第9話 小休止
ロスパーが見覚えのある風景を発見し、行軍再開の準備が始まった。
道路を整備し、要所要所に見張り塔を設置し、出陣前の景気づけの宴が催された。
フィンドル城で待機していたパーシアもフロリアから連れて来たお気に入りの歌姫を連れて慰問に来ている。レナートも楽団に参加して皆を労った。
「ふふ、獣人達も気に入ってくれたみたいで嬉しいわ」
エンリルも歌姫に張り合うかのように遠吠えを上げている。
レナートも演奏を止めてしばらくパーシアとの再会の時間を持って彼らの歌声を楽しんでいる。
「文化的な交流もいいもんだね」
「貴女も結構多才よね」
「お母さんに教えて貰ったんだ。気まずくてずっとうまく話せなかったけど、楽器の使い方教えて貰って二人で黙って弾いてる時間が一番幸せだった」
取り繕った白々しい会話よりよほど心が合わさってお互いが理解できた。
「ねえ、宴が終わっても私もここにいていい?」
「駄目だよ。危ないしお城で待ってて」
「別に最前線まで行ったりしないわ。ここで子供達の相手をしてるから」
「ここは本当に危ないんだって。森の女神様達もぎりぎりだったんだから」
「でも、お城だって安全とは限らないわ」
陽気なパーシアが不安そうにしているのがレナートも気にかかった。
「何かあった?」
城ではフォーンコルヌ皇家の姫の生き残りとして丁重に扱われている筈だった。
「あのダイソンっていう魔術師、裏切ってツィリア達を捕えて獣人の餌にしていたそうだけど、やっぱりなんだか気持ち悪くて」
あまりにも哀れだったのでスリクが忍び込んで様子を確認した時にトドメを刺してやったので何をしていたかは伝わっている。
「飛行船でやってきたスパーニアの援軍も、どうにも気に入らないわ」
「外国人だしねえ」
一時的に旅を共にしたソラ王子達がいれば良かったのだが、再び失踪したヴィターシャを追って何処かに消えてしまった。
「どうせ森の女神様達が死んでしまったら終わりなのだし、彼女達と一緒にいさせて?」
「しょーがないなあ。聞いてみるね」
「ふふ、良かった」
◇◆◇
その後、久しぶりに二人が天幕内で愛し合っているとエンリルもやってきた。
「あら、もう歌うのは止めたの?」
「あー、これ以上やっても喉がおかしくなるからな。あいつ大した奴だぜ」
「ふふ、貴方の方が遥かに立派な喉をしているのにね」
歌う事だけを磨き上げてきた人間の技術が狼を上回った。
「ああ、すげえもんだ。食っちまわなくて良かった」
エンリルも素直に歌姫の凄さを認めている。
「意外と清潔にしていたご褒美に梳いて上げるわ」
水神が二人もいるので水がふんだんに使えるようになり、遠征で不安視されていた水の問題は一気に解消された。衛生状態が悪化するとそれだけで軍団からは脱落者が増加するものだが、それが無くなり計画は予定よりも好転している。
「強い味方が出来たんですって?」
「あー。あいつレンに絡んでばかりでめんどくさい奴だがもうこれでアイラクーンディアの城まで敵はいないだろうな」
「絡む?」
「物理的にもな。やたらぬめぬめしてるし」
「無下にも出来ないからちょっと困ってるんだよねえ・・・」
抱き合うのが好きなレナートでもぬめった蛇はさすがに嫌がっている。
「そういうのもそのうち慣れるわ。後で洗えばいいんだし」
「パーシア様はさすがだなあ」
二人がかりでエンリルの毛並みを整えてやり、歌姫と争って荒ぶっていたエンリルの熱を冷ましてやった。
◇◆◇
しばらくして天幕から出たレナートは自分の護衛達を再編することにした。
「じゃあ、サイネリアさんとガードルーペさんはパーシア様と森の女神様達の護衛に残って。マリアさんはボクと来るよね?」
「ええ、勿論。ヴァイスラさんからも頼まれてますから」
女性騎士達は妖精騎士ゲルドのように他にもいるので森の女神の護衛としてわざわざレナートが貸さなくても良かったのだが、パーシアに不便をかけたくないので後方に残ってもらう事にした。
「スリクも残る?厳しいでしょ」
ナルヴェッラの指輪を持っているだけの一般人にこの戦いは荷が重い。
「俺もついてくよ。爺さんの世話もあるし」
と言いながらも視線はドムンの方に向いている。
「なんだよ」
「お前がまたレンを悲しませたら今度は俺が殺してやるからな」
「やめてよスリク。蒸し返さないで」
「お前だってこのまえ怒ってたじゃないか」
「もういいんだって」
イライラして冷気が出て来たのでスリクもそれ以上は何も言わなかった。
「ズラトウースト達北方戦士団も本陣の守りについていて。この方針で大丈夫かな?」
冷気を漂わせたままアルハザードに問う。
レナートもこれまで軍議には形だけ出席して来たが、ほとんど話は聞いておらずアルハザードに軍事的な判断は丸投げしている。ウィーグリフが戦死した為、戦士団の指導者はスヴェトラーナの弟のズラトウーストが継いでいる。
血縁関係はあるが北方人の文化の特性上ほとんど会話したことも無い。
「ああ、トウジャがいる以上前線にたいして戦力は必要ない。道の整備も終わったし、決着は一気に着く筈だ」
「じゃ、アイラクーンディアの城についたら人馬族の伝令が来るはずだからそしたらみんなで来てね」
「はっ」
サイネリア達は不満も漏らさずに命令に服した。
◇◆◇
話し合いの後でアルハザードは二人の女性騎士を呼んだ。
「何か?」
「本当に不満は無いか?」
アルハザードは自分だったら前線から外されれば侮辱に感じる。
「私はレナート殿の判断に従います」
サイネリアはカイラス族を虐殺した罪滅ぼしとして全面的に従うつもりだ。地獄の鬼や怪物達と戦って名声を得たいという欲は無い。
「私はエンマ様の依頼でやってきましたので、別に」
ガードルーペも不満は無い。
これまでの経歴でもガル判事に与力したものとして、対人戦闘が多く怪物退治は得意ではないし、興味もない。
「なんだ。つまらん」
価値観が違うのでアルハザードは拍子抜けした。
「そんなことをいう為にわざわざご自分の天幕に私達を引き込んだのですか?」
「私達が子供じみた反発を感じてパーシア殿を危険にさらすとでも?」
妙齢の女性二人は女癖の悪いアルハザードに今初めて反発心を感じた。
「ただの確認だ。本題は別にある」
「伺いましょう」
「姫さんはどうにもフィンドル城の居心地が悪かったらしい」
「それが?」
「ズラトウースト達と交代で時々地上に戻って状況を確認して貰いたい」
ツィリアとダンの無残な死にざまを二人にも伝えた。
「ダークアリス家を裏切った者達がまだ何かするつもりだと?」
「パーシア様の思い過ごしでは?彼らは独裁が過ぎて貴族達を使い捨てにして恨まれていたのでしょう?」
「それはそうなんだが俺も気になる。ただの勘だが」
「貴方も愛人だそうですが、目が曇っているのでは?」
破天荒な生き方をしているパーシアは実直な女騎士達から好かれていない。
総司令官の判断ならともかく、個人的な関係からの依頼なら聞きたくはない。
「皇家の人間は男も女も全員死んだ。生き残ったのはあの姫さんだけだ。あんなヤケクソみたいな人生送ってるのに生き残ってきた姫さんの勘なら多少は真面目に話を聞いてもいいと思うがね」
「ふむ・・・」
確かに、とサイネリアは頷いた。
「他に気にかかる点は?毒物の混入はかなり警戒している筈ですが」
地元人の彼らが物資の搬入を引き受けており、厳しい調査の後、地獄へ持ち込んでいる。
「地獄門も東方騎士達が抑えている筈です」
「だがもし城ごと爆破されて地下通路が塞がれたら?」
地上の司令部も設けてあるが、他人の城なので遠征軍は彼らの城を掌握していない。
「何のために?」
「知らん、適当に言ってるだけだ。このままだと要所を抑える兵力が足りなくなる。いずれ地上で待機している連中も呼び込む必要があるだろう。となると、残るのは連中の魔導装甲歩兵だけだ」
アルハザードも戦った事はないのでどのくらい強力な存在なのかは分かっていない。
並みの魔導騎士数人分の強さを誇ると聞いていた。
「小型のものは何体か来てるが、でかいのは入れないから地上に残ってるだろ。地上の司令部と戦力が逆転しちまう」
「ふむ、マクシミリアン殿には話しましたか?」
「いや、俺は東方の連中の事はよく知らん。スパーニアの連中とも親しいんだろ?」
「そうですね・・・。何かあったらどうしましょう」
「伝令が間に合わなければ森の女神達に相談してくれ。女同士の方が話しやすいだろ」
護衛として世話をしている間に親しくなることが期待された。
「なるほど。確かにマクシミリアン殿も彼女達には絶対的な信頼、信仰を寄せているようですしあちらから落した方がいいでしょうね」
「そういうこった。しばらく俺達と本陣、森の女神達と距離が大分離れる。レンの代わりに親しくなっておいてくれ。何せ世界の命運を握ってるのはあの一番ちっこい神様らしいからな」
「承知しました。もっと早く親しくなっておくべきでしたね」
レナートの仲介があるうちに親しくなっていれば良かったとサイネリアは後悔した。
二人とも実直な性格だったので任務に忠実に務め、距離を取ってろくに話もしていなかった。
「まだ間に合うさ。じゃ、頼んだぞ」
頷いて二人の女性騎士は下がり、レナートを誘って森の女神達のもとへ行く事にした。




