
「地上を亡者で満たし地獄門無しでも地獄と通じるようにすることよ。そして地獄の鬼や怪物、亡者の信仰を集めるアイラクーンディアを死者の神、唯一の神として全ての神を殺しモレスを打倒させる」
アイラクーンディアも対象になってしまったが、地獄門は本来天神達に歯向かった怪物や神を閉じ込める結界である。現象界とこの一点のみ限定的に接続させる事で夢幻界のように不安定な異界が勝手に交わらないように固定されている。
「貴方達もこの理不尽な牢獄を見てモレスに怒りを覚えたのではなくて?」
殴られ、鞭で打たれていた河原の子供達はまだマシなほうで、地獄の亡者達は何度も拷問による死を繰り返す。
「この表層部にある地獄はまだマシな方。下層にいけばいくほど地獄は凄惨なものになっていくわ。どれほど苦しみ悶え、助けを求めても誰も聞く者はいない。正気を失っても新たな肉体を与えられてまた戻される。その光景を見れば貴方達も考えが変わるでしょう」
レナートも地獄の理不尽さには腹を立てていた。個人的な怒りはいったん置いて尋ねた。
「本当に貴女達がこんな世界にしたんじゃないんだよね?」
「無論違う」「違うわ」
アイラクーンディアもメルセデスも否定した。
「憎い相手には復讐もするが、興味の無い者を苦しめる趣味は無い」
しばらく黙って話を聞いていたイルンスールがとうとう口を出した。
「殺されるのは困りますけど、地獄をなんとかしたいのなら協力しましょう。わたしもモレス達には困っているんです」
「うむうむ。そうじゃろう。覚えておるか?お主は昔妾に祈っておった事を」
「え?」
「自分を売り飛ばし、暴力を振るった男達への復讐を祈っておったじゃろう?」
そういえばラリサにいた頃、復讐の女神に祈っていた時代もあったと思い出す。
「そなたの願いと共に奉納されるマナは実に甘美じゃった。自ら地獄に詣でに来るとは実に殊勝な心がけ。さあ来るが良い。せっかく生者の肉体を維持して訪れたのだから今日はマナだけでなくその体で喜ばせてくりゃれ」
「コラ!」
珍しく大人しくしていたエーゲリーエが自分のコップをアイラクーンディアに投げつけた。
エイメナースも咎めない。
「何をするか!」
「調子に乗るんじゃないよ。グラちゃんにも負けた分際で」
「ぐ、グラチャン?」
「レンくらいににしておいて欲しいなあ」
すっかり融合してしまっているが、記憶まで継承しているわけではないのでレナートは不満を漏らす。
「っていうかこいつらほんとに頼りになるの?レンちゃんにあっさり負けた連中がモレスを倒せる?亡者を増やして大分力を手に入れたんじゃないの?」
エーゲリーエの疑問に皆が確かにと頷く。
レナートもなんか思ったより弱かったねえと思い出す。死にかけ状態の火神の方がよほど手ごわかった。
「リーエ姉のいう通り、その体、そこらの亡者と同じ作り物ですよね。たくさんの神の魂や地上のマナがここに向かった筈ですけどどうなりましたか?」
イルンスールには唯一の神を作り出すどころか抜け殻のように見えた。
それにアイラクーンディアが答える。
「こやつが妾の体に無理やり世界中から搔き集めた魂を押し込もうとしたので体が吹っ飛んでしまったのじゃ」
さすがに不満そうだった。
「で、仕方ないから計画を修正して器を別に作る事にしたの。まだまだ時間がかかるから私は急ぐ気は無かったのだけれどシャフナザロフとその地上の協力者達は焦って暴走しているわ。地上に亡者を増やす事に協力はしたけど、全面的に賛成しているわけじゃないしそこまで焦っているわけじゃなかったの。だから私達にはシャフナザロフ一派の亡者はどうにもできない」
レナートはロスパーが地獄門を封鎖しておくよう言われたと言っていた事を思い出す。
「じゃあとりあえずいったん地上の事は置いておくとして、不妊の呪いは解いて。せめてボクとイルンスールさんだけでも。じゃないと協力しない。ここでぶちのめして集めた力はボクが貰う。で、モレスも倒して地獄も作り直して貰うなりなんなりする」
「え、わたし達だけ?」
「そ。今の地上の環境じゃ産まれてもどうせすぐ死ぬだけだから出生率?減らした方がいいんだって」
予め不妊の事を聞いていたレナートは妥協案を出した。
「そちらも構わぬのなら呪いを解こう」
「え・・・といいのかな」
自分だけ幸せになってもいいのだろうか、とイルンスールはすぐに同意できなかった。
「すぐに返答出来ぬのなら後でも良い。ひとまず下層にある唯一神の器を見に行くか?」
アイラの問いにこの場を代表してエイメナースが答える。
「そうですね。最終的にどうするかは地上の人間の王とも話す必要があるでしょう。本当にモレスに対抗できるのか見定めてからでも良いでしょうし」
妹達も頷いた。エーゲリーエは少しだけ口を出す。
「あんた、唯一神なんて作り出しちゃったら今の自分どうするの?」
「妾はもうこの仮初の体のままでもよい。神の力も要らぬ。愛する者達と新たな地獄の管理者となってもよい」
地獄の生活が長すぎてアイラクーンディアは今の環境でも別に構わなかった。
あっさりレナートに倒されるほど弱体化していた事、興味の無い素振りなどからも愛人であるメルセデスが首謀者で彼女の頼みで動いているだけのようだった。




