第42話 三昧真火
「はー、つっかれたあ」
火神に恨みを持つ反逆者の手も借りてケルダンド周辺の火神は倒したが疲労が激しいのでレナート達は月の舟まで戻ってきた。現代戦に慣れているヴィクラマと違って狙撃銃の威力も射程も知らない他の火神は倒しやすかった。
着水させた湖を利用して巨大な氷の城を作り、舟はその中に隠した。
ぶ厚い氷山のような城の壁は砲弾すら弾き返すほどだ。
パーシアと風呂に入り、汚れを流してからさっさとエンリルと共に寝室に入った。
「貴方はここまでです」
寝室を警備するのはサイネリアとガードルーペ。
二人とも女騎士なのでパーシアの護衛に連れてきている。
「エンリルは?」
「彼は良いのだそうです」
「しつこいとヴァイスラさんを呼びますよ」
しっしっとスリクは追い返され、やる事もないので作戦会議室に向かった。
◇◆◇
「グラキエース殿はだいぶお疲れのようだ」
「ああ、大分手こずったが有力な火神を倒せたのは良かった」
「しかし、かなり弱らせないと我々の力は通じなかった。もっと援軍を呼ぶか?妖精王もいてくれれば心強い」
「あまり大軍を動かしては本命を延期せざるを得なくなる。しかしゴーラ族長くらいは呼んでおけば良かったな」
「ヤミス教団という連中に火神の群れに加わらないよう生存者を説得させている。グラキエース殿にはしばらく休養して力を蓄えて貰ってからオーティウムと対決しよう」
外国人主導で話が進んでいるがアルピアサル将軍も黙っているのでスリクには口出しできなかった。
「いいんですか?」
「アルヴェラグス殿下がいるのだ。そう悪い事にはなるまい」
「思ったより強いんですよね?みんなレン頼みみたいだけどそんなんでいいんですか?」
「敵がどれだけ強かろうと今ある戦力で戦うしかない。後続も参戦する準備を整えているし、君は彼女が全力で戦えるよう気を配れ」
追い出されてしまったので、スリクはまた手持無沙汰になり、屋上で見張りをする事にした。
返却して貰った神鷹で周囲を偵察する。
氷山の周辺はドーム状に氷神の神域が形成されていて、外界の生暖かい空気からは隔絶されている。そこにぽつぽつと赤い穴が開き始めた。なんかまずい気配を察してスリクは岩陰に隠れた。
赤い穴からは激しい熱線が城に降り注いで外壁を溶かしていく。
「うおお、やべえ!」
もんどりうって城内に退避しようと駆け出し、起きて来たレナートと鉢合わせした。
「なんかやべえの来た!」
「わかってる!」
レナートは湖から力を引き出して再び城の壁をぶ厚くした。
”隠れてないで出てこい!”
レナートが睨みつけた虚空から大きな穴が開いて、逆立つ炎のような髪をした男が牛に引かれた戦車と共に現れた。
◇◆◇
”オーティウム”
”グラキエース”
ケルダンドに居ると思われた火の大神は、自ら襲ってきた。
”我が子を倒したようだな”
”天界に帰らないのなら貴方も倒す”
”虚勢を張るな。弱ったお前では私は倒せんぞ”
”前は逃げ回ってたくせにさんざん人々の魂吸い取っておいて偉そうにいうな、寄生虫野郎”
侮辱されたオーティウムの髪が逆立ち、額にある第三の目が赤く輝いた。
”勘違いするな。お前のような小娘から逃げていたわけではない。優先順位があっただけのこと”
ケルダンドを襲った神獣や神に等しい力を持つ大精霊はオーティウムでも厄介な相手だった。
”ここは法と契約の神が守護する土地。立ち去れ。預言に逆らい運命を従わせようとする傲慢さは天罰が招く事になるぞ”
”ふ、ふ、ふ。どうしたグラキエース。徐々に前世の姿に近づいていくぞ。自分が何者かもわからず流されているだけのお前に私が倒せるか”
”なんで無実の人まで焼き滅ぼす?なぜ誓約に違反して降臨する?天罰が恐ろしくないの?”
”我が民と土地が滅んだ今、何を気にする必要があるというのか。我らは軍神である。戦い、道を切り開き、進み続ける者。腐り切った地上の邪悪も地下で蠢くものも何もかも焼き払おう”
”その先に破滅が待っていても?”
”は、は、は。この世界も我らも既に破滅しているのだ。灰の中から次の世界を担う者が生まれればよい。我らは喜んでその礎となろう”
”最後に一花咲かせにきたってわけ?お前の自殺になんかつきあってやらない!”
”では、戦うとしようか。我が憧憬を継ぐ者よ!”
掛け声と共に角から激しい炎を吹き出した戦車の突進をレナートは辛うじて躱すが、空も城にも炎の嵐が吹き荒れた。
内部にいる人々を保護する為に、レナートは再び力を注ぐ。
城の中からはアルピアサル将軍が銃兵達と共に出てきて戦車に狙いをつけた。
「グラキエース殿ばかりに戦わせるな!狙え、撃て!」
人類の最先端技術がふんだんに使われた魔導銃と狙撃銃の攻撃だったが、魔力は神力の結界に弾かれ、実弾は命中する前に解けて消えてしまった。
”人間風情が邪魔立てするな!”
裂帛の気合と共に炎の嵐が吹き荒れるが、水神の羽衣によって銃兵達を薄い水の膜が覆って保護する。
「よし、行けるぞ、次弾を込めろ、狙え!」
”信仰もしていないクズ共が彼女の力を利用するな!”
何やら神の怒りに触れたらしく、オーティウムの目と鼻、口からも炎が溢れだした。炎は赤から青、そして白へと変化してもはや眩い光としか形容しがたいものが銃兵達を襲って一瞬で蒸発させた。
その光は城を貫通し、深部にある月の舟の傍へと着弾し、水蒸気を吹き上げさせた。
”そこにあったか”
オーティウムはもう一度激しい光を放つ準備をする。
”何をする気?あれは月の女神様の大切な舟だって”
”その舟は危険だ。その力で邪神が天界へと渡り、父に至るやもしれん。ここで始末する!”
”ダメ!”
レナートは射線上に立ち、全力で氷の盾を作った。
しかしオーティウムの力が上回り、徐々に盾に穴が出来て解け始めた。
このまま貫通されるとレナートに危険が及ぶ。
それを察知したヴァイスラが穴を埋める為に力を注ぎつつ体当たりするかのように割って入った。
「あぅっ」
援護は間に合わず、レナートの片腕が貫通した光線によって切断され、光線の先にはヴァイスラの胸があった。




