第35話 理不尽な力②
レナートはジーンのお墓を用務員に聞いて冥福を祈った後、夕方になってから木の後ろに隠れて下校する生徒を待ち構えていた。
何してるのかしらあの子、と近くを通りがかった他の生徒達は見ていたがレナートはじっと獲物が来るまで息を潜めている。
ようやく獲物・・・アルメシオンが見えると靴下に石を詰めてヒュンヒュンと激しい風切り音がするまで回転させてからえいやっと投げつけた。
幼児とはいえまともに歩けるようになる頃には同時に乗馬もこなす遊牧民の子だ。そこらの平民の子とは違った。心配気に見ていた女生徒もまさかアレを投げつけるとは思っていなかった。
投石はなかなかの腕前で目標たがわずアルメシオンの頭にぶつかった。
しかしアルメシオンはちょっと頭を小突かれたぐらいにのけぞっただけで特に怪我はない。
一般人なら額を割られているような威力だったにも関わらずに、だ。
「このやろー!」
レナートはくじけず用意しておいた物干し竿を構えて突進していったが、アルメシオンは普通に歩くフリをして竿で突かれる寸前でステップを踏んで避けつつレナートを蹴り飛ばした。彼のつま先には魔力が込められており、レナートは鞠のように弾んで吹っ飛んでいった。
それはまるで冗談のような光景だった。
冗談では済まないような不意打ちをかました子供相手とはいえ、常人の常識では幼児相手にやっていい事では無かった。小さく可愛らしい口に不似合いなうげえという声が漏れ、何かが折れたような鈍い音が聞こえて小さな体はすっとんで行き、下校中の生徒達は大きく目を開いて驚いた。
たまたま何やってるんだ?アレ?と見ていた男性生徒が空中でレナートをキャッチして、地面に激突するのは防いだが、それでも重傷だった。
「お前、なんてことをするんだ!誰かこの子を頼む」
生徒の一人が頷いて医務室へ気絶しているレナートを運び、レナートを助けた男子生徒はアルメシオンを問いただした。
「おい、聞いているのか!あんな風に子供を蹴り飛ばして何を考えてるんだ!」
「なんだぁ?誰かと思えば自治会長サマじゃあないか。俺に何か用か?」
「『何か用か?』だってふざけるなよ!今自分が何をしたのか分かってないのか?頭おかしいだろ!!」
詰問に対してアルメシオンはすっとぼけて答える。
「はぁ?俺は普通に歩いていただけだぜ。ゴミでも蹴とばしたかもしれないが、それは掃除をサボった学院のせいだなあ」
アルメシオンは犬のフンでも踏んだかな?と足をちょっとひねって靴の裏を見ている。
「ふざけやがって。朝、何か騒ぎがあったとエンマ様やパーシア達から聞いたがお前だな!」
「だったらなんだよ。マッカム。お前が将軍の子だからって平民に俺を咎める権利はないぜ」
要衝を抑える将軍は平民出身でも一代限りの貴族の特権を認められているが、その子のマッカムには無い。
「馬鹿を言うな!目の前で起きた犯罪だ。現行犯だぞ。平民だろうが誰だろうが訴える権利はある」
「犯罪かどうかなんて解釈次第だなあ。どう思う、お前ら?」
アルメシオンは周囲の生徒に尋ねた。取り巻きは子供が武器を持って危害を加えようとしてきた、小さすぎて見えなかった、悪いのは平民の子供、といい気弱な生徒はアルメシオンを恐れて何も言えなかった。
「ほらな。証人もいる。だーれもお前の味方にはならないぜ。それとも親父さんに泣きついてみるか?」
「馬鹿にするな!」
「じゃあ、どうする?現行犯だってなら自分で取り押さえてみるか?それともぴーぴー泣き喚くだけか?ほら、かかって来いよ」
◇◆◇
夕方にエンマとグランディは相談してオルスの知人でもあるケイナン教授に掛け合い学院側にも今朝の状況を伝え、それから書面で学院側に状況を改めて提出し学内での暴力について注意をして貰う算段をつけ、とりあえずはそれで良しとした。
さて、帰ろうかというときになって学院の正門付近での幼児とアルメシオンのトラブルを聞いて慌てて現場にかけつけた。レナートは既に医務室にいたので行き違いになっている。
彼女達が現場についた時には男子生徒同士の喧嘩になっていた。
一足先に現場にいたパーシアが二人に状況を伝えた。
「まあ、何てことかしら。レンちゃんったら本気だったなんて」
「本気って?」
グランディは昼休みにレナートが復讐に燃えていた事を伝え、二人は呆れた。
「アルメシオンも頭がおかしいと思っていたけど、あの子も普通じゃないわね・・・」
「そうね。復讐するならちゃんとアウラとエミスの神官と裁判所の許可を貰わないと」
「いや・・・そういう問題じゃないでしょう。エンマ」
この国は法と契約による秩序を重視する国で勝手な復讐、私闘も犯罪となるが当人同士が納得し行政からの許可も出ている場合は復讐決闘法に基づき特別に許諾が降りる。
「で、レンは無事なのかしら?」
「大怪我らしいわ」
「じゃあ、なんで呑気に見物なんてしてらっしゃるの?」
「私が見舞に行っても役に立たないもの。それよりマッカムは意外にやるわね」
両者ともに将来武人になるべく戦闘訓練を積んでいるが貴族と平民では戦闘能力に大きな差がある。平民軍人の役割は雑兵をまとめる下士官か参謀であり、直接戦闘能力は重視されないがなんとか食らいついている。
マッカムの攻撃には魔力が付与されていない為、打撃はほぼ無効であり、反対にアルメシオンが軽く小突いただけでもマッカムには致命的な打撃になりかねずまともに受ける事は出来ない。
マッカムは必死に攻撃を捌き続けて、苛立ったアルメシオンの大振りの一撃を逸らすと同時に飛びついて両足でぶら下がるようにして地面に引きずり倒して関節技に持ち込んだ。
「こいつ!」
腕力では関節技を振りほどけず、アルメシオンは手足に魔力を込めてそれを地面に叩きつけた反動でマッカムと自分の体を宙に持ち上げた。
そのまま回転してマッカムの体を地面に叩きつけようとするも、マッカムはその回転の力に逆らわずさらに利用してそのままアルメシオンを投げ飛ばした。
自分で込めた魔力の力を利用される形でアルメシオンは校舎の壁に叩きつけられ、そのままぶち抜いて学外まで放り出されてしまった。
壁の向こう側では驚いた通行人達の声がしている。
「やるわねえ。さすが将軍の子」
女生徒達と平民の男子生徒達は感心して拍手しマッカムを讃えた。
「あっ、見ててくれました?エンマ様、パーシア様」
「ええ。大したものだわ。貴方なら平民でも騎士になれるかもね。その場合お父様の後は継げないでしょうけど」
「俺は頭悪いから将軍なんか向いてないし、騎士契約を交わしてくれる人がいるならそれでもいいっすよ!」
「でもちょっと戦い方が泥草過ぎるかしら」
期待に目を輝かせているマッカムに女性陣は苦笑して答えた。
格闘技も必要だが、それで騎士になれるわけでもない。
えぇぇ、と露骨にがっかりするマッカムの目には見上げる女性への恋情がほのかに見えて女生徒達は熱血少年を微笑ましく思った。
◇◆◇
グランディ達はこれで騒ぎは終わったかと思えばそうではなかった。
野次馬を押しのけてアルメシオンが再度現れた。
「てめえ、マッカム。まさか勝ったつもりじゃないだろうな」
石壁をぶち抜いて吹っ飛んでいったにも関わらずアルメシオンは軽傷で、怒りを露わに近づいてくる。血走った目つきで尋常ではない様子に女生徒達は悲鳴を上げて道を開けた。
相手に殺気を感じたマッカムもエンマ達にでれでれとしていた顔つきを引き締めて向き直った。両者ともに本気だが、マッカムの方には相手に対して殺意まではないのに対しアルメシオンには殺意があった。
これはさすがにやばそうだと感じ、傍観していたアルキビアデスが二人の衝突を止めた。
「そこまでだ。やめておけアルメシオン」
「しかし、殿下!平民風情にここまで舐められて・・・!!」
「子供同士の喧嘩ならともかく、将軍の子を殺したら兄上もお前を庇ってやれないぞ」
「くそっ!」
アルメシオンの瞳にようやく理性が戻り、周囲の生徒に当たり散らしながら帰っていった。




