第34話 神王ヴィクラマ
神域に入られる前からレナートは火神の存在を感じ取っていた。
月の舟の周囲を偵察するようにうろついていたが、自分に比べるとかなりマナが薄く、存在の力が弱く感じられたのでアルヴェラグスに伝えてそちらに注意を払っていた。
舟にはパーシアや母達が残っているのであちらが襲われたらすぐさま戻るつもりだった。
「街に入ってきた敵の数は?」
「三体かな。神兵と同じで誰かの力を借りてるだけって感じ」
「こちらは偵察か?」
「たぶん。足止めして舟を襲うつもりかも」
火神に注意を払っていたので自分の神域に入り込んだ小さな存在を軽視していた。
レナート達は狙撃兵を潜ませており、釣られてやってきた火神を不意打ちで出来るだけ減らすつもりだった。
魔術師が狙撃兵に合図を送り、神兵の出現を待ち構えていたのだが、出現は想定外の方向からだった。
前触れはあった。
白銀の神域に黒点が発生し、そこから天馬らしきものが飛来するのが見えた。
火神の祭壇があった場所に陣取ったレナートは挑発的な態度でそちらに視線をやる。
狙撃銃の射程距離内に入るまで待ち構えるつもりだったのだが、狙撃兵が陣取っていた石の塔が木っ端微塵に砕け散った。
「なにっ!?」
爆破されたかのような衝撃と石つぶてが襲ってきて、アルハザードが盾を構えて庇ってくれたが、それでも巨人化しているグラキエースにつぶてが当たる。
敵はその衝撃から立ち直る時間を与えなかった。
巨大な炎の塊で構成された動物が、街を踏みつぶし人々を蹴散らし、隠れていた味方の兵を炎上させながら突き進んでくる。
「戦象か!」
建物の屋根の上で待機していたアルヴェラグスが天馬と共に間に入って炎の戦象を操る敵に槍で一撃を入れた。盾で防がれたものの、レナート達が気を取り直す時間は稼げた。
しかしその間に囮になっていた神兵も接近し、伏兵が討ち取られてしまう。
”ああ”
この場所だけ強引に第一世界にしているので、死亡者の魂がくっきり見える。
肉体から解き放たれた魂も炎から逃げられず灰となり、再構成され炎の一部になってしまう。
「犠牲は想定内じゃ。大物は君とアルヴェラグスに任せる。できるだけ情報を引き出してくれ」
待ち構えていた側が不意打ちを受けたというのに、老人は冷静で、そのおかげでレナートも闘志が戻ってきた。
◇◆◇
アルヴェラグスの天馬は臆病な普通の天馬と違い特別に森の女神が誂えたもので、炎で構成された巨体の敵が相手でも怯みはしなかった。
戦象は鼻から炎を吹き出し、大きな耳がはためくと熱波に襲われ、最初の一撃以降は近づくことも困難だった。
「猪口才な!」
相手の方も俊敏な天馬の騎士相手に有効な攻撃手段が無い。
”わたくしがお相手しましょう”
「戦象を何とかして貰えれば俺達が騎手の相手をする」
アルハザードに戦象の相手は無理だったが、レナートにも騎手の相手は厳しそうに見えた。
明らかに他の神兵とは違う。レナートとしては信徒を獲得する為に圧倒的な力で敵を叩き潰す所を見せてやりたかったのでアルハザードの申し出を無視した。
”わたくしはグラキエース。貴方は・・・神兵?火神?”
”我が名はヴィクラマ。カルヤナの王ヴィクラマである”
褐色の肌の偉丈夫で、戦象の背中に立っている。
背中の輿には投げ槍などさまざまな武器が用意されていた。
”いったい何故地上へ?オーティウムの命令ですか?”
”大神は関係ない”
”なら降伏して大人しく天界に帰りなさい”
”大神は関係ないが、最後の祭りが開催されるというからやってきたのだ。まだまだ帰れんわ!”
”祭り?”
大神の使徒であっても命令に従っているわけでなく勝手に活動していると知れたのはいいが、祭りとは何だろうか。
「彼ら南方人は戦の事を祭りと呼ぶのだ。生きるも死ぬも殺すのも全て祭りの一部。戦争も決闘も全ての戦いは軍神オーティウムに捧げる祭事」
困惑するレナートにアルヴェラグスが教えてくれた。帝国人が好きな剣闘試合も奴隷同士の殺し合いも南方由来の神聖な行いであり、同時に遊びである。
”嫌な男”
戦いを楽しむのは分からないでもないが、戦争行為自体を祭りに例えて楽しむのは理解し難かった。北方圏でも捕らえた獣人を殺し合わせる遊びを帝国軍がやっていたが、それは南方圏から中央大陸、そして北方軍団へと伝わったものだった。
”一度死んでいる貴方にとっては生命の価値など大した事なくても、ここで生きている人は違う。ここに貴方の居場所はない”
”冥府の神も死んだ。もはや生者も死者も神も、全ての生命に、あらゆるものに、意味などない。我らはただ戦いに意味を見出す。さあ楽しもうか!”
話はこれまで、とヴィクラマは戦象を駆って突進を開始した。




