番外編③:母と娘
「アルヴェラグスの所に行く前に帝都に寄って援軍を回収して貰いたい」
「?まあ別にいいですけど」
月の舟なら大した距離でもないのでイルンスール達はヴェーナに寄った。
かつての皇帝の座所である宮殿で会ったのはマクシミリアンとマリア、それに見知らぬ女性だった。
「まっ、騙したんですね」
「騙してはいない。約束通り仲直りしたそうだ。それに君の実の母親だ。会いたかったんだろう?」
マリアの腹違いの姉であるマーシャ。
マクシミリアンの種を孕んだ為、マリアに追手を差し向けられ幼い子を祖母に預けて逃亡していた。
「本当にお母さん?」
「ええ。御免なさい。貴女との関係が分かるとまた面倒になるかと思って言い出せなくて」
「そうですか」
しばらく沈黙が流れる。
重い空気に耐えられなくなったレナートがつつく。
「いいの?お母さんなんでしょ?何かよくわからないけどずっと探していたんじゃ?」
自分と母親の『初対面』のシーンは涙を流してお互い抱き合う感動的なものだったとレナートは思い出す。
「小さい頃は会いたかったけど、今更お母さんが出てきてもねえ」
お元気でした?ええ、と会話が続かない。
「まだ小さいじゃん。遠慮せず甘えればいいのに」
「いや、この子は神格上幼児なだけで実際の年齢は・・・」
言いかけたマクシミリアンに雷が落ちる。
「え?」
レナートは空を見上げるが頭上に雷雲は無い。
「おだまりくださいね」
イルンスールが微笑を浮かべながら口封じした。
「この子の神格ってなんです?」
「若さ、幼さを司る女神だ。同時に雷神でもある」
妙に冷え冷えとしている一家に代わってエドヴァルドが説明してやった。
「へー、いいなあ。ずっと若いままなんですか。どうしてそんな神格を?」
「この子と再会した姉神達が成長していた妹を残念がって末の妹らしく小さいままでいろと押し込めたようだ」
「無茶をしますねえ」
改めてみると確かに可愛らしい。
自分でもファノがいつの間にか大きくなっていたのを残念に思ったものだ。
抱き上げたくなってそわそわし始めた。
「何か?」
「えっと、抱いてもいい?」
「どうぞ?」
北方系の血が強く長身で体もしっかりしているレナートからするとイルンスールは確かに子供のようだった。抱きやすいように少しサイズを小さくした。
「うふふ、暖かいなあ」
調子にのって頬ずりするとさすがに嫌がられた。
そんな彼女達を周りの大人達が注目している。
「素直に抱けばいいのに」
ちょっとした嫉妬の感情を感じた。
「あ、あの。イルンスール?」
「はい?」
マーシャがおずおずと歩み出た。
「長い間、放っておいてムシが良すぎると思うのだけれどわたしのこと恨んでいないの?」
「恨んではいませんが、複雑ですね。お母さんはずっと幽閉されててわたしより酷い環境にいると思っていたから」
逃亡して名を変えて新聞記者をやって人生を満喫していた。
イルンスールの方は保護してくれた人が亡くなって、預けられた神殿の管理者が代わったことで虐げられて、凍死して姉達の世界に迷い込んでしまい、その後、姉神達の力で息を吹き返したが、現象界ではその後も悲惨な人生を送り姉に再会する事だけを希望として暮らしていた。
「村八分にされてやっと出来た友達には裏切られ奴隷商人に売り飛ばされて片目はほとんど見えなくなるまで殴られて、膝は砕かれてまともに歩けなくなるし、成人しても時々気絶するくらい頭を殴られたし」
「それは酷い。こんな小さな子を」
「あの時はもっと小さかったねえ」
「酷いね!親はなにしてたの!?」
両親と叔母は恥じて俯いた。
「これからはボクが守ってあげるからうちの子になりなよ」
「いや、もう結婚してますし。大丈夫です」
「へ、変態だ!そんな男より」
「待て待て」
同情心で盛り上がるレナートをエドヴァルドが押し留めた。
「東方圏ではこのくらいの背格好の成人女性はいくらでもいる。それとうちの息子だ」
さすがに小さすぎたが息子の名誉のために少し嘘をついた。
「あ、そうなんですか?」
「うむ。気持ちだけは有難く受け取っておこう」
抱き合う事が何よりも好きなレナートは喜んでいたが、イルンスールは氷神の冷気を感じて少しむずがった。
「嫌がっているようですが」
マーシャが遠慮がちに言う。
「やっぱ駄目?」
「お肌はしっとりしていて気持ちいいんですけどね」
イルンスールの方からぺたぺたと触って弾力を楽しんだりもしているので別に嫌がっている訳ではない。
「心配なら自分が奪えばいいのに」
そわそわしている親達に向けてレナートは白い目を向けた。
身内なのでヴァイスラには甘い態度を取ったが、冷静に考えるとやはり親としてコレは駄目だと思う。
結局両親より先にイルンスールを奪ったのはマリアだった。
相手にあわせてイルンスールは体を縮めた。
「御免なさい、私ったらあの頃は何を考えていたのか。こんな小さな子を」
「お立場もあって苦しかったんでしょう?こっちの親達が隠さずちゃんと結婚すれば良かったのに」
イルンスールは非難するかのようにマクシミリアンとマーシャを指差した。
「勘違いしないで欲しい。隠して付き合っていた訳ではない。二人とも納得して望んで付き合っていた」
「貴方の立場の方が圧倒的に上なのに?」
イルンスールの目には姉妹両方を手に入れて強権を振りかざす超大国の王と言いなりになった小国の姫にしか見えない。昔は感動したお話だったのだが、実態はどうも違うらしいと幼い頃の夢が打ち砕かれてまだ怒っている。
「あのね、マックスの言う事は本当なの。わたしは愛妾の娘だったから地位が低くてウルゴンヌの将来には良くなかった。スパーニアとの戦争で少し出しゃばって庶民の人気も出てしまったから国が割れると思って出て行ったの」
地位の低いマーシャの方が姉であり、一部兵士や貴族の人気も高い。
彼女が王子を産むと不味い事になった。
「旧スパーニアの一部を併合したが、当時はまだ彼らの方が力は上だった。力がつくまでマリアとその子にウルゴンヌの国力を集中しなければならなかったのだ」
「それでわたしが殺されそうになった、と」
「「御免なさい」」「すまん」
めんどくさい関係だ、自分は平民で良かったとレナートは心から思った。
多少は怒っているが娘の方も許しているようだから素直に抱けばいいのに。
「マリア様の誠意は伝わってきました。返礼を差し上げましょう」
イルンスールがそう言うとマリアの見た目が初老から中年女性くらいにまで若返る。
「これは・・・?」
「これ以上小さくなるのは嫌ですけど、わたしは重たいでしょうし」
もう少しだけ体を小さくしてマリアの好きにさせた。
「大丈夫、重たくなんかないわ。私が復縁して認知した以上貴女はフランデアンの王女。私の子となるのですから」
マリアはそう言ってしっかりと力を込めて抱きしめた。
マーシャは公式の立場を拒否して愛人のままだったが、マクシミリアンはれっきとした王だったのでその娘であるならマリアの子とする意向だった。
「今度の件が片付いたら私の隠居領の相続人を貴女にしましょう」
「お気持ちは有難いんですけど、そういうのは必要としていないので」
「そう?出来る事があったらなんでも言ってくださいね。私は男の子しかいなかったから娘が出来て嬉しいわ。ムシがいいけど、許してくれるかしら」
「勿論です。これからはお義母様ですね」
人間の世界ではエドヴァルドの養女のままだったが、家出して義理の弟と結婚したのでややこしい事になっている。
「後の世の人がどう思うかわからないから君の事はフランデアンから嫁に来たとエッセネ公家の歴史には記載しておこう」
何百年も後の人間は最初から許嫁としてやってきたと解釈するだろう、と考えてエドヴァルドは後にそう指示しておくことにした。
「最初から貴女を引き取って養女にすれば良かったんだわ。私ってなんて馬鹿だったのかしら」
「えっと、わたしがお腹を痛めて産んだ娘なんだけど・・・」
口を挟んで来た産みの母を二人は冷たい目でみやる。
「「捨てたくせに」」
マリアとの関係は正常化したが、マーシャとはまだしばらく時間が必要だった。
レナートのついでのノリでマリアの方に移動したがさすがに気恥ずかしくなってイルンスールは降ろして貰った。
残念ながら両親は娘を抱く機会を失った。
誤字チェッカーがイルンスールをインストールにしようとする・・・!




