第41話 氷と炎の饗宴
ナーチケータが意図せずとも、周囲の家屋に火が燃え移り大火になり始めた。
そしてまた鎮火の為に雨が降り始める。
”ウェルスティア。そなたも地上で力を振るうか”
エドヴァルドを追い詰めていたナーチケータは天を仰ぎ見て一喝した。
”外れ!”
返事は空からではなく地上から帰ってきた。
声と共に氷の槍がナーチケータに降り注ぐ。
”愚かな”
大剣で槍を払ったナーチケータは水蒸気の向こうに見える人影に声をかけた。
”転生したグラキエースか”
”好きに呼んでくれていいけどさ”
氷神には護衛がついていてそれぞれ強力な武器を持っている。ナーチケータが発散する猛火からも守られていた。
”ウェルスティアでもそなたでも同じこと。我らが相対すれば地上はより一層混乱するだろう”
”だったらそっちが引いて。ここにはまだ生きようとする人々がいる。手あたり次第まとめて焼き払うなんて許さない”
”先ほどその男が我が父の行いを大雑把だと断じたが、そなたはどうだ?そなたが力を振るうごとにこの世は氷に閉ざされる。見るがいい”
ナーチケータが作り出した陽炎に吹雪に凍える母子が映った。
母親は既に凍死している赤子に胸を押し付けて出ない乳をなんとか与えようとしていた。
”そなたの影響でこのような不幸が世界中に蔓延している。我らを非難する言葉はそのままそなたに返ってくるぞ”
レナートは返す言葉が無かった。
「しゃらくせえ!」
動きを止めた隙に、アルハザードはお構いなしに剣を首筋に振るった。
しかし、それは神力に阻まれる。
「くそ、化け物がよ」
瞳だけが爬虫類のようなナーチケータにじろりと睨まれ、後退する。
”ふむ。それでもまだやる気か”
絶対的な力の差を見たのに覇気が衰えないアルハザードに感心した声をあげた。
”あたぼうよ”
この世界の民衆も貴族相手に絶対的な力の差があるにも関わらず、抗ってきた。
”戦いしか取り柄がないんでね”
”軟弱な神の下僕には惜しいな”
打ちひしがれているレナートの気力に応じるかのように加護も弱り、アルハザードの体力が削られていく。
”つまらんまやかしを使う神の台詞か”
魔術師の振るった力でレナートを苦しめていた陽炎が消えた。
「老師。ここは危険です」
「エドヴァルド、儂の名は呼ぶな」
「はい」
魔術師は風の魔術を使って猛火の勢いを返した。
「レナート君。君が見たのは幻じゃ。気にするな」
「でも、ボクが力を振るうとどこかで誰かに影響が出てるのは確かだし」
「ここは火神の領域の内部じゃ。さして影響は出ん。連中を放っておけば何百万人も焼かれてしまう。影響を小さくするには短期決戦で止めを刺すしかない。出来るのは君だけじゃ。気を強く持ちなさい」
励まされてレナートも戦う決意を固めたが、まだいまひとつやる気が沸かない。
「しっかりしろ、レン。これまでさんざん連中に丸焼きにされてきた人を見たろ」
「うん・・・でもこの人は出て来たばかりだし」
「同じだよ。周りの人におかまいなしでバンバン燃やしてるじゃないか。何が正義と断罪の神だ。自己中の神様じゃないか。オヤジと死にたけりゃ勝手にあの世で心中してろよ」
”こわっぱが!”
怒りに震えたナーチケータが一閃を放ち、ぎりぎりの所でレナートが氷で作った鏡で軌道を逸らした。
”ちょっと馬鹿にされたくらいで殺す事ないでしょ”
”シェーレの愛玩動物風情が不遜である”
”侮辱ってこと?難しい言葉使わないでよ!偉そうに!”
レナートはスリクに下がっているように言って、闘志を掻き立てた。
”アウラとエミスは侮辱の返礼で殺人を許すような法は残さなかった”
”アルヴェラグス!”
天馬に跨った騎士がまたひとり援軍でやってきた。
「予想外に手こずっているかと思えば、神がまた降臨してきたか」
「ビルビッセ殿の父神を倒してもいいものかどうか」
難敵だったがエドヴァルドはこの神を倒すのを少し躊躇っていた。
「この地はアウラとエミスの残した法が支配する土地。火神の好き勝手にさせるわけにはいかない。去る気が無いのなら倒す」
ツェリンの体を供物として地上に降臨した神は完全な力を発揮出来ず、信徒も逃げ散り、氷神の加護を持った騎士達に囲まれて徐々に弱っていった。
「レナート君、君の神域で覆いつくし遮断せい。魔術師同士の対決と同じじゃ」
魔術師同士の対決は地味なものでその場にあるマナを奪い合いに終始する。
老魔術師は神々の対決も似たようなものだと考え、現象界を塗りつぶす神域の支配力での対決に賭けた。
支配力にかけては現象界での信徒が多いレナートに軍配が上がり、火神を囲む火球は弱まり、レナートの氷の槍に打ち消され、猛火は衰えていき、最後には全身が凍り付いていった。
”見事だ。人間達よ”
称えながらも瞳にはいまだ闘志があり、剣を振るおうとしたのでレナートが力を籠め全身を粉々にして打ち砕いた。




