第20話 地獄の女神との対話
「久方ぶりよな、エイメナース。何用で参られた」
アイラクーンディアは開口一番そう発言した。
イルンスール達は法廷に入ったばかりで周りをろくに観察する暇も無い。
エドヴァルド達は周囲の怪物達を警戒し武器を持つ手に力を込めた。
エイメナースはふわりと浮き上がり、大法廷のもっとも高い位置に座るアイラクーンディアと対等な目線になる。もともと普通の人間よりもかなり大柄で巨人に近い彼女は、妹達と護衛を守る為に周囲の怪物の圧力を押し返した。
「今の貴女と会うのは初めての筈ですよ」
「確かに」
「まずは周囲の者を遠ざけて貰えませんか?わたくし達の護衛が過敏になっていますから」
「よかろう。そちらも下げるなら」
二人とも頷く。
エドヴァルドが何か言いたげなそぶりを察して、一応断りを入れた。
「使いの者からは彼の縁者がいると聞いています」
「うむ。その者は構わぬ」
数百の怪物と法官達が退席し、数人の女官達が残り席を整えていく。
割れた鏡の破片もこの時に片づけられた。
「話し合いをするのなら解放して貰えないかしら」
縛られたままのメルセデスは不満を言う。
まだまだ憂さ晴らしが終わっていないレナートは眉間にしわを寄せながらどうする?と視線でエイメナースに問うた。
「こやつは危険過ぎますぞ」
「縛霊索で封じている間はどんな術も行使できん。このままの方が良い」
イザスネストアスとマヤは解放に反対した。
下まで降りてきたアイラクーンディアは条件をつけて解放を頼んだ。
「お前達の望みは聞いている。その者も大きく関わっており話し合いで問題の解決をしたいのであれば解放して貰いたい。代わりに人間の軍隊に救助と物資を提供しよう。四肢を失った者も治してやることができる」
「なら話し合いの為に解放するとしましょう」
イザスネストアス達は不満だったが神の判断には逆らわなかった。
「こいつはボクと家族の人生を滅茶苦茶にしたんだ」
直接的な暴力を受けたわけではないので実感が薄く、自白したとはいえ本当にこいつが暗躍していたのか?とどうにも感情が空回りしている。落ち着いて理解したら解放を後悔するかもしれない。暗にイヤだとほのめかすレナートにエイメナースは優しく微笑んだ。
「話し合いの間だけです」
エイメナースはそういってメルセデスの額に種を埋め込んだ。
「なんです?」
「わたくしの意識が芽生えたころ、まだ世界には『泥』が多く残っており、母は種を植えて世界を創っていました。これはその残り。この者の体はその残留物ですからよく育つでしょう」
「相変わらず優しい顔をしてえげつない事をする」
アイラクーンディアは文句を言った。
「話し合いの為に一時的に解放するだけです。どうせその体、いつでも捨てられるのでしょう?」
「フン。まあよい。援助は約束通り送ろう。レクサンデリ、手配を」
頷いてレクサンデリは手配の為に退席する。
その際、マヤに協力を頼んだ。
「私一人で行ってもマクシミリアンは信用しないだろう。済まないが一緒に来てくれないか?」
「儂も信用しているわけではないが」
「信用せずむざむざ死亡者を増やすのはそちらの勝手だ、神々は同意している事を忘れるな」
「ちっ、いいだろう。だがもし儂らを騙せばダナランシュヴァラ、イルハンを殺す」
「私が無意味に人間を殺すとでも思ってるのか?どうせ殺すなら金になるやり方を考えてからにするよ。さっさと行くぞ」
◇◆◇
ようやく部外者が退席し話し合いの準備が出来てコンスタンツィアも出て来た。
生前と同じように古風なドレスを着ている。
「コンスタンツィア!本当にここにいたのか」
「エド。個人的な話は後にしましょう」
冷徹な眼差しも生前の通りだった。
「君が地獄にいるのは私のせいだと聞いた」
「ええ、その通り。でもわたくしはアイラクーンディアのもとでこうして仕えて地獄の責め苦を浴びているわけではないから気にしないでいいわ」
コンスタンツィアは早く席に着きなさいと促した。
「待ってくれ。まだ話したい事がある。エーヴェリーンが行方不明なんだ。君の娘だ!亡者達が襲ってきた後に姿を消した。君達は知っているんじゃないのか?」
「個人的な話はあとで、と言った筈よ。キリが無いわ」
「君の娘なんだぞ!」
「貴方が見捨てた娘でもある。わたくしが命がけで産んだのに貴方はずっと子育てもせずに仕事で殺し合いばかりしていた」
エドヴァルドはエッセネ領を離れて子供達をイザスネストアスに託し、帝国騎士として各地を巡って魔獣退治や戦争に介入していた。
「世界の大事を前に子供のことに拘るなら、何故10年も放置した挙句あの子が苦しんでいた時に何故助けなかったの?貴方に今さら娘の事を心配する権利があるとでも思ってるの?いますぐこの手で貴方の首を絞めたいくらいよ。この役立たずの間抜けはこの席に相応しくない」
コンスタンツィアは話し合いの邪魔をするだけなので退席させるよう神々に訴えた。
話し合えば理解できると信じていたエドヴァルドにその機会を与えなかった。
エイメナースも苦言を呈した。
「望んでいない事を強制することは出来ませんよ」
イルンスールも話し合いを始めるように頼んだ。
「お義父様。地上の亡者達を操っているのが彼女達ならエーヴェリーンの事も明らかになる筈です」
「ならまずはそのことから話して貰おう」




