第40話 火神降臨
ツェリンを覆うオーティウムの加護はエドヴァルドの一撃を一瞬は防いだが、防げたのは一瞬だけで胸甲を貫いた。振り下ろす剣は肩口で止まり、勝者はエドヴァルドだった。
よろけて後ろに下がったツェリンは己が身を祭壇に投じた。
「神よ供物を受け取りたまえ。邪悪を払いたまえ」
祭壇の中でツェリンの全身は燃え上がり、消えていく。
周囲の兵士達は逃げ散っていき、スリクが姿を現した。
「いやあ、さすがっすね。マリアから聞いてたけどここまで強いなんて」
「まだだ。まだ隠れていろ」
「え?」
劫火に煽られて揺らぐツェリンの体の動きが止まる。炎の中から眩い閃光が放たれて逃げる兵士達を焼き払った。
エドヴァルドは新たな神の降臨を悟った。
”今度はどの神か”
”不遜な男だ”
炎の中から現れた神は他の爬虫類じみた火神より人間らしかった。
周囲にぼっと五つの火の玉が浮かび上がる。
”我が娘の力を感じる”
”娘?では貴方がナーチケータか”
”いかにも。戦士よ。主の元へ帰れ。娘に時が来たと伝えるがよい”
この神はここで争うつもりは無いようだ。
”貴方には事が済んだら地獄の管理者になって欲しかったのに、我々と敵対するおつもりか”
”無論のこと”
”破壊者よ、道を照らす光よ、正義と断罪の執行者よ。何故降臨されたのです?貴方もまたここがもはや地上ではないと詭弁を使われるつもりか”
”いいや。座して死を待つより、預言に逆らっても父と共に戦う事を選んだだけのこと”
”ビルビッセ殿は哀しむでしょう”
”何千年も前に父を捨てた娘だ。敵に回るというのなら地上もろとも焼き尽くすのみ”
”やはりあなた方は最終的には全ての人間を焼き払い、地上を作り直すおつもりか”
”我々は破壊し、裁きを下すのみ”
エドヴァルドはちらと後ろの焼け焦げた兵士達に視線をやった。
”彼らは?裁きを下すに値したと?”
”主人を見捨てて逃げた。一度使徒となった者の卑怯な裏切りを見逃すわけにはいかぬ”
”やはりあなた方は古すぎる。現代の人間の神として相応しくない。火神が真っ先に衰亡したのは自然な成り行きだと理解した”
現代において神々への信仰は形式的なものだ。
自分の命、生活のすべてを神々に捧げたりはしない。
現代の価値観にそぐわないものがあれば捨ててしまい、都合のいい教えだけを守る。
現代の軍隊で指揮官が死亡し代行するものがいなければ敵前逃亡は止むを得ない。
軍神である火神の教えは苛烈過ぎた。
”我々の真の敵はアイラクーンディアだけの筈だ”
”地獄門を開ける事は許されない”
”だからといって放置するのか?”
”お前達では真の敵を倒す事はできん”
”貴方の娘のように協力することは?”
”不可能だ。よく知っている筈”
聖典にある通り火の大神の力が強すぎて、共に歩むことはできない。
”ならば合流する前にここで始末させて頂く”
エドヴァルドが槍に力を込めると白熱し、青い雷を纏い始めた。
”トルヴァシュトラの槍よ”
必殺の力を込めた一撃だったが、ナーチケータには通じなかった。
これまで幾多の魔獣、魔導騎士を倒し、神獣すら倒した一撃だったが神力の結界を貫くには力不足だった。
「ちっ」
ナーチケータはツェリンの剣を拾ってエドヴァルドと打ち合い始めた。
”たいしたものだ。ビルビッセの加護も受けて来たか”
戦死した人間達の体が近づくだけで燃え上がっていくが、エドヴァルドは高熱にさらされても無事だった。ちりちりと肌を焼かれながらもなんとか剣を受ける。
”人の技を甘く見るなよ”
敵のいない天界にいた神々と違って、人間達には何千年も磨いてきた戦いの技がある。
偉そうに構えて油断していたナーチケータのこめかみを一発の銃弾が襲った。
伏せていた暗殺者が狙撃したのだ。弾丸はこめかみで止まり溶けてしまったが、神力の結界をいくらか突破した。
”なんだこれは?”
”カルギスガル1449最新型狙撃銃の特殊弾丸だ。ツヴァイリングの盾を貫いたというから期待してたんだが”
”ほーう。山神の盾をな”
神々が地上に残した神器の盾で、戦争に使われた際に大筒の弾丸を防いだこともある強力な盾だった。その銃を危険とみたか、ナーチケータは兵士を焼き払った時のように自分を囲む火球から強力な閃光を発して狙撃者を抹殺した。
”私にはその力を使わないのか?”
”たまには体を動かすのも悪くない”
余裕をみせるナーチケータにエドヴァルドはなんとか食らいついていたが、猛火で体力を奪われて徐々に動きが鈍くなっていった。




