第11話 第153砲兵連隊と近衛騎士長ヴォイチェフ
帝国軍第153砲兵連隊。
魔獣に牽引させた砲兵を利用し始めたリーアン連合やガヌ人民共和国を警戒し帝国でも馬の品種改良を進めて頑健な騎馬砲兵の部隊を編成した。
帝国政府が崩壊すると各地の帝国軍は軍団基地に立て籠もり、騎馬砲兵が活躍することも無くなり、馬を維持する事が困難な時代になった為、多くは解散した。
だが、数少ない生き残りの部隊がいた。
それこそが第153砲兵連隊だ。
オレムイスト家の援助で維持されており、帝国内でも比較的寒い地域が駐屯地だった為、寒冷地対策を施し規模を縮小しながらも生き残ってきた。
フォーンコルヌ皇国を除けば数少ない中央大陸の生き残りが住む地域からの援軍である。
「誰も通すな!」
彼らは誇り高い軍人であり、皇帝選挙の争いにも加わらず実直に任務をこなしてきた。
首都を巡る戦いにも参戦する予定だったのだが、ダークアリス家がオレムイスト家に攻め込んだ時、軍団司令部から呼び戻されて結局何もできずに終戦を迎えてしまった。
守るべき民も国も無くなり、存在意義を失った軍団兵の多くは野盗に身を落として散っていったが、彼らは馬を食糧とすることもできたのにそうせず、生活が苦しくとも家族として大切に扱ってきた。
「我々がいる限り帝国は健在であると世に示せ!この日の為に我々は忍耐を重ねてきたのだ。天爵閣下は帝国再興を約束して下さった。誰も通してはならん!」
北方候の国葬時に連隊長も招待されて天爵の弔辞を聞き、弔砲の号令を取った事もある。
存在意義を失っていた彼らに再び命を吹き込んでくれた彼女の為に、彼らは東へ西へと移動しながら隙間から侵入して浸透しようとする鬼達を打ち払っていた。
◇◆◇
隊列が長くなり、前線も分散し始めた為、後方の陣地を引き払い近づいてきていたイルンスール達は足止めを受けていた。指揮を取る為にマクシミリアンも前線に移動していた矢先で周辺の守備は薄くなっている。
敵は弱いが数が多く、稀に強力な個体がいて各地の英雄といえども分散すれば袋叩きにされる。
広範囲に影響を及ぼす神器は乱戦では役に立たない。
こちらの統制下に入った亡者に命令を出して壁にすることも出来たが、軍事的には有効でも非道でありイルンスールにそんなことを頼む人間はいなかった。
相談されたラターニャはやっても良いとは言ったが、もし亡者への無体な命令で刺激してしまいアイラカーラとアイラクーンディアの力のバランスが崩れると何が起きるか予想できないと伝え、結局その案は放棄された。
この遠征には精鋭の魔導騎士が多くは剣されていたが、帝国軍は東ナルガ河流域奪還作戦やラキシタ家の乱などで帝国騎士の戦死者が相次いでおり、最後の大戦時には熟練の騎士はすっかり数を減らしていた。
最後の近衛騎士長もエドヴァルドに討ち取られており、引退して二十年以上経つヴォイチェフが生き残りを率いて参戦している。
北方圏出身の戦士であり、皇帝カールマーンに見出されて近衛騎士として仕え、近衛騎士長に登りつめた。エドヴァルドも留学時代に世話になっている。
既に齢80を越えているが、彼以外に帝国残存部隊をまとめ、東方及び北方諸国と交渉できる人物はいなかった。
そして皇帝の宮殿をドルガス相手に最後まで守り抜いた為、獣人側からも高く評価されており、奴が指揮するのであれば帝国残存部隊との共闘も受け入れるとドルガスから許可が降りていた。
最後にドルガスと戦ってから10年以上が経ち、帝国人の生き残りを率いてサウカンペリオンに移住して引退生活を過ごしており、すっかり体力も落ちていた。
「続け!砲兵隊に敵を取りつかせるな!」
◇◆◇
機動力に優れた騎馬砲兵隊はあちこちに転戦しながら突出する敵の頭を抑えていたが、疲労が激しくなりついに敵に前後を封じられた。
鬼達は火を噴く猛獣を放って砲兵隊の隊長を真っ先に仕留めた。
隊長は左腕を噛みつかれ、胸を深く爪で抉られながらも右手で持った短剣で眼から脳髄まで突き刺して相打ちとなった。
「ここが死に場所と知れ。総員ここで踏みとどまれ」
いつの間にか、本陣近くまで押し込まれている。
貴重な大砲をバリケード代わりにしてでもこれ以上後退は出来ない。
「帝国の歴史を醜いまま終わらせるな。勇気を示せ」
彼は部下にそう言い残し、火薬に火をつけて自爆して壮絶な最後を遂げた。
◇◆◇
救援が間に合わなかったヴォイチェフはそこで足を止め、銃兵を並べて隊列を整えた。
サウカンペリオンでの生活が許された近衛兵の生き残りや帝国騎士と従士、見習いは魔石をとりあげられていた為、多くの者が10年振りの戦いとなる。
今回、参戦するにあたって魔石を与えられたが、実戦自体が初めてという若者もいる。
「今こそ帝国軍の規律を見せる時だ。落ち着いて敵を狙い、号令を待て!」
ヴォイチェフ以外は武器も奪われていた為、長年木剣や木で出来た銃のおもちゃで訓練をしてきた。
行軍中にようやく実弾訓練が許されたものの彼らは肩身の狭い思いをしてきた。
「大丈夫ですよ閣下。俺達はよちよち歩きの頃から軍人を目指して鍛錬を続けて来たんです。10年やそこらじゃ体に染みついた規律は抜けません」
「そうです、ここは俺達にお任せを」
最後まで生き残った近衛騎士と帝国騎士が前衛は自分達が引き受けるので後ろから俯瞰して必要な指示を行うよう頼んだ。
「分かった。ケレスティン、アルバ。頼んだぞ」
大声を出すのも難しい年齢となり、乱戦に巻き込まれると指揮の役目を果たせない。
ヴォイチェフは少し後ろに下がった。
隊列を整えてから呼吸を整えてゆっくり前進した彼らに砲兵隊を貪っていた鬼達も気付き、両者の距離が近くなった。
「み、味方も逃げてきます」
踏みとどまって大砲を盾にしながら戦っている者もいたが、いくらかは味方を見てこちらに逃げ出した。銃兵隊の隊長は射線を妨害するな!と怒鳴っているが、まっすぐ逃げてくる。
「構うな。狙え。よく狙うんだ」
動揺する新兵にアルバは落ち着いて指示を出す。
「み、味方ごと撃つんですか?」
「それが軍隊だ」
敵の突入を許せば銃兵は蹂躙される。
味方を巻き添えにしようが、敵を突入させれば皆無駄死にだ。撃たねばならない。
「目を逸らすな。一発撃ったら、後退してヴォイチェフ閣下のいる丘から援護射撃をしろ。俺達は銃弾くらいじゃ死なん」
魔導装甲を貫通する為に開発された特殊弾丸と狙撃銃でなければ彼らは銃弾を浴びてもちょっと痛いくらいで済む。
「でかい奴は頭蓋骨が固くて一撃じゃ殺せない。学者の先生がいったように喉の下を狙え」
地を這うように進んでくる魔獣は無理だが、大鬼なら味方を巻き込まずに射撃できる。
落ち着きを取り戻した銃兵達は命令通りに射撃を開始して戦果を挙げ、後退した。
残った帝国騎士達は獅子奮迅の活躍をしたが、多勢に無勢で組みつかれ、押し倒される者も出てきた。彼らを救うために従士達が突入を開始する。
「馬鹿野郎!何故来た!」
「閣下のご命令です。もうあちこち敵があふれ出して丘も危ういんです!」
見上げればヴォイチェフも銃兵を守るために黄金の剣を掲げて戦っている。
見る者に勇気を与える神剣である。
「よし、戦いながら後退して合流するぞ!」




