第36話 神王ヴィクラマ③
南方圏ではとある悪習が長く続いてきた。
寡婦は死後も夫に添い遂げ続ける為に夫の火葬の際、その炎に飛び込んで殉死しなければならないというものである。
自殺を禁じる帝国が南方圏に止めるよう促しても、各地の文化、信仰を尊重するという新帝国の宣言に違反し、万国法にも違反するとして代々南方候が拒否してきた。
帝国に次ぐ人口を擁し大国が乱立する東方圏への抑えの為、帝国は南方圏に強制する事が出来ず長年悪習は放置されてきた。
しかしながら南方圏の王達の中にも疑問に思う者はいた。
しかし疑問には思っても何千年も続く習慣を止める事は出来なかった。
そこである偉大な王が誕生する。
彼は強大な軍事力で国内諸侯をまとめ上げ、妻の実家の国の協力を得て全ての寡婦を王の物とする法を施行した。
「人は神の物である。人妻も当然神の物である。神は地上の行いに介入しない誓約を交わしているが故に、神の代理人たる王が人妻を管理する」
彼は父王が死んだとき、母の自殺を止めた。
そして後宮の女達を自分のものとした。
彼は女好きで有名だった為に人々は眉を顰めたが、彼は後宮の側室や奴隷女達を解放して再婚を斡旋した。むろん国中の寡婦達にも望むならば再婚を許した。
その後、南方候となった彼は南方圏全土に同様の施策を推奨した。
同様の施策をした王は何人かいたが、その王が在位している間だけに終わりすぐ戻っていた。南方の大君主として実施し定着させたのは彼が初めてだった。
殉死は悪習ではあったが、それは火葬で神の元に旅立つ南方圏特有の信仰によるもので、もともと離婚や再婚は東方圏よりも緩く行われていた。
寡婦は全員王の保護下に置かれ、東方圏よりも暮らしやすくなった。
全土で徹底されたわけでもなく、王の欲望に利用されるケースも無いわけではないが多くの寡婦たちが救われた。
ヴィクラマが帝国に反旗を翻した時、純軍事的には勝ち目が無かったため続く国家は少なかったが、死後も彼への尊敬は絶えず、墓には多くの女性達から哀悼の花が手向けられた。
◇◆◇
ヴィクラマが神格化され天界で目覚めた時、彼は火神にあの悪習の件について問い質した。
「誰もそんな戒律は定めていない。我々の守護地で殉死したものは救ったが、別の大陸で殉死したものは地獄へ落ちてしまった」
彼らも不本意なようだった。
ならば何故お告げなりなんなりの形で教えてくれなかったのか、と問うても「信じなかった」「戒律を放棄した時に信仰も失って声が届かなくなった」
神々が地上で暮らしていた時と違って、何千年も離れていると信仰や戒律も歪み意思の疎通がとれるものはほとんどいなくなっていた。第二帝国期にとある王が神との繋がりが断たれた事で己の権威が弱まる事を恐れ、神々への忠誠を示す為にあの悪習を始めた。
それから二千年以上も経つと、もともとあったかのように広まっていた。
ヴィクラマは獣人じみた姿をしていた神々の多くが自分より力が弱い事に気が付いた。
彼には地上で嘆き悲しむ人々の声が聞こえていたが、彼らには聞こえておらず地上への介入を求める彼の要望も放置された。
彼は他の神々と違って自身の孫達がまだ地上で生存しており、その繋がり故に救いを求め、苦悶の声を上げるのを聞き続けた。しかし地上への関与を禁じられており、神々は動かなかった。
ある時怒って殴り飛ばしたが、神は彼の力に慄き、不遜さを詰るだけで反撃もせずヴィクラマは大いに失望した。
月の女神の死後、天界に大渦が発生し、力の弱い神々が引きずり込まれ助けを求めたがヴィクラマは笑ってそれを眺めた。渦に巻き込まれた神々は地上に出現し、自分の力を見せつけて信徒の獲得を始めると失望だけではなく軽蔑すらした。
大神オーティウムはさすがに渦に巻き込まれてはいなかったが、何を思ったか自らの意志で地上へ降りた。
大神が天界から消えると自然とヴィクラマも己の神域を失って地上に降りる羽目になった。
破局的噴火に巻き込まれた祖国は灰に埋もれ、生き残った人々はオット・パンゴ火山が崩壊した後に現れた奇怪な蟲に生きながら食われて全滅していた。
◇◆◇
火神達を追ってやってきたフロリア地方の人々は悪夢の世界に生きていた。
共食いをし、獣人や生きながら感染し亡者となってしまったものとまぐわい、歪な赤子を産んで狂気に犯されていた。
狂気故だけでなく亡者や獣人に殺される前に自殺を選ぶ者も多かった。
この地で自殺を選ぶ者は地獄に落ちる。
火神達は己が生き続ける為にも穢れを払う為にも、地獄に落ちる者を救う為にもこの地を己の領域としなければならなかった。
一度は軽蔑までした火神達に帰参する気は無いヴィクラマだったが、生きる為に抗う様を見ていると庶民が王に期待し裏切られる構図と自分が神に期待し裏切られ失望するのが同じように思えた。
生き延びた先に未来など無いことを知っていたが、軽蔑したものにならない為に彼は再び戦いを始めた。




