第3話 地獄の行進③
ザルリクが見つけた同胞の中にエレンガッセンもいた。
最初は虚ろだったが学者仲間が声をかけると徐々に我を取り戻していった。
「ギデオン、お前か」
「ああ、君は死んでいたんだ。分かっているか?」
学者として地獄に興味があったギデオンは地上で果たすべき役割は終えていたので志願してついてきている。
エレンガッセンは意識を取り戻し、状況を理解すると早速学者魂に火がついて自分の体を切り刻んだり実験を始めた。
エレンガッセンがいると聞いてやってきたレナート達はドン引きである。
「やあ、レナート君。ドムン。生前は迷惑かけたね。しかしこれからは大丈夫。何度死んでもすぐに生き返るし偵察は私に任せてくれたまえ」
地獄門付近で地上にはいない未知の怪物と戦い犠牲者が出たと聞いて学者勢は大張り切りだった。
「ブヘルス、この葦の河原の向こうに浮かんでいるのはなんだったかな」
「ハスです。再生の象徴ですね」
「ふむ、こんな環境で育つものかな?」
「いいえ、あり得ませんね。見た目は似ていても別の理が働いていると思った方がいいでしょう」
「ふうむ。となると動物達もやはり常識で判断するのは難しいか」
「とはいえ似通った部分もある以上、参考には成る筈です」
「確かに」
◇◆◇
基地が完成した後、ザルリク達に案内して貰いレナート達は再度進撃を開始した。
「この先に一見、岩の柱のようだがたくさん眼を持った奴がいる。眠ってるみたいだがひとつだけ開いた目があって逃げた奴が居たら怪物を呼ぶ」
ロスパーの知っている情報とも同じだった。
文明の利器、望遠鏡を利用して鬼の検知範囲外からそれを確認した。
しばらく観察していると、ちょろちょろ走り回っていた鼠が食べられたり、列を離れて彷徨っていた亡者が鬼に発見され滅多打ちにして連行されていた。
ロスパーの情報とザルリクの情報が一致したことでザルリクの信用が高まった。
「私がみた限り、アレは一体の生物ではなく岩に住み着いた群れだな。群れの一体が交代で付近を警戒しているのだと思う」
まだ遠いのではっきりとはしないが、複数の生命反応があるとエレンガッセンは言う。
マナが濃密になっている影響か、レナートが見てもその柱にはチカチカと複数の生命のマナが感じられた。
「じゃあ、全部同時に殺さないと警戒されるってこと?」
「そうなるだろうな」
先遣隊はザルリクから話を聞いた時、狙撃で片づけようと準備していたがエレンガッセンによるとそれでは駄目ということになる。
「これだけの軍隊がいるのだし、普通に倒してもいい気はするが大事にせずに片づけるなら提案がある」
亡者が道を外れなければ警戒されずに済むのなら、自分達が爆薬を持って近づいて爆破してはどうかと提案した。
「それはそれで目立つような気はするが、損するわけでもないしやってみるか」
先遣隊はエレンガッセンの案を採用してザルリクが実行し、見事爆破に成功した。
爆発音は可能な限り魔術で封じたおかげか怪物もやってこなかった。
いくつか同様の多眼柱があったので後続が通れるように片っ端から爆破して進んだ。
◇◆◇
「ほう、あれはイデルファサイに似ている。とてつもなく巨大だがあの大きく広がった角は攻撃の為だけではなく音を集める為にあるんだ」
レナートがそれは何かと問うと同盟市民連合にある薄暗いイデルファ渓谷に住むサイだと説明された。
「視力が退化していてちょっとした物音に反応して突撃してくる。ひとまず体当たりしてから考える厄介な奴だ。岩でさえ突撃して粉砕してしまう。あの巨体だと突っ込まれたら殺せても止まらずに後続が踏みつぶされてしまうだろう」
「岩を粉砕するような奴を殺せるんですか?」
「普通のものならね。神をも殺したという銃の威力を見てみたいな」
エレンガッセン達はわくわくしながら銃で狙撃しようと提案したが、ウィーグリフは却下した。
「ザルリク、ロスパー。アレはこんな所にいたのか?亡者の列がここにあったらそいつらも踏みつぶされてたんじゃないか?」
以前はこの辺りにも大行列があったと聞いたのに、見かけないので不審に思った。
「前は見かけなかったので踏みつぶされて変わってしまったんじゃないでしょうか」
二人とも知らない怪物だった。
「イデルファの人間はどうしてたんだ?」
「現地の人間は近寄らない。それに尽きるが帝国軍が学者を伴って捕獲作戦を実行した。渓谷の上に陣取って太鼓を鳴らすと反響してイデルファサイは音で混乱し身動きが取れなくなる」
それから薬で眠らせて、船で運んで帝都の動物園に輸送しようとしたが海上で暴れて船が沈没してしまった。他に赤ん坊を捕えた別の船が連れ帰って研究は成功した。
「では空を飛んで音で誘導してよそに行って貰おう。戦う必要は無い」
スィールのマントを羽織った女戦士が空を飛んでこの怪物を遠くにやる事に成功した。
レナート達の天馬は地獄門をくぐるのを嫌がったので連れてこれなかった。
◇◆◇
「変ね」
ロスパーは首を傾げた。
「?」
その先の溶岩地帯には溶岩の中を泳ぐ怪物や、離れ小島の牢に閉じ込められた『ナニカ』がいた筈だがいない、いまだに亡者の行列も見えない。
「竜っぽいのとか、巨人の体の一部みたいなのがあった筈なんだけど」
「いないならいないでいいじゃん。この溶岩地帯はどうにかしないとみんな通れ無さそうかな」
森の女神達の苦手な場所だし、大軍が通るには道が狭い。
急に活動が活発化したら全滅しかねないのでレナートと魔術師達が協力して一帯を冷却させた。
その作業中、水蒸気の中から赤い光が複数浮かび上がってきた。
怪訝な顔で覗き込んだ魔術師が飛び出して来た鬼の槍に刺し貫かれる。
頭から角のような炎を吹き出す牛に跨った鬼の騎士達だった。
「集まれ!集結して槍を構えろ!」
ゴーラ族のウィーグリフが大声で呼びかけをして密集隊形で槍を構え始める。
遅れた者は次々と串刺しにされてしまった。
敵は槍を構えた集団をすり抜けて魔術師を狙い、一撃を加えた後離脱していく。
横合いから駆けつけた竜騎兵達が射撃を加えて追いすがり、続いて奇声を上げながら東方圏の遊牧民達が出撃し、逃げる鬼に追いついて殲滅した。
「あの人たち祖先はうちと同じらしいよ」
「へー」
レナート達の部族は半定住の遊牧民で使う言語も違うのでもはや別の部族といっていいが少し親近感を覚えた。襲撃を跳ねのけ数日かけて溶岩地帯を踏破した。
「馬代わりに使われた牛、火神の戦車に使われたのに近かったな」
「怪物を手なずけたのかもね」
クラゲのような形をして空を飛ぶ怪物がいたり、奇怪な生態系が構築されていたが彼らは構わず道を急いだ。
◇◆◇
だんだん道らしきものが増えてきた。
その道の両脇には亡者が磔になっていて怨嗟の声が上がっていた。
眼は縫いつけられていて何も見えず、肌は捲れて赤黒い肉が見えている。
口も本来は縫われていたが、叫び声をあげるうちに切れたらしく、唇が血まみれだった。
「わかってはいたけど見ると聞くとじゃ大違いだね」
いちいち解放してやるような労力は割けない。彼らは怨嗟の声を聞きながら進むしかなかった。
夜、といっても赤黒い奇妙な太陽が浮かんで周囲を照らしているが、ともかく地上時間で夜の間に、精神に支障をきたした男が周囲の仲間を惨殺する事件が起き、魔術師によるカウンセリングが実施された。
「夢魔の手じゃな。眠っている間に意志が弱いものを操る。怪物なんぞより身内の方がよほど危険じゃ」
いつ、誰が襲ってくるかわからない。優れた使い手ばかりなので無傷で捕えて大人しくさせるのも難しい。
「お嬢ちゃん、迂回手段はないかね?」
「私は一直線の道しか知りません」
「しょうがないのう」
眠気を飛ばし、精神を高揚させる秘薬が使われて強行軍が開始された。
皆、目に隈が出来て病的になっている。
「お爺さん、どうにかならないかな?こんなのいつまでも続けられないよ」
「ふむ。では神域というのを作ってみてはどうかな。メルセデスの侵入があれば気付くかもしれん」
「他の神様の世界で出来るかなあ」
「アイラクーンディアは地獄に閉じ込められただけで、ここはもともとあやつの世界ではない」
そこでレナートの疲労を和らげる為に、移動型の神殿、要するに神輿を作って神域を展開したまま進む事にした。精神を惑わす魔術の介入を検知する度に、ロスパーやこの系統の魔術の得意なヴェレス族の獣の民達が祓って進んだ。
◇◆◇
総司令部はこれまで目立った抵抗が無い事に安堵しつつも、敵の意図を測りかね警戒を解かずに慎重に前線を進めていた。怪物と小規模な戦いがあったり鬼の騎士との戦いはあったものの、縄張りに侵入したから戦闘が発生したに過ぎず組織的で大規模な攻撃とはいえない。
だが、今回の夢魔の攻撃は生物としての本能的な敵対行動ではなく、明らかにこちらを排除する意志があった。
「こちらを攻撃してくれば捕まえてやったのだが」
妖精女王に特殊な技を教わっているマクシミリアンは夢の世界で攻撃されても反撃できる。総司令部がある葦の河原には森の女神達がいるので警戒してしかけてこないのかもしれない。
「仮に先遣隊を壊滅させた所で向こうの能力が分かるだけでさしたる影響はない」
レナートさえ無事なら全滅しても構わない。
「メルセデスは特に軍事には明るくない筈じゃが、先遣隊を素通りさせて油断させ、本隊を叩くのは素人でも考えると思うがの」
老魔術師は引き続き警戒するよう勧告した。
ザルリク達以外の虚ろな亡者達は簡単にラターニャの支配下に入った。
人為的な死霊魔術師の亡者ではない為か、他の亡霊達もイルンスールの指示に従って大人しい。
総司令部周辺に危険は無かった。
マクシミリアンはエイメナースにも現在の状況の見解を聞いてみた。
「怪物たちは神代に神々に逆らって地獄に押し込められたもの。アイラクーンディアでも支配下に収めるのは難しいのでしょう」
学者達があちこちで観察に徹した所、亡者を連行し、苦しめる役割を追った鬼達には組織的な行動が見られアイラクーンディアの支配下にあると思われた。彼らと怪物は時々戦闘を行っているので自然界の肉食動物と人間のようだった。
「以前ロスパーという娘がみた牢獄から怪物がいなくなっているという話が気にかかります。神代に軍神達と壮絶な戦いを繰り広げた怪物が封印されていた筈です。アイラクーンディアが単独で対抗できる怪物ではありません」
「襲われたらひとたまりもないね」
エーゲリーエも頷いた。
そんな事をいっている途端に付近で騒ぎがあった。
「敵襲!」
伝令が駆け込んで来たが、言われずとも皆分かっている。
「うーん、演劇の神シュバラはこういうの好きだねえ」
見上げれば天幕の上に巨大な鎌首をもたげた蛇がいた。
「ぴ」
それを見たイルンスールが立ったまま気絶した。




