第14話 地獄の魔女
レナートは自分の腹に生えた槍が信じられなかった。
その槍を持つ男を信じていた。
ごぼりごぼりと込みあがってくる血を吐き出しながら痛みに涙を流し口を開く。
「ここにはお父さんの孫がいるの」
「もう誰もいない」
オルスは娘の胸に足を当てて、槍を引き抜いた。
槍の返しで再び酷く傷ついた。
蹴り飛ばされたレナートは階段を転げ落ち、スリクが助ける。
「オルス!」「てめえ!」
ホルスとドムンがオルスに対して各々武器を突き出した。
オルスは簡単にそれを弾き、さらに壁伝いに後ろから襲ってきたエンリルさえも凌いだ。
大剣を持って遅れてやってきたアルハザードには銃撃を加え、取り出した時と同じように空中の小さな異界に銃を仕舞う。
「こいつ・・・。強すぎねーか、おい。地獄の女神の加護か?」
魔術なのか地形も自在に変化して盾となり、石礫や槍となって襲ってくる。
◇◆◇
「お前さんちょいと悪趣味過ぎやせんか」
この様子を睥睨している魔女に老魔術師が声をかけた。
「あら、まだ生きてたの?それとも死んでいるのかしら?」
小柄な魔女は日傘を傾けて老魔術師に視線を向けた。
「イザスネストアス」
「メルセデス」
第四帝国期最悪の魔女とそれを追った皇帝の宮廷魔術師長だった男。
「さんざん夢の中で人を操り、記憶を消してくれおって。なかなか捕まえられなかったがようやくお前の尻尾を掴んだぞ」
「いやね、尻尾なんかないわ」
ほら、と可愛らしいお尻を振ってみせる。
「イーデンディオスも死んだ事だし、アルコフリバス以外、私を見つけられる者などいないと思っていたわ」
「儂は出来ないからシャフナザロフへの暗示を断った訳ではない」
「ふふ、怖気づいたの?人に暗示をかけ都合よく操ったのは貴方達一門も同じ。いえ、私は貴方達ほど酷い事はしてないわ。イーデンディオスときたら人の心を奪いシャフナザロフにあんな実験をやらせておいて最後には心を戻してぽいっと捨てちゃうんだから。彼が壊れたのは貴方達のせいじゃないかしら?」
「さてはてイーデンディオスには皇帝の命令を拒否しろと言い渡しておいたのに奴は儂に黙って勝手にやっておった。そしてお前は実験の成果だけ掠め取った。誰が関与したのかな?」
酷い言いがかりだわ、とメルセデスは頬を膨らませた。
「貴方達はいつもそう。都合の悪い事は全部『悪人』がやった事にして蓋をしてしまう。争いに負けたというだけで地獄には多くの神が『邪悪な怪物』として押し込められた」
「それで?怪物どもを率いてモレスに戦いを挑むつもりか?」
問われたメルセデスはくるくると日傘を回転させ、思案してから返事をした。
「そうね。じゃあ共闘でもする?森の女神達もモレスに抵抗するつもりなのでしょう?」
「お主らは最後には全ての神を殺すつもりなんじゃろうが」
「そんなのモレスを倒してから考えればいいじゃない」
会話の成り行きで共闘の話が出たがお互い不可能だと思っている。
「それよりひとまずあの可哀そうな女神にかけた術を解いてはくれんか?」
「解かなければ殺す?ヴェレスの手を借りて」
精神暗示が得意な吸血蝙蝠の獣人達が周囲を包囲している。
そのうちの一体が背後からイザスネストアスの胸を貫く。
「ふむ。やはり彼女達では無理か」
イザスネストアスがその腕を掴んで投げ飛ばすと獣人の姿は消えた。
胸の傷も無い。
「さすがね。ここが何処なのか理解しているのかしら?」
「無論。ついに謁見が叶って妖精女王にご教示いただいた」
「はぁ、そういうことなのね。帝国人は妖精の森に入る事を禁じられていたのにズルくない?」
私も会って見たかったとメルセデスは不満を漏らした。
「お主の事じゃ。会いに行って見たことはあるんじゃろう?夢幻界に現象界の距離など関係無いからのう」
「あら、人間の認識に縛られている以上、多少は影響あるのよ」
老魔術師はちっと舌打ちを漏らす。
それは心の中での行動だったが、現実にもやってしまっていた。
「まだまだみたいね」
「ここには妖精姫と騎士もおる。お主では勝てんぞ」
「心の弱さはこの世界では致命的よ」
イザスネストアスの腕が捻じれて折れてしまう。
それは一瞬で元通りになる。
「あら」
「妖精女王に幻力というのを習ってな。マクシミリアンの奴も時々わけのわからん術を使っておったがようやく理解できた」
「貴方の実体を見つけたわ」
「そんなものはもうどうでもいい」
またメルセデスはぷうっと頬を膨らませた。
「命は大事にしなさいよ。スペアでも用意しているのかしら?」
「そんなもんあっても別の経験を積んだ別の人間が出来上がるだけじゃろ」
イザスネストアスは馬鹿馬鹿しそうに言い捨てた。
「不死の実現も形無しね」
「弟子に暗躍させていた所を見るとお主も結局使わなかったようじゃな」
「?彼女達は自分の意志で行動していただけでしょう?」
いちいち仕草が可愛らしいのでイザスネストアスも戦う意欲が削がれる。
「いい加減にして術を解け。話を聞いたところによるとお主彼女を地獄に落とす為にずっと虐め倒して来たな?」
「ええ、さっさと自殺してくれれば面倒は無かったのに。でもいいわ、結局こうして自分から来てくれたのだから」
「あまりにむごい」
「神の魂が人と同じように地獄に落ちるかどうかなんて試してみないと分からないじゃない?科学者としては当然の実験よ。実例がいくつか出来たから確信が持てそうだわ」
「霊魂を司る月の女神が亡くなった影響かもしれんぞ」
「あら、そうなの?道理でね。いい事を教えて貰ったわ。平民の男に分析手段を教えて貰ってからいっそう捗るわね」
次の検証はどうしようかしら、と楽しそうにしている。
「もはや人間ではないな」
「そう。地獄の魔女とは私のことよ」
メルセデスは楽しそうに大釜で魂を煮込む邪悪な魔女のそぶりをした。




