第47話 不意の遭遇
シェンスクにエンマを連れていくからニキアスも呼ぶように使いを送り、レナート達はエンマを乗せて一度ウカミ村に寄った。今度こそヴァイスラには村に残って貰う。
「私ならもう平気よ」
「ダメダメ。体は治っても霊体はぼろぼろなのが見えるもん」
「少し休めばすぐ元通りよ」
強気なヴァイスラだが、深刻そうなレナートの顔を見て声音が段々と尻つぼみになっていく。
「どうしたの?」
「大事な人が傷ついて、死んでいく度に何のために生きているのかわからなくなる」
仲直りしてからも微妙に距離をとってずっと抱き着いた事もなかったレナートだが、久しぶりにそっと寄り添った。
「ボクはみんなみたいに心が強くない。世の中もどうでもいい。身近な人とひっそり生きていければそれでいいの。もし全部うまくいってもお母さんやファノがいてくれなかったらボクが代わりに世界を滅ぼしちゃうよ」
「はぁ、ならもう愛人ばかりつくるのはやめなさいな。どうせ満たされないんでしょう?」
当面療養が必要なのは事実なのでヴァイスラが引き下がってグランディやファノ達の面倒を請け負った。
皆は村にいなければカイラス山だろうと思ったが、はたしてまだ村に何人か残っていた。
ヴェルハリルによって村は破壊され、土地は汚染された筈だったが今は一面花畑になっている。
「お姉ちゃん」
「ファノ。どうしたの、これ?」
人の技でこうも短期間に回復するとは思えなかった。
「神器でも借りたの?」
「神獣?かなあ」
花が咲き始めている光景をみたヴァイスラも自分の目が信じられなかった。
「鹿の群れがやってきてね、その子達が通った後がお花畑になったの」
「へえ、不思議だねえ。精霊さんでも一緒に来たのかな」
ケルダンドやタルトムードが異界化した時に怪物が出現したが、第二世界から精霊も現れている。
「そうね。他の世界は怪物ばかりじゃないのかも」
「でもちょっとね」
「どうかした?」
ファノはちょっと困った顔をした。
「果樹園に居座って片っ端から食べちゃってるみたいでサリバンさんが怒ってる。大事な食糧なんだけど」
「ありゃあ、花は食べられないしねえ」
後で穏便に出て行って貰う事にしてグランディの事を頼んだ。
「この後地獄に行って来るからお姉ちゃんの事お願い出来る?」
「いいよ」
「カイラス山のボクの家、使って貰っていいからお母さんと一緒に・・・あ、ラスピーと結婚するんだって?」
「うん」
ふーん、と後ろで小さくなっているラスピーを白い目で睨んだ。
「昔は大きくなったらボクと結婚するとか言ってたのに」
「お姉ちゃんにはエンリルいるでしょ。それよりこれ」
一つのお守りを渡してきた。
「これ、シュロスさんの・・・」
「お爺ちゃんが大事にしてた聖印。少しだけ時間を操れたんだって」
「どうしたの?シュロスさんは?」
「亡くなった。何度も時間を止めすぎて心臓に負担がかかってたみたい。神器から神の存在を感じられなくなったって嘆いてた」
「そっか。これまでちょっと頼り過ぎちゃったな・・・」
「そうね、オルスの事も何度も危険から守ってくれていたのに」
ヴァイスラも残念がった。
もう70歳になる年寄りだったので亡くなるのは仕方なかった。
「お墓は?」
「カイラス山にある」
「じゃ、このあと寄ってからシェンスクに行く」
「あれがエンマ様?気さくな人なんだ」
彼らの後ろで舟から降りてきたエンマが村の様子を確認していた。
「結構厳しいよ。じゃ、ボク鹿さん達見てくる」
◇◆◇
土地を癒す奇跡の神獣とやらに期待してちょっと心を弾ませながら果樹園に入った。
そこかしこに鹿がいて、パクパク食べてお腹が膨れていた。
「ちょっとお、キミ達食べ過ぎじゃない?」
そんなに食べなくていいでしょ、しっしっと追い出しにかかった。
見た所、普通の鹿にしか見えない。
そんな中、暖かそうな服を着た少女が捥いだ実を両手にとってパクパク食べていた。
「あっ、泥棒!」
「むぐっ」
「こらっ逃げるな!」
逃げた少女を捕まえて首根っこを掴んだ。
「ちょっとお姉ちゃん。鹿さん虐めちゃ駄目でしょ」
「え、鹿?」
ラスピーに手を引かれてレナートの後を追いかけて来たファノに注意されて手を放す。
「人間?違う?」
鹿と言われれば若い雌鹿のような雰囲気はあったが姿は人間だ。
うーん、と唸っていると果樹園の中からのっそりと巨大な白い獅子が現れる。
その姿を見ただけでラスピーは硬直し、変化が解けて尻尾を丸めた狼になった。
「あー、大丈夫大丈夫。この子はクーシャント。そんなに怯えなくていいから」
少女はよしよし、とラスピーの背中を撫でてやった。
巨大な獅子はレナートに対して少し神経を逆立てているが、それほど攻撃的な姿勢は見せていない。
「この子って神獣?じゃあ君、どこかの神様?」
あまりにも自然体で果樹園の空気に溶け込んでいるので神霊というより精霊のようだった。
空気も妙に暖かいが火神のような嫌な感じはしない。
「時々そう呼ばれる日もある」
食べ終わったプランの実の種を地面へぽいっと投げてクーシャントの背中にいる人物に声をかけた。
「お姉様~」
「はいはい、もうこの辺にしときなさいよ」
素朴な村人といった感じの少女に呼ばれて、また小柄な娘が出て来た。
二人が力を合わせると、地面に落ちた種から芽が出て瞬く間に成長し、再び実をつける。
「これでいいでしょ。えーと、キミがグラキエース?レナートくん?ちゃん?」
「え、うん。レンでいいよ」
「そ。わたしはイルンスール。こちらは姉のエイファーナ」
「ああ、やっぱり森の女神様だったんだ」
話に聞く限りでは獣の民からも尊敬され、大変な資産家だが、貧しいものに惜しみなく施しを与え、医薬品を開発して多くの人を癒した聖女のように語られていた。実際に会ってみると親しみのある子だった。思ったより随分小さい。
「マヤに暇ならちょっと土地を癒してやってくれって頼まれたの」
「そっかあ。ありがとうね」
奇跡の技を振るってもなんてことのないかのように振舞う。確かに噂通りだ。彼女にとっては当たり前の事だから自然でいられるのだ。
「うん。じゃあ行く?」
「いこっか」
初対面の挨拶はあっさり済んで、地獄への旅が決まった。




