第37話 トルカ村
ある日、亡者が村を襲った。
家を固く閉ざし地下室に食糧を隠していた男は無事だった。
彼は義兄に予め忠告を受けていたので、家屋も頑丈にしていた。
本来は盗賊団の襲撃に備えていたものだが、一緒に匿ってやった小作人達と共に地下道を掘って脱出路まで作った。
幸い亡者達は死んだ村人を仲間に加えた後すぐに消えてしまった。
数体だけ村に残っていたが昼間で動きが鈍く皆で棍棒で滅多打ちにして叩き潰した。
とにかく燃やして砕けと聞いていたのでその通りにした。
隣人も小さな子供も関係なく、皆燃やして狂ったように砕いて粉にした。
我に返って自分の行いを恥じ、墓を作ると無言で小作人達も手伝った。
誰か生き残っている人はいないかと慎重に村を捜索したが、発見出来たのは傷ついてうずくまった獣人が一人だけ。狼の獣人だった。どことなく見覚えがあるような気がするが、そんな筈は無かった。
「なんでこんなところに?」
「草食系の獣人しかいない筈じゃなかったのか?」
「やっぱり俺達は騙されてたんだ。こっそり仲間を呼び寄せてたんだよ」
男は小作人達とこの獣人をどうすべきか話し合った。
食糧も医薬品も貴重であり、助けてやる義理はない。しかし抵抗できない者にトドメを差すのも躊躇われて放置することにした。
地下に隠れている妻に話すと助けてやれば恩に着せられると言ってきたが獣に人間の理屈が通じるわけもなく元気になったら食われるのは俺達の方だと言い返した。
獣人は日に日に弱っていき熱にうなされ、うわごとで助けてくれと人間の言葉を口にした。
ある日、彼の義兄が村を訪れた。
「おお、ストダァーグ。無事だったか」
「義兄さんこそ。よく無事で。一人ですか?」
「ああ、家族も村も全滅した」
「ならうちにどうぞ。前に忠告して貰ったおかげでうちは全員無事でした」
義兄は出産間近の妹の無事を確認して大いに喜んだ。
彼は疲労困憊で詳しい話はまた明日だといい、安心して気絶するかのように眠った。
しかし、翌日態度が急変する。
彼らが獣人の様子を見に行こうと義兄に話して怒りを買った。
「お前達、獣人を匿っていたのか!?ご領主様への反逆だぞ!」
「ご領主様なんて何処にもいないじゃないですか」
領民を守らない領主など領主ではない。
「ご領主様は王を殺して獣人も亡者も皆殺しにするよう命じられた。今あちこち駆け回って皆を助けて回ってる。もし兵士達がやってきたらお前達も裏切者だと処罰を受けるぞ」
領主は王都の大貴族達とも連携してついに挙兵していたのだった。
突然の攻撃に広く展開していた獣人達は為すすべもなく追い立てられ殲滅されている。
辺境が解放されるのも時間の問題だった。
「匿っていたわけじゃなく放置してても死にそうだからほっといただけです」
「ならいいが、首を落として村の入口に掲げておこう。ご領主様がきっと褒めて下さる」
「そんな残酷な!兄さん、逃がしてあげればいいじゃないですか」
妻が庇うと義兄は不審がった。
「逃がす?ほっといても死ぬんだろ?」
「ええ、たぶん」
水を向けられてストダァーグは頷いた。
「信用できないな。人狼は特にしぶといと聞く。弱ったフリをしてお前達を騙しているのかもしれない」
「詳しいんですね」
「ああ、うちの村にもいやがったんだ。あいつら魔術も得意で人間に変身できるんだとさ」
義兄が武器になるものを持てというので小作人達と一緒に農具で武装した。
妻は身重ながらたまには外の空気を吸いたいとついてきた。
「私達だけならこっそり隠れて暮らせるのにご領主様に媚び売って、殺す殺すってみんなそればっかり!」
「黙ってろ、気付かれるだろうが」
義兄が目くばせをしてストダァーグと一緒に後ろで待機させた。
小作人達と義兄は農具を構えて慎重に人狼を囲む。
せーのと声をあわせ彼らは一斉に突こうとした矢先、人狼は飛び跳ねて起きて小作人の喉笛に噛みついた。
「やっぱり!」
いくらか体力は回復していたのだ。
傷ついているのは事実で、止める妻を振り切ってストダァーグも加わり大乱闘の末二人が死んだがどうにか人狼を叩き殺した。
義兄も大怪我を負っていたが、手当を後回しにして人狼を検分した。
「こいつ傷口が縫われてる」
「こっちには俺達が隠していた食料も!」
寝込んでいた辺りに散乱していた家具や籠の中から食べ残しが発見された。
「フスク、お前だな」
義兄は自分の妹を糾弾した。とても家族に向けるものではない憎しみに満ちた眼差しで。
「知りません!」
「お前しかいない!」
「義兄さん!」
妻の胸倉を掴んで激しく強請るのでストダァーグは止めに入る。
「義兄さん、たとえフスクがやったことでも俺の妻ですよ」
「浮気していてもか?」
「え?」
「俺の妻もそうだった。獣人と浮気して子供を作って産んだらバレる前に産婆達と示し合わせて殺しやがったんだ!」
「流産だったんじゃ・・・」
「違ったんだよ!」
出産は大地母神の神聖な儀式ということで余裕が無い時を除いて男性は立ち入り禁止だった。
「お前、まさか・・・」
途端に彼も信じられなくなる。
時々女達の集まりがあると言って出ていく集会があった。
地下に隠れてからの態度にもおかしな所があった。
「違う!そんなの知らない。信じて、あなた」
妻は泣きながら否定する。
獣人嫌いで有名な領主の軍勢がやってきたら彼女も処罰を受ける。
「信じて欲しいなら、こいつを食え」
義兄はとんでもないことを言った。
妻だけでなくストダァーグも信じられないという目で見た。
「お前達だって気付いてたろ?最近闇市に出回っていた肉が人間のものだって。獣人だったらそれよりマシだろ?食える筈だ」
「いや、兄さん・・・」
「知らなかったわけないだろ。家畜を持つ事さえ嫌う獣人がいるのに家畜の肉があんなに出回るわけないって馬鹿でもわかるだろ」
彼らはあまり深く考えないようにしていた。
畑を増やす為に必要だから、と領主がうまく交渉してくれたのだと信じた。
重労働で潰れた家畜や病気で死んだ家畜などが闇市に流れているのだと思いたかった。
「さあ、食え!」
鉈を振り下ろして人狼の腕を切断し妻に突きつけた。
妻は泣きながら拒んだ。
「無理ですよ義兄さん。ちゃんと調理しないと」
彼らは人狼の首を落し、棒の先を鋭くして村の門前に突き立て、火を起こして人狼を調理した。その火の煙に気付いたのか領主の騎兵がやってきて一部だが村人が生き残って亡者や獣人を倒した事を褒め一緒に宴会に加わった。
妻はその日何も口にしなかった。
月日が経ち、義兄は傷が元で死んでしまい、小作人達は領主の軍勢に加わって出て行った。
ストダァーグは妻の出産を見届け、その日誰もいない荒野で遠吠えをあげた。




