第35話 神王ヴィクラマ②
(冥府の神が死んだ?)
冥府の神といえば月の女神アナヴィスィーケである。
霊魂と再生を司り、水の女神達と親しい関係にあった。
動揺で戦象の一撃を躱せず、もろに食らって吹っ飛ばされてしまった。
巨体が瓦礫の山を突き破って街の反対側まで到達する。
「レン!」
皆が慌てているが、派手な見た目と違って物理的なダメージはそれほど受けていない。
直前にアルハザードが戦象の足を切って弱めてくれていた。
”ヴィクラマ。こんな攻撃では倒せませんよ”
戦象が一歩一歩進むたびに街が炎上していく。
生き残っていた人はレナートが咄嗟に加護を与えて保護したが、遅れた者は触れてもいないのに発火して死んでしまった。
”象にとっては蟻のようなものかもしれませんが少しは哀れに思わないのですか?”
”この世界はもはや滅ぶしかない。遅いか早いかの違い。炎に巻かれ浄化されるのはむしろ救いだ”
”死にたければお前だけ死ね!”
出来るだけ悠然と構えて余裕をみせて氷神の偉大さを知らしめるつもりだったが、いい加減切れた。本気を出しても加護を与えている者達はいきなり凍結し砕け散って死ぬ事は無いので全力で神域の出力を上げた。
離れて戦っていた神兵達の動きが鈍くなり、狙撃兵に頭を撃ち抜かれて死んだ。
ヴィクラマはさすがにまだ動けたが、戦象を構成している炎がみるみる小さく萎み、存在そのものが消えてしまった。
”やるな”
ヴィクラマは楽しそうに不敵な笑みを浮かべる。
”わたくしはまったく楽しくない”
予定通りアルハザードが間に入って剣を振るい、彼らの剣技についていけないレナートが割り込む隙がなくなる。
二人の戦士が何合も打ち合っていると実力差が露わになっていく。
アルハザードも凄腕だが、ヴィクラマは王としてだけでなく戦士としても優秀だった。
軍神の力でさらに強化されており、アルハザードが血飛沫を上げて弱っても、ヴィクラマは傷を負っても弱体化したり動きが妨げられることは無い。
エンリルが助太刀に入り、傷を負わせたが傷口からは血の代わりにマナが零れて宙を舞う。
二体一でもヴィクラマには勝てなかった。
”はっはっは、現代の戦士はこんなものか?”
”私がお相手しようか”
邪魔になりそうだったので出番を待っていたアルヴェラグスが進み出る。
”お前を殺すとライオネルに恨まれそうだが、まあいいか。さて”
ヴィクラマはもう興味が薄れたのか、無造作にアルハザードの首を刎ねようとした。
””待て””
グラキエースの力でヴィクラマの動きを止めた。
ヴィクラマは振り下ろす寸前のポーズのまま止まって身動きが出来なくなる。
「なんだ、あいつ?」
動きを止められたというのに余裕の表情のまま止まっていて、困惑している様子もない。
隙を見せるのを待っていたスリクが物陰から矢を射ったが、肌の表面で矢も止まってしまった。その矢が空中で止まっている。
しばらくしてからようやくヴィクラマの瞳だけが動く。
”なんだ、これは?”
口も動かないままだが、古代神聖語で意志だけが伝わってくる。
”誓約を破りしもの。殺戮を歓びとするもの。月の女神に代わってわたくしが罰を与えよう”
”なんだと?”
”傲慢な王よ。お前はここで時が果てるまで凍りつく運命だ。戦いの中で死なせたりはしない”
”なんだとふざけるな!戦え!”
”永遠にこのまま彫像となって人々に忘れ去られるのがお前への罰だ”
◇◆◇
「レン?レンだよな」
他の人々と合流する為に歩き出したレナートにおっかなびっくりスリクがついていく。
今は見上げるような巨人なので再確認した。
「そうに決まってるじゃん」
「なんか別人、別神?に見えたぞ」
「力を引き出し過ぎるとそうなるみたいね。ちょっとその気になり過ぎちゃったみたい?」
「あれ大丈夫なのか?凍ってるのとは違うみたいだが」
はた目にはヴィクラマが突然動きを止めてそのままになっているだけだ。
起き上がって止血を済ませたアルハザードが剣を突いてみるが、刺さりもしない。
「ちょっと!それはもう放っておいて。害は無いから」
「まあ、お前が保証するならいいけどよ」
合流した別動隊に被害は無く、結局最初の不意打ちによる銃兵の戦死者だけがこちらの被害だった。街の人々にもレナートに助けられたというのは分かったらしく目的は果たせた。
「数十人程度かもしれんが、収穫じゃ。施しを与えて信徒に他の街にも勧誘させよう」
「その辺は任せます。疲れるからもうボクは自分でこんなこと繰り返すのイヤだけど」
さっさとオーティウムを倒して終わりにしたい。
◇◆◇
レナートがあまり信徒獲得に熱心でなくなったのでしばらく月の舟で休養することになった。
「それにしてもありゃーどういう技なんじゃ?」
老魔術師も見たことが無い現象に興味を持った。
「理屈なんかないよ。ボクにはそれが出来るって理解しただけ」
「ふむ、魔術と違って神術に理屈なんか無いからの。グラキエース殿の奥の手というわけか」
「南方人ってボクには理解できないや。やーな連中」
ウカミ村の狩人としての意識が強いレナートには戦争する事自体が目的だという彼らの信仰がまったく理解できなかった。戦い、狩りは食べるのに必要な分だけ行うのがウカミ村、カイラス山のしきたりで、ウカミ村時代も商業活動に熱心ではなかったから毛皮目当てで狩りをすることも無かった。
「まあまあ、ヴィクラマは南方圏でもそれほど支持されていたわけではない。彼ら全体を悪く思わんでやってくれ」
「つってももう全滅したんだろ?」
「南方出身者は全世界にまだまだ大勢おる」
舟の甲板上で車座になって喋っているとスリクやアルハザードも加わってくる。
「俺もそこそこ自信あったが、ありゃー強かったな。うちの親父も苦労する筈だぜ。まだあんなのがゴロゴロ出てくるのか?」
「ヴィクラマほどの勇者・・・南方人基準じゃが」
ヴィクラマを勇者と呼ぶことにレナートが不快そうにしたため、老魔術師は補足を入れた。
「レナート君が戸惑っていたように偉大な王を神とあがめる風習が世界各地で見られる。ヴィクラマは人間で神兵だが同時に神に近い存在だったんじゃろう。支持者は限られているとはいえ、奴に従って百万の帝国軍に立ち向かった南方人の信仰で強力になっていたと思われる。近現代であれほどの力があった南方王はアスラ王だけじゃが、彼は森の女神によって浄化されておる。ヴィクラマに匹敵する者はそうそうおるまい」
「ならよかった。俺はできれば楽して勝ちたいんでな」
「早く子供の所に戻りたいもんね」
「おうよ。まあ長引くようならもうひとりこさえてみるか」
「そうだね。がんばろー」
舟でヴァイスラに習いながら傷の手当をやり直したレナートはアルハザードを支えて消えていく。
◇◆◇
「頼りにできる御仁のようじゃ」
「癇癪を起こす子供のようで危ういところがある」
「その辺はイルンスールも同じじゃな」
「我が姫は癇癪を爆発させたりはしない」
「そうかのう」
「それより別動隊は?」
「アルコフリバスが寄こしてくれる情報を見る限り問題ない。人間も火神と十分に戦える。犠牲はでるがの」




