第38話 墓荒らし
フロリアの都ケルダンドは蛮族が率いる亡者の群れと神獣の猛攻に遭っていた。
そこへ火神が降臨し人々を助けてくれたのだが、火神と神獣の戦いの余波で市街地も焼かれ多大な損害が出ている。
火神の信徒となった者は猛火を免れたが、延焼で発生する煙に巻かれて死ぬ者もいた。
フィネガン公の命令で貴族や魔導騎士達の多くは火神の信徒となったが、一部には従わない者もいた。
彼らは地下墓地に立て籠もり、街のあちこちから出没しては火神にも蛮族にも攻撃を加えていた。
土葬文化であるこの国では辺境はともかく大都市では地下に大規模な墓を作らなくては土地が足りず、広大な迷宮のようになっていて征圧するのは困難だった。
しかしながら火神への忠誠を示す為、フィネガン公は征圧を指示しなければならなかった。
「降伏しろベルムード!今ならとりなしてやれる!」
「うるさいクロタール。私は獣人も火神とやらも許さん!ここは連中の土地ではない!」
ベルムード達魔導騎士の一団は地下通路に罠を仕掛け、体力の消耗を防ぐ為か銃なども使って抵抗していた。
「我々に殺されるような連中のどこが神だ!」「しかも獣人のような風体ではないか!」
立て籠もっている騎士達は何体かの火神の暗殺に成功していた。
「だが、お前達も見た筈だ!神々の一撃で亡者も天に昇る事が出来た。お前の妻だって!」
「彼女はまだ生きていた!感染していただけだ!薬さえ間に合えば助かったのに連中は問答無用で殺した!」
その日以来ベルムードは地下組織に加わった。
獣人を捕え情報を引き出し火の大神と激戦を繰り広げている大精霊は獣人にとって神に等しい存在である、と。精霊とは亜神であり、信仰を集め名を得て神となる。
大精霊は獣人ながら実体を第二世界に移す事が出来る。火神が亡者を焼き払って霊体を浄化して取り込むように亡者を操る大精霊も亡者を増やして力を得ていた。
その情報は火神達からフィネガン公らも得ている。
「なあ、頼む。そこから出て話し合おう」
「断る。お前達が次々と墓を爆破しているのを知らないと思ったか!」
「蛮族が地下の存在に気付けば先祖の体を利用されてしまう。仕方ないんだ!」
言い合っている内に火薬を封じ込めた球の投擲が始まり、戦いが始まった。
◇◆◇
「こんな事をしている余裕はないのに」
ベルムード達は撤退して地下の何処かへ姿をくらましたが、誰一人殺せなかった。
完全武装の魔導騎士を単純な物理攻撃で倒すのは難しい。
死亡した兵士達は地上に送り火神に浄化して貰う。
祭壇を築き火神がやってくるのを待っている内に死亡者の体に異変が起きた。
遺体の腹が膨れ上がり、限界に達すると破裂して周囲に血と臓物が撒き散らされた。
「なんだ!」
黒く固まった血が視界を塞ぎ、クロタールは目を拭い周囲の人間に状況を尋ねた。
周囲の者達は初めて見る異様な怪物を見て恐慌状態になっていた。
それはタコのような体を持ち、皮を剥いだような人間の頭に髪や髭がやはり触手のようになっている。
怪物は誕生するとすぐ周囲の者を襲い始めた。
「閣下は下がって!」
護衛の魔導騎士がクロタールを後退させる。
「エンマの所に現れたという怪物か?」
「明らかに地上の生物ではありません」
魔術師達も頷いた。
怪物たちはそれほど強くは無かったが恐慌状態の兵士達はしばらく戦力にならなかった。
「私はもう一度ベルムードに会ってくる。やはりこの戦いはただ敵を倒せば済む話ではない。我々ではどうにもならん!」
「では、私も」
護衛達がついてこようとしたが彼は拒否した。
また戦闘になってしまうだけだ。
「彼は友人だ。なんとか説得してくる。お前達はツェリン公に従え」
◇◆◇
何日も彷徨いクロタールはようやくベルムードに接触した。
「頼むベルムード、手を貸してくれ。お前達の助けが必要なんだ」
「優勢に戦っているじゃないか。今更こちらの力なんか必要ない筈だ」
火神は亡者や獣人達に対して相性がよく僅かな数でよく戦い撃退に成功している。
「そうじゃない。奇妙な怪物が現れたんだ。お前は嫌っているがどうしても火神の力が要る。そして神々の傍若無人を許さない為にも我々も強い仲間が必要だ」
「連中は無実の人間を焼き殺した!」
「二度とそんなことはさせないよう努力する。我々だって戦争で無辜の民を巻き込んだ事はたくさんある筈だ。そうだろう?」
それは事実ではあったので反論の言葉が無かった。
「では、一つ聞きたい」
「何でも言ってくれ」
「火神の中には我々の守護神アウラとエミスと親しい正義と断罪の神がいるという。その神も降臨しているか?」
「いや、いなかったと思う。全ての神々が降臨した訳ではないようだ」
「では、その神も降臨させて他の神々にも二度と蛮行は許さないと誓わせろ」
「そうすればお前達は手を貸してくれるのだな?」
「皆を説得しよう」
「よし請け負った」
もともと多神教国家であり、複数の神々を信仰することに特に拒否感は無い神官たちは火神の降臨を願う儀式を行っていた。クロタールは彼らに相談することにした。
「地上はそんなにヤバいのか?」
地上への出入り口を封鎖されて情報が滞っているベルムードは様子を訊ねた。
「ああ、皆絶望している。市民達をこちらに匿いたい。構わないか?」
「それは構わないが食糧は?」
「こちらで用意する。お前達こそこれまでどうしてたんだ?」




