第2話 地獄の行進②
「叔父さん?」
「叔父?知り合いか?」
知人のようではあるが、アルハザード達護衛は念のためザルリク達を近づけなかった。
「親父みたいだけど、微妙に違う感じもする」
「子供達が作った泥人形だからな。仕方ないんだよ」
スリクとザルリクが親子同士でお互い首を傾げているような状況なのでアルハザードは猶更警戒した。
「悪いが近づけさせるわけにはいかない。カルネアデス老師はどう思う?」
「話を聞いてみないとなんともいえん。警戒するのは当然だ、諸君はそれでいい」
ひとまず警戒しながら話を聞く事にした。味方の死霊魔術師やアルコフリバスに協力して貰えば真偽の判断はつくだろう。
「俺は気が付いたらここにいた。うろうろしながら手あたり次第に声をかけたが誰も返事は返してくれなかった。そのうち怪物が来て俺を亡者達が並ぶ列に引きずっていった。抵抗すると殺されて、またもとの場所にいた。今度は慎重に隠れて進んだらフートを被った連中が石の壁の中にすっと消えていった」
ザルリクは同じようにしてみたが通れなかった。
荒野を彷徨っていると人型以外の様々な怪物に殺された。
結局この辺りからあまり遠くへはいけなかった。何度も何度も繰り返し、そのうち知人の姿をした者を亡者の列に見かけて引きずり出した。
彼の努力で何人かはザルリクのように意識を取り戻した。
「ここらの連中は言う事聞かないと単純に殺しに来るだけだが、もっと先にいくと死なないように苦しめて楽しむ連中がいる。何人かつかまっちまった」
武器をもたない彼らにはどうにもならなかった。
その後スリクやレナートはいくつか身内しか知らない事を質問してみたが、はっきりした返答が帰ってきたりまるで答えられなかったりで本人かどうか確証を持てなかった。
◇◆◇
「どう思いますか?」
ザルリク達は現場で監視し、レナートやラターニャ達が地上に戻ってアルコフリバスや森の女神達に相談した。
「私の経験からいうと一部の記憶に欠落があるのは仕方ないな」
鳥に転生しているアルコフリバスは記憶に問題があるからといって本人ではないと断定できないと告げた。彼は別途保管している記憶を封じている魔石から知識を回収するまでの間は動物に近い行動しか取れなかった。
「いわゆる幽霊、霊魂は生前の行動に執着する。亡者として頭脳を取り戻しても傾向は変わらない。霊体に完全な記憶は引き継げない」
「ファスティオンという亡者の皇子はさすがにそこらの一般人と違ってマナスが大きかったから記憶領域も大きかったということかしら」
「おそらく」
ザルリクへの信用を失いかけていたレナートはほっとした。
(じゃあ、ドムンもそうなのかな・・・)
個人的な事なので考えを振り払って、もっと詳しそうな人に気になっている事を訊ねてみる事にした。先遣隊はその場に留まり、レナートは一端総司令部に戻った。
「そもそも地獄ってなんなんでしょう。カイラス族のみんなは被害者だし、妹も地獄に落ちるような事何もしていないのに」
皆の視線は神々に集まった。
レナートは一番親しいイルンスールに視線をやったが可愛らしく小首を傾げられた。
他の者達にとって元人間であるイルンスールの方が話しやすかったのだが、知らないようなので女神達の中でも長女にあたるエイメナースに視線が集まった。
彼女は巨人の体の一部である眼、指、涙、髪などから生まれた原初の神々の次の世代の神であり、特に古い神である。
「もともとは罪人を閉じ込めておく為の場所です。禁忌に触れた神や神々に逆らった竜のような怪物を。罪の無い人間を送るとは聞いた事がありません」
役に立たなかった。
「お姉様達は『神喰らいの獣』を浄化する為の封印世界に閉じこもっていたので、神々の抗争が終わった後の話を知らなかったんですよ。アイラカーラとアイラクーンディアが地獄の管理者となって変わったのかもしれませんね」
イルンスールがフォローを入れた。
「ああ、地獄門の一つは母が手を貸していた筈です」
エイメナースはひとつ思い出して付け加えた。
特に参考にはならなかった。
軍事的な判断は彼女達には出来ないのでどうするかの決定はマクシミリアンに委ねられた。
「何者かの意図があったとしても関係ない。予定通り情報収集しながら先に進む、その情報の持ち主が友好的な形で現れた。何も問題は無い」
「では、共に進むということで」
「うむ。警戒しながら地図を作りつつ進んで欲しい。道を外れなければ怪物は襲ってこないのであれば戦う必要はない」
◇◆◇
「ちょっといいかな」
地上に戻ったついでにレナートはイルンスールに一つ頼み事をした。
「なにかな」
「実はボクの妹らしき子がいて、出来れば祓って・・・眠らせてあげてくれないかな」
「全員って言われたら困っちゃったけど、妹さんだけなら貴女の中で眠らせてあげる事はできると思う」
「ありがとう、じゃあ降りてきた時にお願いします」
その後しばらくは物資集積所の建設の為に先遣隊と後続の足が止まった。
退路が断たれるのを防ぐ為に、地獄門付近の怪物は排除すべきという声が大勢になりその戦いで数名が亡くなった。
◇◆◇
行軍が再開される前に、イルンスールも地獄に降りてきて約束を果たしてくれた。
「イルンスールさんありがとね」
「いいのいいの」
森の女神が地獄にやってくると、血塗られた暗い河原にも緑溢れる清浄な大地となり徐々に周辺にも広がっていった。小鬼達は逃げ散り、子供達もようやく泥を捏ねるのを止めて女神達に懐き始めた。
「できれば全員祓ってあげたいけど、アイラクーンディアの束縛が強いからさすがにね」
「うん。決戦前に力尽きちゃ駄目だよね」
こちらを疲弊させる為の作戦だという声もあった。
ロスパーの見た所以前と光景は変わっていなかったし考え過ぎだろうと思ったが、一市民が意見をいう機会など無かった。
「死んだ後も苦しむ地獄なんて良くないよ。もちろん貴女が関わってないのは知ってるけどどうにかならないかな?」
「だいじょうぶ、どうにかするから」
「どうやって?」
イルンスールは微笑んで曖昧にして答えなかった。
「この先、道が分かれるみたいだしアイラクーンディアのお城への道が開くまでわたし達はここに残る。戦いは任せちゃってごめんね」
「いいのいいの。そういうの得意だし」
「水先案内人のロスパーさんに少しだけ力を貸してあげましょう」
そういってロスパーに加護を与えてくれた。
「ここでは誰もが亡霊を見る事が出来るし、実際にちょっかい出してくると思うからそれで遠ざけて身を守って下さいね」
「ありがとうございます」
ロスパーは地獄から戻ってきたという事で案内人として先遣隊に入れられた。
しかし戦闘力も無い一般人なので心細い上に、周囲には信用されず監視されていていたので森の女神の心遣いは有難かった。




