第16話 ささやかな復讐
各地で激しい魔術の応酬があり、部隊間の連携の為に持ち込まれた広域魔術通信も使えなくなっている。
「状況がわからんがかなり窮地にあると思われる」
「ひとまず攻撃を止めて貰えばいいんだよね?」
アイラクーンディアとの交渉はマクシミリアンとイルンスールに全部任せるつもりで、自分がこんな形で先に突入するとは思わず、レナートは確認を取った。
「うむ。命令さえ出せればよい。他の連中は全て氷漬けにしても構わん」
「変な幻をみせた奴もそこにいる?」
「おそらく」
「そいつ結構前からちょっかい出してた?」
「君だけでなく多くの者を操って利用してきた。君の場合は神の魂を持つが故に地獄へ導こうと自殺するよう追い込んでおったのじゃ。失敗した所で悪行を行い自然と地獄に落ちる可能性が高くなるからのう」
「証拠はある?」
「儂が帝国宮廷魔術師長をしていた時にも調査したが、奴は記憶を消す事に長けておってな。なかなか痕跡を残さないが、完璧すぎるが故に幼い頃は完璧すぎる不自然という共通点があった。しかし、今はそんな話を悠長に語っておる暇はない」
地上に戻れば資料はあるがこんなところにまで持ってきてはいない。
魔術を使えばその場からマナが失われ、時間が経てば回復するものの、不足している要素があり検出が可能だ。
イザスネストアスは偽装や隠蔽、まやかしを得意とする魔術師であり、秘術を秘匿したい魔術師達にマナのバランスを強制的に整える薬品を調合して帝国魔術評議会に納品していた。
毎回毎回細かい微調整をする為に魔術を行使した現場に行けば、自分自身の痕跡も強く残る事になりそれの調整となるので誰でも扱える既製品が必要だった。
魔術を使った現場には周辺の土地のマナ、周辺の生物、強い力を持った人間の影響、行使した魔術の特性でバラツキが出る。自然な状態に戻そうとしても、自然自体が本来共通でない。
「確かに説明して貰ってもわからないからいいや。じゃあ・・・ボクだけじゃなくて周囲の人間にもちょっかい出してた?たとえばドムンとか・・・」
レナートはイザスネストアスの耳にこしょこしょと恥ずかしそうに話をした。
「ああ、そうじゃな。本人を操るのが難しい場合は周囲の人間に手を出すのが一番じゃろうな。彼が君に手を出した事を忘れて他の女の所に走るとか」
「え・・・俺?」
「気の毒には思うが、本気で時間がない。関わってられん。ストレリーナからペレスヴェータの話も聞いたが彼女が突然消えた事も奴が関わっておるじゃろう」
ペレスヴェータの事を忘れていたわけではないが、この件に関係があるとは思っていなかった。隠されていた遺体が暴かれたのでこの世に繋ぎ留められなくなったのだろうと解釈していた。強力な魔術師であるペレスヴェータも十分標的になるし、心の支えが無くなったレナートを追い込む事が出来る。
「わかった。じゃあ、ボクも本気出す。みんな下がってて」
地上で行使するには影響が大きすぎるのでどこまで力を出せるか限界まで試した事は無い。
今、初めて本気を出し、城を覆う結界を女神ごと破壊する気で門を叩いた。
◇◆◇
「おい、レン。はしたないぞ」
門を蹴り飛ばすレナートにオルスが声をかける。
「門なら俺が開けるから、ほら」
オルスが手をかけた途端、扉が開き始める。
その向こうには小柄で中性的な人がいた。
「こんにちわ」
「こ、こんにち?」
「こんばんわかな?まあ、どっちでもいいか。ようこそ地獄へ。門番の人はおやすみなさい」
声をかけられた途端オルスの瞳から意志がなくなり、亡者のように無気力になった。
「お父さんに何したの?ちょっとかわいいからって許さないよ」
「彼はアイラとの契約で門番になったの。門番が勝手に人を通したら駄目でしょう?」
「だからって・・・」
物腰穏やかな少年に調子を崩される。
「キミは誰?まず仲間に攻撃してる連中止めて貰える?」
「ボクはダナランシュヴァラ。エディが一緒だったら話が早かったのに」
「エディ?」
「バルアレスのエドヴァルド。生前は友人だったの」
「なんでもいいけどさっさと止めて貰える?」
「じゃあアイラに会う?」
「会う」
じゃあ、どうぞと案内された。
途中で女官が出てきて何かお飲み物でも?と聞かれたが断る。
「そうそう、大勢と会えるのは法廷しかないけど構わない?」
途中で振り返って問われた。
「いいからさっさとして」
「酷いなあ。武装したままでも案内してあげてるのに」
王の前ですら武装解除は当然だというのにここでは何も要求されていない。
イライラしていたレナートはさすがに礼を失したと謝罪する。
「ごめんね。キミに恨みは無いんだけどそこの女官達も巻き込まれるから逃げた方がいいかもよ。決裂したらとりあえずみんな凍って貰う」
「みんなもう死んでるし脅しにはならないと思うよ」
「むー」
レナートが冷気をちらつかせても穏やかなままで暖簾に腕押しだった。
ここは品のいい音楽と心地よい風が流れ、道中の悍ましい光景が嘘のようだった。
「さあ、ついたよ。どうぞ」
案内された大法廷の中央にアイラクーンディアが座り、近くは女官達で固められている。
中央の壁には斜めに大きな鏡が取り付けられていたが、何故か割れたままになっている。
装飾を凝らした調度品が並ぶ中で違和感があった。
ここにはかなりの力を持つであろう鬼や怪物と人間の役人風の者達が数百並んでいた。
レナートはこの場を一目見て一瞬で全員凍結させ、自分はアイラクーンディアの前に飛び、頭を掴んで要求を告げた。
「おい、いますぐ攻撃を止めろ」
急かしていたイザスネストアスもまさかいきなりこんな暴挙に及ぶとは思わなかった。
「わ、妾は・・・」
「返事は『はい』か『わかりました』いい?」
手のひらに氷柱を作り、返事を待たずにアイラクーンディアの額にずぶずぶと突き刺し始める。
「あとボクと友達に変な真似したのはどいつ?」
あっち、と指を差そうとしたアイラクーンディアだったがその手を踏みにじられた。
「視線だけでいい」
アイラクーンディアは視線だけで黒い古風なドレスを纏った少女を指した。
レナートは油断なく警戒しながらそちらに視線をやる。
「うわっ」
「え、なに?」
「こほん、何でもない。とにかく攻撃を止めろ」
「わかった。しかし妾は何も指示を出してない。全部あやつがやったんじゃ」
「え?」
「妾にはそんな力は無い。見ればわかるじゃろ?」
室内なのに白銀の世界に変えたレナートの力がこの場を圧倒している。
ここが本拠の筈なのにアイラクーンディアは抵抗出来ていない。
「じゃあ地上に亡者を溢れさせたのは?」
「あやつは死霊も操れるんじゃ。妾はこの世界に閉じ込めて使役するのが仕事でそんなことはせん」
「アンチョクスの蟲とかいうのを持ち出したのは?」
「た、たまに看守の不届きものが監獄で悪さをする奴がおるんじゃ。妾は知らん。生者が迷い込む事もある」
「むう、まあいいや、後で誰かに追及して貰うとして不妊の呪いをかけた?」
「それはやった」
ずぶずぶと容赦なく頭を抉り始める。
ドリルのように回転しながら頭の置くまでねじ込んだ。
「いたいいたいいたいっ!」
「何さこれくらいで。そこらの亡者はもっと酷い目に遭ってるのに」
「妾は地獄の管理をしておるが、刑罰を決めたのはアウラやエミスじゃ。妾が好きで亡者を苦しめておるわけじゃない!」
「フン、どうだか。それよりすぐに呪いを解け」
「それは後にせんか?今呪いを解いても地上の人間は食う物もなく赤子の亡者が出来たり、共食いを始めるだけじゃぞ」
フロリア地方では確かにそういう兆しがあった。人口を減らさないと今の気候では生きていけない。影響が大きいので良いのか悪いのか判断がつかず誰かに考えて貰いたい。
「むう、じゃあ後にするとしてそっちの子」
気になる事は多々あれどひとまず置いておく。
「メルセデスよ。親しい人はメーチェって呼ぶわ」
「ボクはレン。キミが攻撃させてるの?」
「そちらが軍隊で押しかけて来たから身を守ってるだけ」
「どうやったか知らないけどそっちが地上で悪さしたからでしょ。それに会話になったのはヴェルハリルとトウジャだけだったし」
使節を送るには地獄は危険過ぎるので門前まで軍団と共に来るしかなかった。
「どんな理由があろうとここは生者が訪れてはならない場所。そこへ押しかけてきて地獄の秩序を乱したのは貴方達。もし貴方達の好きにさせてアイラの権威が落ちれば地獄の秩序が乱れる。その結果、鬼達が指示に従わなくなり亡者達は地獄門から直接地上に出てさらに亡者が溢れる事になるわ」
「あっそう」
他の人はともかく別にレナートは困らない。
本気でどうでもよさそうだったのでメルセデスはいくらか戸惑ったようにみえた。
「とにかく攻撃を止めて」
「もう止まっているんじゃないかしら」
「何かしたの?」
「アイラが力尽きてしまって地獄の太陽が陰ってしまっているの。皆、引き上げてると思うわ」
「そうなの?でも使いは出して」
「ドゥルナス様、ちょっとお願いできます?戦いは終わりです」
蠅のような姿をして杖をもった怪物が頷いて飛び立っていく。
アルコフリバスもそれを追って飛び去った。
「間に合わなかったら許さないからね」
「一応森の女神達の所には穏健派が向かっているの。最悪の場合でも丁重に招待することになってるから脅かさなくてもいいわ」
「なら攻撃しなけりゃいいのに」
「先ほども言ったでしょう?無理やり従わされたら地獄の秩序が狂うのよ」
「ちぇっ、ずるいな。でもキミならおしおきしてもアイラクーンディアの権威は傷つかないよね?」
「え?」
「キミはものすごく好みだからこんなことするのは心苦しいけど、ボクものすごく傷ついたの。それこそ死にたいくらい」
頭に穴が開いたアイラクーンディアを捨ててメルセデスへ向かう。
「それは妾のじゃぞ!」
「この子が勝手にやったんでしょ?じゃあおしおきしてもいいよね?」
大法廷に尖った氷柱がいくつも出現する。
「そうじゃな。よいな!」
振り返ったレナートに脅されてアイラクーンディアも同意した。
逃げようとしたメルセデスをマヤが縛霊索で捕縛し、白い首筋に牙を立てて血を吸った。
「砂みたいな味じゃな」
「私も死者だからね」
「そのようじゃな。本当に自殺したとは思っておらんかったが」
縛り上げたままレナートに引き渡した。
恨みが溜まっている相手ではあるが好みの子なので複雑な心境だ。いまだに敵という実感が無い。
「イルンスールさん達が来るまで軽いおしおきをします。ドムンやペレスヴェータにしたことを白状しなかったら徐々に厳しくします。イルンスールさん達が無事じゃなかったらとても酷いおしおきをします」
とにかくやった事を吐かせなければ、と思いつく限りの尋問を開始した。




